第29話 報告と考察
フォート『カプージェン』との交易取引が無事に終了してから数日後。
『ヴォーダトロン』に無事戻ってきていたハルキ達は、今までにも増して頻繁に技術部に足を運び、より一層『レックス』に関する調査に力を入れていた。
今回明らかになった『戦闘モード』……『恐竜モード』すら凌駕する戦闘能力を発揮する、その形態の存在に加え、『ロック』が解除されたおかげで、閲覧できる情報がいくつも増えた。
それらを、時間をかけてコクピット内で、脳内に直接受け取っていく。
あまり短期間に大量に情報を読み込むと、精神的な疲労が大きくなってしまうため、適度に休憩、及び、受け取った知識や情報を咀嚼して理解するための時間を挟みつつではあるが、ハルキとアキラは、順調に『レックス』の力を理解しつつあった。
その過程で、『レックス』が持ついくつものとんでもない機能の存在が明らかになり、そのうちのいくつかは、技術部が協力しての実証実験によって、その存在が有用性ごと確認されている。
例を挙げれば、レックスの『動力源』について。
既にこれについては、太陽光を吸収して、しかしソーラーパネルなどをはるかに上回る効率でエネルギーに変換していることや、その機体内部にある『陽電子反応炉』によって膨大なエネルギーを作り出している、ということがわかっていた。
そして、生み出されたエネルギーは様々な形で性質を変化させることができ、例えば電力に変換すれば、電気式エンジンの動力として使うのはもちろん、レックスそのものを移動可能な発電装置として扱うことができる。
加えて、『捕食変換機能』。
恐竜形態の口から『捕食』した物質を分解し、安定した状態で『素材』として再構築して排出することができるこの機能は、素材の回収と超高速の加工だけでなく、その捕食したものからもエネルギーを抽出できることが分かった。
厳密には『動力源』に関する情報の一部になるのかもしれないが、この性質は、『素材変換』の際にもそうだが、内包しているエネルギーや物質を最大効率で取り出せることから、エネルギー利用がコスト上難しい物質に対する利用という面で期待されている。
また、何かと気にはされていたが、規模が規模だけに今まで調査できていなかった、レックスの純粋な火力について。これも、最近実験が終わって、ある程度正確に把握できた。
周囲半径数kmに何もない荒野にまで場所を移動し、そこで盛大に火力演習を行ったのである。レックスの、現段階で判明している武装……もちろん、背部の武装ユニットによるものまで含めた全てについて、威力や有効射程等の情報を徹底的に収集した。数日かけて、遠征任務扱いで。
背中に2門、わかりやすく目立つ形でついている主砲に、それよりも小さいが数は多く装着されている機銃。普段は内部に格納されているが、作動させれば十重二十重の弾幕を作り出すほどの量の誘導ミサイルを発射できるランチャーユニット。
加えてそれらはいずれも、実体のある質量弾と、非実体のレーザーやエネルギー弾を切り替えて発射できるため応用範囲が広い。しかも、質量弾は口から素材となるものを『捕食』することで自力で生産でき、非実体兵器はエネルギーさえあればいくらでも撃てる。
口から放つ火炎放射、鋭く頑丈な上に超高熱を放つ爪、強靭で広範囲を薙ぎ払う尻尾など、その他にもいくつもの武器を持つレックス。
そこにさらに、今回明らかになった『戦闘モード』。
検証の結果、単純な馬力ではさほど『恐竜モード』とは違わないが、機動性や精密動作において大きな差があり、それゆえに戦闘能力では大きく上を行くこと、しかし一方でエネルギーの消費も激しいことから、恐竜モードに比べて燃費は悪いことなどがわかった。
その性能を数日がかりで余すところなく検証した結果、その一帯がまるで空襲でもあったのかと思うほどに凹凸だらけになってしまっていた。
しかしその甲斐あって、より正確かつ、今後の作戦立案にも役立てやすいデータを手にすることができ、検証に関わった者達は、達成感の中で帰路につくことができていた。
これらのデータを生かせば、より一層、フォートを安全で豊かにできるだろう。そんな確信を胸に抱いて。
そしてその報告は当然、書面に整えられた上で、総司令・アルフレッドの元にも届けられた。
今までの常識から考えれば、目を疑うような報告の数々ではあるが、レックスという規格外の機体を最も早く知った1人であるアルフレッドは、存在そのものがブラックボックスと言っていいその異常さも含めて、それを心強い戦力として受け入れていた。
現在、各々の仕事の報告のため、総司令執務室を訪れている、ファウーラともう1人の、計2名の部下達を前に、アルフレッドは上機嫌になってその報告書を読み進めていた。
「戦力としてだけではなく、この都市の経済や産業にも大きく貢献しうる機能……予想以上だな。本当にこれは、いい拾い物をしたものだ。ここまで力を入れて解析を行ってくれた技術部の者達には、何かしらの形で報いなければならないな」
「色々なことが明らかになった分、余計に謎が深まった部分もありますが……知れば知るほどに、あの機体は得体が知れません。あの機体に搭載されているテクノロジー……旧時代の資料に残されているものと比較しても別次元です。一体、いつどこで、どんな研究機関が作り上げたのか……」
「そのあたりはもう論じても仕方がないだろう。気にならないわけではないし、機会があれば知りたいとは思うが……おそらく、それは調べてもわかるようなものではないだろうしね。それこそ、例のコクピットからサルベージできる知識の中に眠ってでもいなければ、といったところか」
「引き続き探ってもらってはいますが、それらしきデータは現在見つけられていないようです」
「なら仕方ない。それについては、何かの拍子にまた『ロック』が解除されて見つかりでもすることを祈っておこう……それよりも、だ。ブラックボックスも重要ではあるが、目下それ以上に優先して対処すべき問題があったはずだ、それについてはどうなったかな?」
そうアルフレッドが尋ねると、ファウーラの隣に立っていた別な1人……メガネに茶髪のボブカットが特徴的な女性が、代わって口を開いた。
「それについては私から、よろしいでしょうか」
「聞こう。報告したまえ、第4偵察部隊隊長……ハンナ・オーデンガーター中尉」
役名をつけて呼ばれたその女性……ハンナは、はい、と頷いて話し始める。
「先の交易商隊護衛任務の際、第7特務部隊の交戦後に周辺にて痕跡や証拠物件の収集を行いました。その際の現場、及び押収した痕跡等についての解析結果は、こちらに」
そう言って、ハンナは手に持っていた資料を渡す。
それを受け取って読み始めたアルフレッドは、先程までの嬉しそうな態度とは打って変わって、真剣かつ神妙そうな表情になって、1枚、また1枚と、かなりのペースで読み進めていく。
そのペースや見ているページに合うように内容を選んで、『資料を参照しつつお聞きください』と、ハンナは口頭でも報告を始める。
「現場に残されていた痕跡を分析した結果……率直に申し上げまして、今回の襲撃はほぼ間違いなく、人為的に発生させられたものです。休眠中の『黒炭猪』の巣穴で爆発物を爆発させ、強制的に覚醒状態にした『黒炭猪』に商隊を襲わせたものと思われます」
「クリーチャーを利用した強盗殺人か……人間同士が協力し合わなければならないこの時世に、よりにもよって人類共通の敵を利用するとは……悪辣というか、罰当たりなことをする。しかし、そんなことが可能なのかな? 逆上した『黒炭猪』に犯人達が食われてしまいそうな気もするが」
「おそらく、『黒炭猪』の性質を利用したと思われます。このクリーチャーは、嗅覚は鋭いですが、一方で視力はあまり発達していません。時限式の爆弾等を用いて、犯人達が自分達が退避を完了してからそれを起爆させ、同時に薬品などで自分達の匂いをカモフラージュすれば、観察できる距離にいても見つかる危険性は低いかと。その上で、商隊から見て風下にある巣を選ぶか、風上であっても、あえてそちらに向かうようにわかりやすく匂いの痕跡を残しておくなどすれば……」
「お得意の鼻による索敵によって、商隊を襲いに行く、というわけか」
「はい。現に、押収した残骸から検出された火薬の成分もそれに適したものでした。ただし、『オーガングリズリー』の場合は、『黒炭猪』以上に優れた嗅覚に加え、聴覚や視覚もかなり鋭敏ですから……同様のカモフラージュでは通じなかったと思われます。両者の巣の特徴は似ていますから、間違えたのでしょう」
「生兵法がケガの元になるいい例、というわけだな」
「ケガで済んでませんけどね」
「全くだ。しかしハンナ中尉……この報告書を見る限り、痕跡から想定されるこの賊共の装備、そこらの盗賊が用意できるようなものではないように思えるのだが?」
アルフレッドの有する知識と照らし合わせると、報告書に記載されている、猪の目覚ましに使ったと思しき爆弾の構造やその素材、さらに、『食べ残し』に付着していた盗賊(暫定)達の装備は、あきらかに社会のあぶれ者達に手の届くような代物ではない。
正規軍の装備……とまでは言わないが、それなりの品質を持ち、確かな技術で持って作られたとみられるものばかりなのだ。
ブラックマーケットで手に入らないこともないだろうが、非正規ルートでこれらを購入する費用を考えれば、他に武器やAWを買うなり、もっと有意義な買い物の仕方がいくらでもある。
そもそも、この盗賊達は何が目的なのか。
『クリーチャーを叩き起こして商隊を襲わせる』などという、一歩間違えば自分達が危ない――現に失敗して死んでいる者がいるわけであるし――方法で盗賊行為を行ったとしても、そのクリーチャー……今回の場合は『黒炭猪』だが、それが商隊を襲えば、餌となる『炭素を含んだもの』は食べつくされてしまうだろう。もちろん、商隊が運んでいる荷物も含めてだ。
同じく餌となる『人間』を食べてからなら、運んでいる荷物の被害はいくらか減るかもしれないが、物取り目当てにしては効率が悪いどころではない。
そもそも、わざわざ護衛のついている交易商隊を襲わなくとも、もっと小規模な事業者の商隊をちまちま襲う方が効率的である。
それこそ、もっと安く大量に手に入る武器を使えば、それくらい可能なはずなのだ。あれらの装備に割いているであろう金額をそういう風に使えば。
この手段による明確なメリットがあるとすれば……襲撃犯が『クリーチャー』ということになり……盗賊(暫定)達に疑いの目が向かないことだ。
現状バレてはいるが、痕跡さえ残さなければ気づかれない可能性は高い。現に今回は、最初から懸念を持って張り込み、捜査していたからこそいくつもの残った痕跡に気づけたのだから。
そして、この盗賊(暫定)は、盗賊にしては、装備も行動もおかしいため……率直に言って今、アルフレッドやハンナは『こいつらは本当に単なる盗賊なのか』という疑問を浮かべている。
というより、恐らくそれは否であろう、という予想まで立てている。
「これらの状況から見て、あの死体は恐らく、盗賊に偽装した何者か……恐らくは、その所属などを知られるとまずい立場の者達でしょう。そして目的は物取りなどではなく……フォート間の交易の妨害である可能性が高いかと。つまり……」
「敵は、どこか別なフォートである可能性が高い……か」
ぽつり、と呟くように言った。
どこか疲れたような、憂うような表情を浮かべているようにも見えたアルフレッドは、はぁ、と小さくため息をつくと、
「ハンナ中尉、ご苦労だった。今後の調査方針については、一旦情報部や参謀室と協議した上で決定し、指示する。ファウーラも……報告ありがとう。下がりたまえ」
「はっ!」
「では、失礼します」
2人が一礼して部屋を後にするのを見届けたアルフレッドは、机の上に残された2つの資料を、それぞれ分野分けしてあるファイルに別々にしまう。
椅子の背もたれに体重を預け、手を組んで目を閉じ……またひとつ、ふぅ、とため息をついて、しばしの間考え込むようにした。
「欲望とは、人を動かす重要な燃料である……今の人々の心には、他人を慮れるほどの余裕はない……どちらもわかっていたことではある。今までにこういうことがなかったわけでもない。とはいえ……嘆かわしいな。人類が手を取り合って困難に立ち向かわねばならない、この時代に……」
次の予定が入っている時刻、その少し前になるまで、アルフレッドはしばしその姿勢のまま、じっと動かず休んでいた。部下たちの報告を聞いて、くたびれた心を休憩させるように。




