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災世のディザイアスター  作者: 和尚
第1章 ディストピア2068
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第22話 士官クラブ



「ふむ……なるほど。捕食したものを体内で、いや機体内で、というべきか。即座に素材に変換させることができるわけか……しかもこのようなコンパクトな形で」


 ヴォーダトロン総司令部、総司令執務室。


 部屋の中心に置かれたデスクについている、この部屋の主……総司令・アルフレッドは、今しがた、娘であり部下であるファウーラから提出されたそれを、手に取って興味深げに眺めている。


 彼の手に収まるくらいの大きさの、その小さな板のような物体は、『レックス』の機能を用いてハルキ達が作り出した、窒素化合物の『インゴット』である。


「見た目はまさしくというか……言葉通りの『インゴット』だな。金塊や、貴金属取引の際に使用されるような……。だが、そういった加工に適さないはずの物質をこのように変えてしまえるとは……ファウーラ、これはこの後、我々が素材として利用できるものなのかい?」


「はい。技術部に解析をお願いしたところ、言ってみればそれは、非常に純度の高いごく簡単かつ少量の『つなぎ』によって安定性を保っている形だそうです。こちらで手を加えることにより、素材としてそれを解くと共に、『つなぎ』になっている物質を除去して利用することは十分に可能……むしろ容易だという解析結果でした」


「なるほど。つまり我々は、またしても想定外の恩恵にあずかれることになったわけだな」


 落ち着いた声音と表情のままではあるが、付き合いの長いファウーラには、アルフレッドが今、内心で驚きと感心、そして歓喜を湧きあがらせているのを悟っていた。

 手に持ったままのインゴットをまじまじと眺めながら、色々と考えを巡らせている最中だろう。


 それも無理のないことではある。今回また明らかになった『レックス』の新機能は、間違いなくこのフォートに大きな富を、そして力をもたらすことになるだろうからだ。


 クリーチャーの素材から様々な資源を作り出す。それ自体は、今現在、どこでも普通に行われていることである。無論、このフォートでも、あちこちの事業者が請け負って仕事にしている。


 しかしそれには当然、相応の設備やコスト、時間や労力が必要になる。

 素材から資源になる部分を選り分け、成分を抽出し、不純物を取り除き、その他さまざまな過程を経て初めて、怪物の素材は、人類にとって有益な『資源』に姿を変えるのだ。


 今回の『ナイトローラー』や、以前にハルキ達が狩った『オイルトカゲ』に関してももちろん同様である。その血肉から、資源を資源として使える状態で取り出すためには、設備や薬品が色々と必要であるし、当然それは取り出す資源や扱う素材の種類によって異なる。


 しかし、今回明らかになった『レックス』の新機能は、そこにかかる過程を全て飛ばして資源を取り出すことを可能にした。これがどれほど大変なことであるかは、ある程度の知識を持つ者であれば、考えるまでもなくわかることだ。


 本来であればそれ相応の初期投資を必要とし、時間と労力をかけて抽出すべき『資源』。

 それが、『捕食』してシステムを作動させてからものの数分で、非常に品質の高い『資源』が手に入るという事実が明らかになった。しかも見る限り、保管も取り扱いも極めて容易な形で。


 コストとして必要な部分が丸々浮くだけでなく、時間もごくわずかしか必要ないとなれば、これは過去の時代に起こったエネルギー革命に匹敵、いやそれ以上の経済的、資源的、その他色々な面での恩恵を社会にもたらすのは間違いない。


 もちろん、既存の業者の不利益を避けるなど、色々と調整する必要はあるだろうが、そんな苦労も些細なものに思えるほどに、今、己の手の中にあるコレが、コレを生み出した技術が、このフォートにもたらしてくれるものは……確実に、計り知れず大きい。

 インゴットを、いつまで見ていても飽きが来ない、とでも言いたそうな目で眺めながら、アルフレッドは実に楽し気に、これからのことを考えていた。


 そんな胸中を理解しながらも、まだ報告が終わっていないファウーラは、おほん、と咳払いをしてアルフレッドに訴える。


「ひいては、その機能……『捕食変換』というらしいですが、それを含めた『レックス』の、未だ解明されていない、謎のままになっている各種機能について、今後時間を取って調査していくべきと考えます。現状、あれはその存在そのものがブラックボックス……詳細が全くわかっていない、オーバーテクノロジーの塊です。頼もしい存在であることは否定しませんが……理解のないままに運用を続けていくべきものではないでしょう」


「それはその通りだろうね。調査に関しては君に一任しよう、ファウーラ。必要と思ったことについての実験・実践などは、他の部隊や部署との連携等を含め、君の裁量で行ってくれて構わない。その結果については逐一情報は上げるようにしてくれ」


「了解しました。では、次の報告事項について……」



 ☆☆☆

 


 同日、夕方。


 終業時間後、ハルキは普段であれば、定時で業務を終え、アキラと一緒に食堂で夕食(無料)を食べてから宿舎の自室に戻って休む、という流れに身を置くのが常である。


 しかしこの日は珍しく、まっすぐ帰らず、アキラとも途中でわかれて食堂にも行かず、ある場所を訪れていた。


「『士官クラブ』ねえ……軍ってのは色んな娯楽施設が充実してんだな」


「その様子だと利用するのはやっぱり初めてか? まあ、いかにもこういうとこ興味なさそうな感じだとは思ってたがな」


 その隣に立っているのは、ハルキの所属である『第7特務部隊』における同僚の1人。

 フォート軍所属『少尉』の地位に就いている先輩である、クリスこと、クリストファー・バージル。ハルキ同様、終業後ということで私服に着替えており、ラフな服装になっている。


 その2人が前にしているのは、クリスがハルキを誘って案内する形で連れて来た、『士官クラブ』、その入り口である。


 読んで字のごとく、軍において『士官』だけが利用できるクラブであり、終業後は多くの士官……少尉以上の軍人が出入りして、酒や軽食、それに雑談などを楽しむ場だ。


 単なる飲食店というだけではなく、『士官』として人の上に立つという共通の立場を持つ者達が、互いの悩みを相談し合ったり、励まし合ったりする憩いの場所なのだ。

 隊によっては、新しく昇進して士官になった者を、その隊の先輩士官が案内してここに連れてきて、お祝いに一杯驕る……というようなしきたりがあるところもあるという。


 もっとも、クリスがハルキをここに連れて来たのは、そういうしきたりが第7特務部隊にもあるから、というわけではないが。


「酒は飲めるか、新人? 今日は奢ってやるから好きなもん頼めよ」


「そりゃどうも。酒か……20歳になって以来だな」


「何だ、嫌いなのか? まあ、色々メニューはあるから問題ないとは思うが」


「嫌いって程じゃないけど、別にそこまで好きでもねーかな……」


「まあ、気分じゃないなら茶でもミルクでもいいから好きなようにに頼め。ここは下戸の奴もよく飯や雑談目当てで来たりするから、そのへん気にする必要はないしな」


 そんな会話を交わしながら、クリスの先導で店に入る2人。


 店内は、どちらかというと大衆向けの酒場、という感じの内観である。落ち着いた雰囲気のバーのような部分がないわけでもないが、そこまで肩ひじ張らず、リラックスして酒や食事、おしゃべりを楽しめるようなスペースになるよう、意図してレイアウトを組み立てられているようだ。


 店の隅のカウンター席に並んで腰かけ、置いてあるメニューを開く。言っていた通りそこには、酒場、というよりは居酒屋だろうか、という感じに充実したメニューが並んでいて、その多彩さにほぉ、とハルキは感心させられた。


 ジャンクショップを営んでいた頃も外食することがないわけではなかったが、ここまで料理や飲み物が充実している食事処というのは、庶民が集うような飲食店にはなかなかない。どれも美味しそうで、目移りしながらメニューを眺める。


 いくつか料理と、折角なので軽めの酒を適当に注文すると、すぐにできる料理と酒から運ばれて出てくる。

 それらを口に運べば、恐らくは素材の品質から違うのだろう。大衆向けの居酒屋よりもグレードが上の美味が下の上に転がり、ここでもハルキは感心させられた。


 そんな内心は表情にわかりやすく表れており、横で見ているクリスの目にもわかりやすく映った。


「気に入ったようで何よりだ。下町の料理屋や屋台をバカにするつもりはないが、やっぱり違うもんだろ?」


「あー、うん、コレは認めざるを得ない……流石は士官用ってとこか。あー、未成年ダメじゃなきゃアキラも連れて来れんのにな……残念」


「ま、クラブだから年齢ばっかりはな。つっても19だろ? 20になったら連れてきてやればいい、あと数か月くらい、軍で仕事してりゃすぐだぜ」


 忙しい職場だからな、と、軽い感じで笑いながら言うクリス。


 そんな姿を見て、ハルキは少し意外に思ったというか、内心でクリスに対する印象を少し改めていた。当初、クリスのことは、ハルキやアキラは、セリアやシドとはまた違った意味で、事務的でややとっつきにくい性格だと受け取っていたからだ。


 仕事中は、仕事の内容以外で言葉を交わすこともほぼなく、雑談などもなし。一緒にいても、話題がない限り無言、話しかけてもあまり乗ってこないし、すぐ会話を終えてまた黙る。

 冷たい、とまでは言わないが、ドライであまり社交的でないような性格だと思っていたところがあった。


 しかしこうして肩を並べて座ってみると、別に冷たいわけでもなく、普通に話せる相手である。

 むしろ今までは、特に理由もないし交流も浅かったからそんなに話す気にならなかったのではないか、という解釈になる程度である。


(まあ、それならそれで何で今になって、こんな風に接してくれる気になったのか、ってのはわからんわけだが……まあそれは……)


「何で普段は不愛想なのに今日はこんな風に接するのか、とでも聞きたそうな顔だな?」


「……え、声出てた?」


「いや、声じゃなく顔に出てたんだよ。それに、自分が他人からどんな風に見えてるかくらい、俺自身わかってるからな……実際そういう評価は間違ってねーわけだし、お前をここに連れてきたのも、理由っつーか打算ありきだ」


「あ、そうなん? なら……まあ、ぼちぼち気になってたから、聞いていいかそのへん?」


 ハルキがそう尋ねると、クリスは『おう』と返事をして、ここへ連れて来た理由、ないし『本題』を語りだした。


「難しい話じゃねーよ……お前と付き合ってればいい儲け話に出会えそうだから、今から仲良くしとこうと思っただけだ」


「明け透けだな、随分と」


「隠しておくほどのもんでもねーしな」


 堂々と『金のためにパイプを作っておきたい』と言ってのけたクリスだが、別にそれを聞いてもハルキが悪感情を抱くということはない。


 こんな時世、自分の今後のために少しでもできることをやろうとするのは、彼に限ったものの考え方ではないし、業種にもよるが、利用し、利用されるのが当たり前の世の中でもあるのだ。

 表面上は笑顔で、思いやり、助け合いをうたっていても、水面下では損得勘定をきちんと行うものだし、それでうまく付き合いや世界が回っているならどうこう言うようなことでもない。


 若くして自分の店を持ち、いっぱしの商売人としてこの『災害世紀』を渡ってきていたハルキなればこそ、そのあたりもよく理解している。

 もっとも……目の前にいるクリスは、それよりもさらにそういった方面に理解があり、また意欲が旺盛であるのは確かなようだが。


「ちょっと考えりゃ馬鹿でもわかることだ。今日明らかになったお前のアレ……あの機能は、端的に言って金の生る樹だ。これからいくらでも儲けにつながる話が舞い込んでくるだろう」


「それを見越して俺と渡りをつけとこうと?」


「そういうことだ。その大部分は軍の仕事として持ち込まれるもんだろうが、中にはお前が個人的に携わるようなものもあるだろうし、何なら俺の方からその手の話を紹介することもできる。その時、お前が1人……いや、妹と2人か。それだけでどうにかしようとするより、俺に一枚噛ませた方が、効率よく儲けさせてやれる自信はあるし、トラブルも大体は未然に回避させてやれる」


「だからそういう時には頼れ、もとい声かけろって? ディーラーかブローカーみたいだなそれ……というか、軍人って原則、副業禁止じゃなかったか? いいのかそれ?」


『軍の仕事以外でも云々』という部分に耳をとめて指摘するハルキ。彼が『特務士官』となる際に交わした契約書の中には、そういう条項も含まれていたはずだと思いいたっていた。


「こんなご時世だ、あまり大きく利害関係が絡んでくるようなものや、仕事に支障をきたすようなのはアウトだが……例えば家の手伝いレベルだったり、個人の裁量でどうにかなるものなら特に問題にはならないんだよ。不安ならきちんと許可取ってやりゃその辺の心配もいらなくなる」


「出んの、許可?」


「今言った条件きちんと満たしてればな」


 ふーん、と生返事のように返しつつ、ハルキは少し考えて、


「……あんまりイメージわかねえけど、まあ……覚えとくわ。そん時はよろしく」


「おう。その時は任せとけ……その時は手数料その他もろもろ請求するけどな」


「さよか」


 と、ちょうど2人の話がひと段落着いたところで……ふいに、ハルキの肩越しに何かを見つけたらしいクリスが『ん?』という表情になった。


 それに気づいたハルキが振り返ると、そこには……もう1人、同僚の姿があった。


「副隊長?」


「何だ、珍しいな、ここに来るなんざ……シド」


「……用があったから来ただけだ」


 やや長めの金髪に褐色の肌、大柄な体躯が特徴的な男……シドは、いつもと変わらぬ仏頂面でそこに立っていた。

 どうやら本当に『用があったから』ここに来ただけであり、せっかくだから食事や酒を、というつもりもないらしい。席にもつかず、ハルキの方に視線を向けると、淡々と告げた。


「隊長から伝言だ。ハルキ・ジャウハリー、アキラ・ジャウハリー両名は明朝9時技術部に集合。例の『捕食変換』機能にかかる調査実験、およびそれにかかる打ち合わせを行う。以上。帰ったら妹にも伝えとけ」


「あ、はい。了解っす、伝言ども」


 言い終えると、シドはやはり席につくことなく、踵を返してさっさと歩き去る……かと思いきや、ふと何かを思い出したように振り向いて、


「……1つ聞きたい、というか確認なんだが」


「はい?」


「お前の乗ってるあの『レックス』……アレは、お前達以外は乗れない、ってのは本当なのか?」


「? はい。試したことはないですけど、俺ら以外が乗るとヤバいっぽくて」


「……そうか。ならいい、わかった」


 短く息を突いて、視線を外す。


「……新入り。お前が色々事情があって(ここ)にいるのは知ってる。お前ら以外アレを扱えないってのも……まあわかった。だが恐らく、これからどんどん騒がしくなる。軍人であり続けるなら……そのあたり、覚悟しておけ」


「……?」


 そう言ってシドは、今度こそそのまま店から出て行った。

 頭上に『?』を浮かべた状態のハルキが、どういうことか問いかけるよりも前に。


 隣のクリスは、やれやれといった感じの表情になって、ため息と共に、ドアの向こうに消えた同僚の背中を見送っていた。


 終始シドの表情は変わらなかったが、どこか探るような目つきを向けられていたことにハルキは気づいていた。


 顔合わせの挨拶に来た時に始まり、仕事中ちょくちょく視線を感じることといい、相変わらずよくわからない先輩だと思いつつも、直後に追加の料理が運ばれてきたことで、すぐにその意識はそれた。

 別に何か嫌がらせの類があったわけでもなく、向こうからも何か言ってくるわけでもないのなら、気にするほどのことでもないかと割り切って食事に戻った。





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