第21話 新機能
3体の『ナイトローラー』の討伐は、その後すぐにつつがなく完遂された。
『レックス』が最初の1体を仕留めたのとほぼ同時か、それよりも一拍早いくらいの時間で、シドは手負いの雌の最後の抵抗をかいくぐり、同じように首を切り落としてとどめをさした。
そして残る1体……『レックス』が放った爆撃によって既に瀕死になっていた雄は、最早抵抗する力どころか、意識もろくに残っていなかった。
十分に注意しつつ、ファウーラがシド同様、装備していた接近戦用ナイフで首を切り裂いた。
終わってみれば、弾薬の消費以外はさしたる被害もなく、『資材』としても価値のある『ナイトローラー』の死骸3つを手に入れることができたという、なかなかの戦果であった。
「じゃあ、この地点での調査は終了して、もう今日はフォートに戻るんすか?」
「ええ。調査班の方々からも、集められる情報は集めたと了承をいただいています。加えて、あのような異常事態があった場所に……防衛できるだけの戦力があるとはいえ、長居するのは危険でしょう。この付近の調査については、後日改めて行うことになります」
と、ハルキの問いに答えるファウーラ。
彼女が今言った通り、本日の任務は終了し、フォートに帰還するという決定がなされ、調査班の人員を含む各員が撤収の準備を進めていた。
調査班が見つけた情報やサンプル等の回収は当然として、不意の遭遇戦を行うこととなった『ナイトローラー』の死骸もだ。
これはサイズが大きく重量もあるため、流石に荷台に積んで持ち帰る、などするわけにはいかない。ゆえに、すでにファウーラから連絡して、ヴォーダトロンに『回収班』の手配を頼んでいる。数十分もしないうちに、大型のクリーチャーやAWも運搬可能な輸送車がここに来るだろう。
ゆえに、ハルキ達がすることは、片づけて帰る、以外にはもうない。
それに片づけと言っても、そこまで荷物が多いわけでもないため、機材などは調査班たちが自力で車に積み込んでいたし……その作業も、ほんの数分で終わってしまう。
ゆえに、ハルキ達は周辺の警戒を兼ねて、それぞれのAWに乗って待機していたのだが……その最中、ふいに通信から、ハルキとアキラに声がかけられた。
「なーハルキ、ちょっといいか?」
「ん? ロイドか……何?」
通信の相手は、この部隊に来てすぐに仲良くなった、金髪とバンダナがトレードマークの同年代の少年、ロイドである。彼自身、ふと今思いついた、というような調子で問いかけてきた。
「いや、ちょっと気になったことがあってさ……さっきお前、防御形態の『ナイトローラー』食いちぎってたじゃん? 甲殻ごと」
「あー、あれは私も見ててびっくりしたなー……ホントに超強いんだね、それ」
間延びした調子の、緊張感のないメリルの声も合わさって聞こえてくるが、ロイドは『それもそうなんだけどさ』と、本題はそこではないというように話を続けた。
「俺の気のせいじゃなきゃ、あの後、その食いちぎった甲殻と肉片、吐き出してなくね? あれってどこ行ったんだ?」
「「…………あ」」
その質問に、コクピットに乗っていたハルキとアキラは、同時に『そう言えば』と思った。
確かにそうだ。あの時、自分達が操った『レックス』は、『ナイトローラー』を食いちぎり……しかし、そのあと、吐き出していない。まるで、そのまま飲み込んでしまったかのように。
いや、思い返せば……今更ではあるが、その前からそうだった。
『レックス』の初陣……『炭鉱アリ』との戦いの際も、幾度となくアリ達を食い殺した。その牙で食いちぎり、顎で噛み潰して……そして、その後、吐き出していただろうか?
全部が全部そうだったわけではないだろうが、食いちぎってそのままにしていたものも少なくなかったように思える。何せ、逐一『吐き出した』などという記憶はないのだ。というか、そもそもハルキもアキラも、全く意識していなかった。
通信にいつまでも返事がなく、沈黙だけが帰って来る中、ロイドは、
「……え、もしかして……食ったの?」
「……いやいやいや、食ったとかないだろ……機械だぞコレ、こんな見た目でも」
「いや、だって、吐き出さねえじゃん。まあ、自分で言ってなんだけど……食ったは無いにしてもどこ行ったんだよ?」
「それがわかれば……いや……」
最後まで言うより前に、ふと思いついたハルキは、『思考操縦』と同じ要領で、自分の思考をレックスにリンクさせる。そして、自分が望む情報を引っ張り出すイメージで……答えを探し当てた。
「……わかったかも。つか、この機体こんな機能まであったのかよ……」
「え? 何、どゆこと?」
「ちょい待ち」
そのままハルキは、ロイドへの説明を後回しにし、たった今引っ張り上げた情報に基づいて、レックスの持つあるシステムに指示を出す。
それを後ろで……彼と同じく、情報を検索してそれにたどり着き、理解しているアキラは見守っていた。その瞳に好奇心の光を宿して。
「資源捕食変換システムにアクセス……正常稼働確認。ストック内容……石炭、窒素化合物、その他不純物……資源化プロセス使用可能。再精製を選択、形状はシンプルに……よし、実行」
言い終えると同時に……正確には、ハルキが思考で指示を出したと同時に、だろうが……何か機械の駆動音のようなものが鳴り始める。
『情報』を引っ張り出して、今、何が起こっているのかを既に知っている2人ではあるが……それでも、待っている間、どこかそわそわして落ち着かないような雰囲気を隠しきれていなかった。まるで、明日を楽しみにする子供のように、黙っていれば訪れる瞬間を、今か今かと待っている。
時間にしてそれは、1分もないくらいのわずかな間であったのだが、コクピット内にいた2人には、不思議と随分長い間を待っていたように感じられたようだ。
そんな時間の後、ふいに、アキラが座っている後部座席(と言っていいのだろうか)の後ろのハッチのような部分が、ぷしゅう、と気の抜けるような音を立てて開いた。
音に反応して2人が振り向き、すぐ前にいたアキラが、必然的にその中を最初に覗き込み、少し遅れてハルキも同様にする。
2人の目に移ったのは、一見すると、それが何なのかもわからない『何か』……としか言いようがないものだった。
形は、角の部分が丸い直方体だった。
色は2種類、茶色と黒がある。どちらも片手で持てる程度の大きさであるが、それが、茶色の方は20本以上、黒い方はその倍近くあるため、全体で見るとそれ相応の量になっている。
まるでそれは、武骨なインゴットか何かのよう。
いや、これの正体が何なのかを考えれば、実際にこれはインゴットと呼べるのだろう。
しゅううう……と、湯気を上げているそれは、今まさに加工されたばかり。
そして、その材料は……今しがた話に登っていたものだ。それにしては……ハルキ達が記憶している『材料』の量、ないし重量と比べれば、少ない気はしたが。
「ずいぶんコンパクトにまとまったもんだな。これがあの、『炭鉱アリ』と『ナイトローラー』の成れの果てか」
「不純物が限りなくゼロで、かつ安定させた状態らしいから……仕方ないんじゃないっすか? ……しかし熱そうっすね、もうちょっと触るの待ったほうがいいかも」
「だな。しかし、食った……というか、口部分から取り込んだものを分解して、資源として使えるように再精製するとは……そんな装置、見たことも聞いたこともねーぞ……」
(そんな機能まで持ってるとは……よくわからないままに乗ってるが、本格的にこいつは何なんだろうな……?)
☆☆☆
「そういうわけで、作ったのがこちらになります」
「いや、なります、と言われても……」
ヴォーダトロンの総司令部、特務部隊の『事務室』に戻ってきたところで、2人が現物を添えてファウーラに報告した際の、彼女の反応は……当たり前であるが、まず何よりも『困惑』であった。
任務後の情報共有のため、参加したメンバーを集めたところで、『ちょっとすいません』とハルキが挙手した後に取り出した、茶色と黒のインゴット(らしきもの)、それぞれ1つずつ。
机に置かれて示されたそれが何かと問えば、『クリーチャーの素材を元にして『レックス』の機能で精製したもの』だとさらりと告げられたのだ。
これにはさすがに利発なファウーラも、唖然とする他なかった。
言ってる意味が最初わからなかったのもあるし、理解したらしたで改めて呆気にとられた。
そんな機能がついているなど聞いていないとか、単体でかつ短時間でそんなことが可能なのかとか、どうして今まで報告しなかったとか、何で今このタイミングでとか、疑問点、問い詰めたいことはいくらでも出てくるが、まず自分が落ち着いて頭の中を整理整頓することを最優先にしたファウーラは、しばし時間を置いて息を整える。
そして、彼女がしばし黙っている間に……彼女以外の、この場にいて驚いている者は、ハルキ達に対して、思い思いに質問をぶつけていた。
「……もしかしてコレ、あの後作ったのか?」
「ああ。ロイドの話聞いて、『そういや食ったもんどうなってんだろ』って思って検索かけたら、こういうこともできるんだってあの時知ってな? んで、作ってみた」
「『作ってみた』ってお前そんな簡単に……つか検索って何? あの機体、必要に応じて色んな情報とか取り出せる仕組みになってんのか?」
「そうなんすよね……でも、初戦闘の時といい、ホントに『必要に応じて』っすから……まだあたし達もほとんど機能とか把握できてないんすよ。ひょっとしたらまだまだできることあるのかもしれないっすね」
「それは……調べた方がいいのではないでしょうか? いざと言う時に、機体のスペックを正確に把握しているか否かでは、パフォーマンスに無視できない影響が出るかと思われます」
「セリアの言う通りだとは思うけど……いや、思えばそんな暇なかったな今まで。ずっと整備班の手伝いとかで、アレに乗る暇なかったし……ぶっちゃけそっちの方が楽しかったし」
「あー、2人共もともとジャンクショップやってたんだもんね、そっちの方が得意なのか。でも、もったいないよね、こんな機能があって今まで使わなかったなんてさ? 時間ある時でいいから、ちょっとずつあの……『レックス』に、何ができるのかとか調べてもいいんじゃない?」
「それは確かにそうかもな……まあ、時間あればだけど。俺らの仕事の内容は、俺らが決められるもんじゃないだろ」
「……心配はいりませんよ。このようなものを目の当たりにすれば、その必要性は嫌でも認識できます」
と、会話に割り込んできたのは、どうやら頭の中を整理し終えたらしい、ここの責任者だった。
「お、隊長、復活した?」
「ええ、まあ……正直驚かされましたが、あの機体は元々オーパーツ……それを承知で使っていたのですから、予測不能なことが起こるのも覚悟はしていました。もとはと言えば、あれのスペックを正確に把握していなかったことも原因。そして、その機会をあなた達に与えなかったこちらの落ち度です……もっとも、忘れていたり、怠っていたわけではないのですが……」
「ほぇ、そうなの隊長?」
任務という場を離れたからか、フレンドリーな彼女本来の話し方でファウーラに尋ねるメリル。
「どこかの時点で、あの『レックス』のスペックを正確に把握する必要はあるとは思っていました。ただ、突貫で2人を軍に迎え入れたのに加え、階級まで与えましたから、そのあたりの調整で時間を取れなかったのですよ……加えて、機能の記録・解析や情報の取り扱いなどの問題もあります。そのあたりの準備をするだけでも時間がかかりますから……早くて来週の見込みです」
「そんなに大変なんすか? 適当に暇してる技師とかを捕まえて、そのへんでばばーっとやっちゃうってわけには…………行かないんですよねハイすいません」
言い終わらないうちに、じとっ……とでも効果音がつきそうな視線を向けられ、撤回するようにセリフを打ち切るロイド。
同時におそらく、その隣で『?』な表情になっているメリルも同様に思っているのではと予測した彼女は、少し考えて頭を整理すると、まるでできの悪い子供に言い聞かせるように1つ1つ解説していく。
「ロイドの言う通り、表面上だけの機能、ないし能力を調べて記録するだけなら、そこまで大変ではありません。ですが例えば……そうですね。紙と木でできているAWを想像してください。どう見ても弱そうだしどう考えても動くはずがない、なのになぜか銃も撃てるしクリーチャーも倒せる。結果だけ見れば優秀な戦績を残しているわけです……どういう仕組みでそうなってるのかは、一切わかりませんが。ロイド、そんなAWと一緒に戦いたいですか?」
「あー……すいません、理解しました。要するに、『強いし勝てる』ってだけじゃ安心して戦わせたり、まして協力して戦うわけにはいかないんですね。可能な限り詳しく理解しないと」
戦場で、『紙と木でできたAW』に背中を任せて戦わなければならないとなったら、と想像したロイドは、乾いた笑いと共に『ねーわ』と心の中でつぶやいた。
確かに、『よくわからないけど強い』という理由で頼る気にはなれない。わかっていないということは、例えばそれに思わぬ弱点があってもおかしくないということだ。
例えば、衝撃には『なぜか』強いし馬力も『なぜか』あるが、紙と木だから火に弱くよく燃えるとか、雨が降ると紙の部分がふやけるとか、そういう弱点があって、それがもし戦闘中に明らかになったりした時のことを考えると、ぞっとしない。
「そういうことです。そして、分解して解析することができない以上、実際に力を使わせてそれを観察することで情報を集めることになりますが……そうだとしても相応の準備はいるのです。詳細に調べようとするならなおさらに。それに、あれほどの力です、簡単に試すわけにも行きません」
「なんでー?」
再びメリルが問う。
「通常のAWの火力演習ですら、事前にそれを十分に周知した上で、人が来ないような荒野でやるでしょう? あれほど強力なAWの性能試験を、そのあたりでさっとやるわけにはいかないのですよ。破壊力もそうですが、見た目もああですし……大騒ぎになりますからね」
「そういった意味では、今回の戦闘は貴重なデータになるかと思われます」
「ええ、もちろんこの後報告書にしたためて提出するつもりです。今明らかになったこの機能も含めてね……書く前でよかったわ。書き直しにならなくて……」
セリアの言葉を肯定し、机の上に置かれた、窒素化合物と石炭のインゴットを……つい先程明らかになった、レックスの新たな機能で作られたそれらを手に取って言うファウーラ。
「これ、借りて行ってもいいですか? 報告するのに、現物があった方がよさそうです」
「もちろんどうぞ。何だったら残り全部提出しますんで、適切に使っていただければ」
「ありがとう。では、後で技術部の方に運んでおいてください。話は通しておきます。それと……ハルキさんとアキラさんは、必要な知識を『レックス』から引き出して、直接頭にインプットすることができるのでしたね。これも格納庫の係に言っておきますから、今後、時間を見つけてコクピットに乗って、出来る限り色々な知識を引き出してみてください。今後の役に立つかもしれません」
「わかりました」
「了解っす!」
思わぬアクシデントが起こり、しかし隊員全員が無事に、1人も欠けるどころか怪我人を出すこともなく戻ることに成功した、ハルキとアキラの任務初日。
また1つ、『レックス』の持つ驚愕の能力が明らかになったところで、その日は終わりとなり、2人は『午後から休み』とのファウーラの言葉を受けて、荷物をまとめて買える支度を始めるのだった。
もっとも、2人ともすぐに宿舎に帰るわけではない。
食堂で遅めの昼食を済ませた後は、『インゴット』を技術部に届け、さらにその後はさっそく格納庫に行き、『レックス』のコクピットに乗って情報の検索を試みる予定だからだ。
そんな予定を組み立てつつ、事務室を後にする2人。
その背中に……何も言わず、しかし眉間にしわを寄せ、何かを言いたげな視線を向けている、シドの存在には気づかずに。




