第12話 総司令の提案
ハルキ達が『ナイトローラー』を撃破した後、今一度アルフレッドは2人を『レックス』から降ろし、全員地に足をつけた状態で話し合いの続きをすることとした。
その際、先程まではいなかった者が、1人加わっている。
顎に届くくらいの長さの黒髪と、茶色の目、色黒の肌が特徴的な女性だ。年のころはハルキよりは年上だろうが……おおよそ20代前半~中盤といった見た目に見える。
10人いたら9人は『美人である』と評するであろう、その整った顔は、内面を如実に表すが如く引き締められて、真面目さ・実直さを感じさせる。
「紹介しておくよ。私の娘のファウーラだ。身内びいきは抜きで言うが、AW操縦の腕はもちろん、部隊の指揮能力なども中々のものでね、軍の1部隊を任せている」
「ご紹介にあずかりました、ファウーラ・ハッシュダートです。よろしくお願いします」
背筋を伸ばし、顎を引いて手は体側。手本にもなるような、姿勢を正したたたずまいに、先程から感じられる真面目そうな雰囲気。
上位者であるのはアルフレッドと同一ではあるが、また微妙に異なる理由で緊張を覚える2人は、しかし目を反らしたりしてはそれも失礼かと、どうにか一礼して正面から向き合う。
その様子をどこか微笑ましそうに見るアルフレッドに、隣にいるリドリーが尋ねる。
「しかし司令、なんだってファウーラをここに連れて来たんです? これからする話にも参加させるつもりのようですが」
「それはもちろん、その『話』に彼女も関わりがある立場になり得るからだよ。これから説明するさ」
そう言ってアルフレッドは、改めて2人に向き直る。
「さて、君たちとあのAW……なのかどうかは正直わからないけど、まあいいとしよう。あの機体『レックス』の力を見せてもらったところで、単刀直入に尋ねさせてもらおう。ハルキ・ジャウハリー君、アキラ・ジャウハリー君、君達はあの『レックス』をどうするつもりかな?」
それを聞いて、少し間を開けて……ハルキが問い返す。
「……質問に質問で返してしまう形になるんですが……どうする、というのは、どういう意味でしょうか? 質問の含意が広すぎて、どう答えていいか……」
「ふむ、それもそうだ……すまなかったね、言いなおそう。話を聞く限り、君達はある種の偶然が重なってあの『レックス』を手に入れたわけだが、あの、とても作業用重機として使うには大きすぎる力を、どういう風に今後使っていくつもりか、ということさ。『炭鉱アリ』の襲撃のせいで、君達が元々乗っていたAWは壊れてしまったらしいから、その代わりに移動手段兼作業用車両として使うのか……あるいは、極端な例かもしれないが、あの戦闘能力を生かして傭兵でもやるのか。他にも色々と、力の使い道、ないし将来設計の案なんかは思いつくが……意味は理解できたかい?」
「はい、そういうことでしたら……」
再び、少し考えこむハルキ。
その次の句に、その場にいた皆が……聞く態度に差はありつつも、注目していた。
ファウーラが懸念したように、『レックス』は、個人として所有するには大きすぎる力と言える。
もしも、まともな目的に使うのなら問題はないが、力に酔って、あるいは溺れて、それを無暗やたらと振るうような道を選ぶ、あるいはその可能性があるのなら……そのままにしておくわけにはいかない。何らかの形で『対処』しなければならないだろうと。
移動手段や作業用重機として使う、というのなら……見た目的にはひどくミスマッチなそれに思えるかもしれないが、ひとまず平和的と言える。制御さえきちんとできれば、危険も少ない。
恐竜の姿の機体に、どのような作業が適していると言えるのかはわからないが。
『クリーチャー』をものともしない戦闘能力を生かし、ハンターや傭兵として活動するというのなら……警戒を要するだろう。まだ若い彼らでは、その力を的確に制御できるか、という点に不安を感じざるを得ない。
この場合の『制御』とは、単なる性能のコントロールではない。力に飲まれず、溺れず、自制の元にあくまで道具として、良心に従って使っていけるか、という意味である。
そして、あえてアルフレッドは言葉にはしなかったが……あまり考えたくない可能性、すなわち、力に溺れて、無法の道に足を踏み入れる可能性も、考えないわけにはいかないだろう。
あれだけの力を持つ者が……極端な話だが、盗賊などに身をやつし、欲望のままに力を振るうようなことになれば、何の罪もない人々が被る被害は計り知れない。その場合はアルフレッド達は、治安を預かる立場として、心を鬼にして厳正な『対処』が必要となるだろう。
望ましい選択肢もあり、望ましくないものもある。
強すぎる力は、使い手次第で、毒にも薬にもなり得る。
まだ若く、精神的にも成熟しきっているとは言いがたい彼らの選択を予想することは難しく、ゆえにそこにいる者達は、それぞれ固唾をのんで見守り、その返答を待つ。
特段、緊張も重苦しさも感じない、余裕を持った態度で構えている、アルフレッドとリドリー。
対照的に、張り詰めた空気をまとい、視線にもその緊張を乗せているのは、ファウーラ。
周囲にいる、『防衛隊』の隊員達なども、大部分は彼女と同じのようだ。
表情は気難しく、どちらかと言えばファウーラに近いが、それ以上に、ハルキ達個人を心配するような、いうなれば『親心』のようなものが瞳に浮かんでいる、親方のムーア。
そして……不安さを懸命に押し隠し、彼の隣で並んで立っているアキラ。
不安、期待、羨望、打算……様々な心の内を、様々な形で抱えた一同が見守る中、しばらく考えていたハルキは、意を決したように口を開き……
「それは、俺が考えることじゃないんじゃないか、と思ってます」
「「「……?」」」
その場にいたほとんどの者にとって、予想外、というよりも、よく意味がわからないことを口にした。
「ふむ……それは、どういう意味かな? 何も考えていない、という意味で言ったわけではないようだが」
「はい。アルフレッド総司令、とお呼びしてもいいですか?」
「構わないよ、好きなように呼んでくれたまえ」
「では……はい。アルフレッド総司令や、恐らくこの場にいる他のほとんどの方々もそうだと思うんですが……皆さん、あの機体が、自分とアキラのものだという前提で話してますよね?」
その場にいた全員が『そりゃそうだ』という空気になる。
この『災害世紀』と呼ばれる世界においては、政治的に重要な物資であったり、広く一般に『誰の持ち物である』と知られており、かつそれが公的に重要な意味を持つものであるなどの例外的なケースを除き……簡単に言えば、『拾ったものは拾った者のもの』という風潮がある。
もともと今のこの時代は、旧時代に誰かのものだったであろう物資をサルベージして売りさばいて稼ぐ、というやり方が当たり前のように行われており、そうでもしなければ社会が回らない。
かつての世界のような、治安のいい社会などとは大きく違うこの情勢下において、拾得物横領だのという小さなことで、法も警察機構も動くことはないのだ。
ゆえに、聞いていた話が突拍子もないにも程があるにせよ、そしてその真贋は確かめようがないにせよ、彼らが『拾ったもの』であると言えるこの『レックス』は、彼らのものである。
そういう認識が、当然のように全員の頭にあった。
まして……これもまた、彼らの申告以外に確認する材料はないが、『レックス』はパイロット認証がすでになされており、彼ら以外には使えないばかりか、他人がコクピットに乗り込んだ場合、ある理由で、その時点で命の保証はないというのだから。
そして、この時点で、ハルキが何を言おうとしているのか……それを察することができたのは、アルフレッドだけであった。
「ふむ……そういう言い方をするということは、君はそうは思っていないのかな?」
「はい。状況をよく思いだしてほしいんですが……あの時、俺は仕事であの現場に来ていました。仕事の内容は、鉱道内部の機械類の解体と、まだ使えそうな部品の回収です。当然ですが、その仕事中に鉱道内で入手したものは、契約により俺ではなく、雇い主にその所有権があります」
ここまで説明して、さらに何人かが彼の意図に気づく。
それと同時に、信じられない、という驚愕もまた、そのほとんどの表情に滲み出る。
それは……今まさに、その存在が話題に引き出されようとしている、その『雇い主』も含んでだ。
「もちろんそれは、解体した機械類のみならず、鉱道内部で入手したもの一切に及ぶわけです。なので……俺としては、あの『レックス』の所有権は……」
一拍、
「ムーアの親方にある、と思っています。そんなわけで親方、あれどうしたらいいと思う?」
「お、お前……自分で何言っとるかわかっとるのか!?」
ムーアのみならず、聞いていたほぼ全員が唖然としていた。
ハルキは、自分で使うという点をそもそも選択せず……所有する権利自体を放棄する、と言い出したのだ。
より正確に言えば、当時の仕事上の契約に則って、正式な所有者は別にいる、と自己申告した。
余りに予想外な選択に、つい今しがたまで、あまりよくない可能性を含めて、彼の意図を勘ぐっていた面々も含めて、ほぼ全員が絶句する結果となった。
物資は限られ、治安がいいとは言えず、怪物までもが跋扈するこの世界。
そこに生きる上で、必ずや大きな力になるであろう『レックス』を、彼は手放すつもりなのだ。
「要らんというのか!? あれほどの力を……お前さんが九死に一生を得る形で手にした、恐らくは二度と手に入れる機会もない、唯一無二のAWだぞ!?」
「要らないんじゃなくて『俺のじゃない』って言ってるんですって。それに、より正確に言えば、『よくわからないうちに持ってた』って言ったほうがいいと思いますけどね」
訂正する形で言うが、それを聞いた者達は、一様に同じことを思った。
『そういう問題じゃないだろう』と。
ハルキは、契約上云々、という形で、あくまで自分には所有権はないという言い方をしたが……今この状況において、その部分はむしろ問題とはされていない。
率直に、身もふたもない言い方をしてしまえば……『そんなこと誰も気にしていない』とすら言っていいだろう。
仮に、その力を……あの機体を欲したムーアが、その『契約』ないし『雇用関係』の存在を盾にして、所有権を主張するならまだわかるが、所有者側がそれをあえて問題にするなどという、自分に損にしかならないことを言い出したことが、理解できなかったのだ。
事実、誰も気づいていなかったし、気付いても気にならなかったであろう事柄なのだ。打算的なやりとりが絡んでこない限りは。
「そんなところは問題ではなかろうが! お前、アレがどれだけ価値があるものだと思っとるんだ!? アレさえあれば、そこらの『クリーチャー』なぞ恐るるに足らん! 安全はもちろん……それこそ、ハンターとして狩りをするもよし、傭兵になるもよし、儲け話とていくらでもある! それを、お前……」
「確かにそれは、この世界、こんな時代を生きていく上で、純粋に心強いとは思いますけど……でも、それだけじゃないじゃないですか。明らかに」
この言葉を聞いて……アルフレッドと、他にも数名……リドリーやファウーラも、彼がただ単に、信義誠実に則ってこの結論・意見を述べたのではないと思い至った。
うすうすそうだろうとは思っていたが、それに確信が持てた、という言い方でもいいだろう。
「ちょうどいい言い方が思いつきませんけど……アレってどう考えても、個人が持ってていいAWの範疇、明らかに超えてるじゃないですか。というかそもそもAWなのかすら定かじゃないし……ぶっちゃけた話、俺らみたいなジャンク屋じゃ持て余しますんで、親方持ってってくれません?」
要するに、彼らはただ単に、馬鹿正直に『契約』を履行しようとしたわけではない。
『レックス』を所有することによるメリットとデメリットを、きちんと測りにかけていたのだ。
ムーアが言うように、『レックス』の武力は素晴らしい力だ。自衛手段にもなるし、活かし方次第でいくらでも金を稼ぐことができるだろう。
その他にも……言い方は悪いが、余程のわがままでも、武力、ないしは暴力で押し通してしまえるだけの手札になりうる。
だが同時に、過ぎた力は面倒ごとを呼び込む。
この『レックス』の持つ力を……もっと言えば、『レックス』そのものを求めて、後ろ暗い考えを腹に抱えてすり寄ってくる者は、必ず現れる。
その結果何が起こるかは、一概にこうと予想するのは難しいにせよ……総じてろくなことにはならないだろう、と、ハルキは考えた。
『力』は確かに魅力的ではある。
しかしそのせいで、身の丈に合っていない力のせいで、自分とアキラの平穏な――と言っていいかどうかは謎ではあるが――生活が脅かされるのであれば、むしろそれは迷惑の種と言える。
だからこそ彼は、考えた末に出した結論が、『要らない』だったのだ。
「そんななんかこう、殊勝なものの考え方してるわけじゃ全然なくてですね? むしろ打算的な考え方しまくってるんですけど……欲張って破滅する、ないしはろくなことにならないのが目に見えてるんで……だったらないほうがいいかなと。契約に沿って、親方に引き取ってもらって……その分なにかボーナス的なものでもらえたらいいかな、ってな感じです」
「お前な……まあ、お人好しでんなこと言いだす奴じゃあないとは知ってたし、腹積もりが分かった点についてはむしろ安心したがよ……だからってこんな面倒ごとわしに丸投げするなと……」
「やっぱり親方も面倒ごとだと思ってるんじゃないですか」
「たりめーだろうが。お前の言う通りだ、こんなもん、一個人が持ってていいもんじゃねえよ……それはわしだって同じだ。どう運用するにしても持て余すわ……そのうち破滅するのが目に見えとるわい。それにだ……仮にわしがもらうって話になったところで、まだ問題あるだろうが」
そう言ってムーアは、幾分緊張感がほぐれ、着やすい感じの空気になって、じっ、と、視線をハルキとアキラに向けて続ける。
「お前達の言う通りなら、この機体、そもそもお前達以外には動かせねえんだろ? だったらその意味でも、お前達がコレを持ってるのに最善ってことになるだろうが」
「でもそれだと俺らが面倒なことになる可能性高いんですって……親方ならほら、こういうのでも、なんならバラしてパーツにして売りさばいたりとか、そういうルートあるでしょ?」
「バカ野郎てめぇ、こんな危なっかしいもん、解体するにしても怖くて触れるか! パッと見ただけでもわかるが、こいつはそこらの機材や、旧時代の当時戦場を走ってた戦車や戦闘機と比較してなお、比べ物にならねえレベルのバケモンだ。不用意に手を入れようもんなら、何が起こるかわからん以上、商品として扱えん」
「ですよねー……」
同じ技術畑に住む『ジャンク屋』として、今ムーアが言ったことについては、うすうすハルキも思ってはいたことだった。
ただ単に巨大であるとか、装甲が硬いから頑丈である、という単純な問題ではない。
今から曰く『旧時代』……かつて存在した大国・先進国が、何十億、何百億という大金を1機の戦車や戦闘機につぎ込み、湯水のように砲弾やミサイルを消費して戦っていた時代。
そんな、人類のある意味『全盛期』だった時代の技術水準をもってしても、今目の前にあるこの鋼の龍を作れるかどうかはわからない。むしろ、既存の設計思想や技術から遠く離れたところにある気配すらする。
……である以上、下手に触れるのは危険。解体などもってのほかである。
明らかに、既存の技術――今では既に失われてしまったものを含めて――では説明のつかない構造を持ち、空想の中のものでしかなかったであろう兵装の数々を搭載している。
そうして冷静に技術者としての視点から見ても、この機体は、強いとか頼もしいとか、魅力的であるという以前に……『得体が知れない』『恐ろしい』ものと受け止めざるを得ないのだ。
しかしそうなると、いよいよどうすればいいかわからない。
ハルキ達、ムーア共に、『力は魅力的だが、それ以上に面倒ごとを呼び込むのが確実。危なっかしてくて持っていられない、いたくない』という結論に達したはいいものの、ではどうするのかという部分に議論が進まない。
その『力』を欲する者が圧倒的に多数であろうこのご時世を鑑みれば、それはあまりに贅沢な悩みなのかもしれない。
だが同時に、そのリスクを否定することもできない、厄介で切実な、無視できない悩みだった。
それがわかっているからこそ、ファウーラやリドリーを含めた他の面々も、色々と言いたいことはあれどそれを口に出して言うことはできない状況に陥り……その視線の中心で、ため息交じりに、ハルキとムーアが『この過剰な『力』をどうするか』に頭を悩ませていた。
そして、2人が結論を出すよりも先に……この場にあって、唯一最初から通して余裕のある表情と態度を保っていた男が、『ふむ』と、何か結論を導き出したように口を開いた。
「2人の言い分はわかった。それなら……ムーア、ハルキ君、それにアキラ君も……ここは一つ、私からの提案を聞いてもらってもいいかな?」
そう言うアルフレッドに、今度は全員の視線が集中する。
少なからぬ期待がこもっているそれらの中心で、アルフレッドは動揺一つする様子を見せず、用意していたのであろう言葉を淡々と並べていく。
「ムーア君、彼の言う通り、契約に沿って考えれば、この『レックス』の所有権は君にあるだろう」
「はあ……しかし総司令の旦那、さっきも言いましたが……こんなもん持ってても、ジャンク屋のガレージにゃ大きすぎますぜ? 解体もできない以上、商品としても扱えない。ましてやこいつに乗れるのは、ハルキとアキラの2人だけとなれば……」
「ああ。確かに、『持て余す』品物だろうね」
と、ムーアの言を肯定した上で、アルフレッドは続ける。
「実の所、色々な意味で、個人が持つには少々無理がある代物であろうことは……私やファウーラも思い至っていた懸念なんだ。だからむしろ、君達がその点を理解し……所有権を放棄することすら考えているという現状は……はっきり言おう。思いがけず、我々にとって好都合だった。だから、私から1つ、この問題を解決できる案を提示させてもらいたい。ムーア君、この『レックス』は、仕事の成果として、所有者は君にあるとした上で……」
そしてアルフレッドは、一瞬だけその視線をちらりとハルキ達に向けてから……言った。
「相応の値段で、総司令部で買い上げさせてもらいたい。……パイロットごと、ね」
「「「…………え゛!?」」」




