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災世のディザイアスター  作者: 和尚
第1章 ディストピア2068
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第13話 引っ越し



 ジャンク屋『アキハル』の朝が早いのはいつものことだが、この日はいつもと明らかに様子が違っていた。


 いつもよりさらに早く起きたハルキとアキラは、まだ暗いうちからせっせと動いて、模様替えでもするかのように、部屋の中にあるものをせっせと片づけている。


 椅子にテーブル、本棚にキャビネット……小さなものから大きなものまで、まるで引っ越し業者のように片っ端から運び出し、部屋の外へ持ち去っていく。

 そして、その代わりに持ってくるものは……ない。


 もとから置いてあるものは少なく、それほど生活感はなかった部屋だが、それがさらに物寂しくなっていく。すぐに、この部屋ではそもそも生活ができないだろう、というレベルにまでなった。


 時には2人で協力して大きな重いものを持ちあげて運び、入り口が小さすぎて運び出せないようなものは、その場で手早く解体してパーツにしてしまう。入り口を通る大きさになったところで、同じようにして運び出す。

 壁に固定してあったベッドを運び出し、最後に部屋全体に敷いていたカーペットをはがして撤去したところで、見事にその部屋には何もなくなった。


 それをもう1度繰り返し、1階の部屋も空にする。


 空になった1階の部屋で、2人があらかじめ用意していた食事――パンに肉と野菜を挟んだだけの簡単なサンドイッチ――を食べているところに、来客を告げるノックの音が響いた。


「おーっす、お疲れ。悪いな朝早くから」


「仕事で来てんだ、何を気にすることもないさ。邪魔するぞ」


 ノックの音だけで誰が来たかわかっていたハルキは、ドアを開けたところに予想通り立っていたティマを迎え入れる。

 言った通り部屋は空だが、座るための椅子だけは3人分残してあったので、ハルキとアキラと同じように、ティマもそれに腰かけた。


 話を始める前に、ハルキはサンドイッチの残りを全て口の中に詰め込み、かみ砕いて飲み下し、水で胃袋に流し込んで、短い食事の時間を終えた。


「しかしまあ……きれいに片付いたもんだな。見事に何もなくなってやがる。まるで店じまいして引っ越すみてーじゃねーか」


「いや、まさにその通りだよ。そのためにお前呼んだんだろーが」


「今日はよろしくっすよ、ティマ。いやー、悪いっすね無理言って急がせて」


 おう、とアキラに軽く返すと、ティマは早速仕事に取り掛かるつもりのようで、肩掛け鞄を開けて、鉛筆と紙を挟んだバインダーを取り出した。

 


 ☆☆☆



 話は、一昨日……ハルキ達がアルフレッドからある『提案』をされた時に遡る。


「あの……か、買い上げる、って、どういうことですか?」


「言葉通りの意味さ。その『レックス』を我々『総司令部』が買い取ることで、所有権を我々に移す。その上で、これに乗ることができる君たちについても……『総司令部』で雇いたい、ということだ。まあ……『買い上げる』という言い方は、少々聞こえが悪かったかもしれないね」


 アルフレッドはそれに続けて、1つ1つ、この状況において問題となっていることを並べていく。


 まず何よりも、『レックス』を動かすことができるのは、ハルキとアキラの2人しかいない。


 この機体の操作方法である『思考操縦』は、2人の『思念波』……ある種の脳波を読み取って、その通りに機体を動かすシステムだ。『レックス』は、起動から操縦、武装の使用まで全てがそれによってなされるため、彼ら以外ではそもそも『レックス』を起動させる術がない。


 加えて、その制御方法ゆえに、搭乗時は機体と情報をやり取りするために使われる特殊な電磁波がコクピット内に充満するようになっている。その波長はハルキとアキラの脳波に最適に適合するように調整させたものであるため、ハルキとアキラには無害だが、彼ら以外が乗り込めば……脳にダイレクトに悪影響を及ぼすこととなる。

 具体的にどうなる、といったことまではわからないものの、最悪では廃人になったり、死に至る危険もあると目される。


 この、2人以外は『危険だから』という理由で乗れないのもまた、パイロットの替えが聞かない理由だ。


 また、先に話題になった通り、『レックス』はその性能のほぼ全てが、既存の技術では再現不可能ではないかとすら言えるほどのレベルであり、いわゆる『オーバーテクノロジー』の産物である。


 どこの誰が、いつ、どうやって、何のために作ったのか、戦う以外にどういったことができるのか、材質は、理論は……そういった情報がほとんど何もわからない。

 ごく一部であれば、2人の頭の中に知識として直接インプットされているが、それも氷山の一角だ。この機体について理解するには、あまりにも少ないと言わざるを得ない。


 そんな状況であるからして、解体して調べたり、パーツにして売ったり、ということができない。運用するとすれば、『レックス』は『レックス』のまま運用するしかなく……そして、それができるのはこの2人だけだ、という点に話が戻ってくる。


 そして、『レックス』のまま運用するとなれば、それを総司令部以外のところで運用させるのは、危険すぎるとしか言えない。


 多彩な武装や堅牢な装甲などからくる、驚異的な戦闘性能はもちろんだが……それ以外にも、『レックス』には不可解な点が多い。


 『卵』の状態でいきなり狭い鉱道の中に現れたり、搭乗すると同時に2人の服装が一瞬でパイロットスーツに変化したり、瀕死だったはずの2人の傷が治ったり、脳内に直接知識を送り込んだりと……戦闘以外の面においても、得体が知れなすぎる。


 これほどの機体を、目の届かない所に置くことを良しとするなど、統治者として、治安維持の責任者としての立場からは絶対に許容できないものだろう。


 そして何よりも、『レックス』というオーバーテクノロジーの結晶に関わってしまった以上、彼ら2人はこれから……元の生活には戻れないだろう。


 この場合、2人の行動や考え方は問題ではない。

 『レックス』が手元にあるかの問題ですらない。


 関わった彼らは何か知っているかもしれない。彼らを調べれば何かわかるかもしれない。

 そんな風に考える輩はいくらでもいる。そしてそれゆえに、彼らはすべて捨てて元の生活に戻ろうとしても……絶対にうまくいかない、よからぬ思惑を向けられ、その被害を受ける未来は確定しているようなものだ……誰かが、より大きな力で守ってやらなければ。


 それらいくつもの理由から、アルフレッドが導き出した、最大限全てを丸く収める方法は……『レックス』をパイロット共々総司令部の所属とし、自分達の立場と力で守り、管理する、というものだった。そして同時に、彼らと『レックス』の力を最大限有効に使うことにつながる、と。


 もちろん、打算も大いに込められている内容ではあったが、全て正論だった。


 ゆえに、今の話を1つ1つ丁寧に聞かされたハルキとアキラは、それを1から10まできちんと理解できていて……それに対する答えは、自然、1つに絞られていた。


「私としても、中々に残酷なことを言っているのはわかっている……せめてごまかすことはせず、正直に言わせてもらうよ。君たちはもう、元の君達の生活には戻れない。我々としても、あれほどの力を野放しにしておくことはできない。ゆえに、お互いのために……私の提案を受けてほしい」


 真正面から、あまり聞きたくない、考えたくもない事実を包み隠さず突きつけられて……流石にハルキもアキラも、顔色がいいとは言えない。

 うすうすそう思っていたとはいえ、こうして逃れようもない現実が待ち受けていると改めて実感するのは、やはり精神的にくるものがあった。


「……いくつか、質問してもいいですか?」


「もちろんだ。いくらでも、何でも聞いてくれ。君達にはその権利があるし、我々にはそれに答える義務がある」


「……申し出を受けたら、俺達はどうなるんでしょうか? 元の生活には戻れない、と言っていましたけど……」


 その質問は予想できたことだったのだろう。ほとんど間を置かず……先程までと同じように、アルフレッドは真っ直ぐ目を見て告げる。つらい現実を含む回答を。


「率直に言おう……まず、今の生活は、全て捨ててもらうことになる。家も、仕事もだ。人づきあいまではそうは言わないが……住処や仕事が変わる以上、全く今まで通りにとはいかないだろう。加えて、『総司令部』の所属ともなれば、当然そちらの仕事をしてもらうことになる。東洋の諺に、『働かざる者食うべからず』というものがあるように、我々としても何もしない者を養っておくことはできないからね。そもそも、『レックス』を管理しつつ、の力を最大限生かす、というのも目的の一つであるわけだし……そしてその内容は、あの力を見れば、自然とその分野も絞られてくるだろう」


「……あたし達、軍隊に入れられることになるんすか? あっ……なるんですか?」


 緊張が一周回って、いつもの口調になってしまったアキラが慌てて訂正するが、アルフレッドは気にした様子はない。リドリーら、彼の周りの部下たちも同様だ。

 ファウーラも同じくだが……彼女の場合はどちらかと言えば、悲しみや憐れみといった感情が表情に浮かんでいる。戸惑うのも無理はない、と、アキラの心中を察してのものかもしれない。


「構わないよ、むしろ落ち着ける、楽な姿勢で聞いてくれていい。そしてその質問だが……可能性は高いだろうとは思う。ただ恐らくだが、純粋な軍人としての入隊、という形にはならないだろう」


「というと……具体的には?」


「すまないが、それはここでは答えられない。これは、回答を渋っているわけではなく……単にその『どうするか』が決まっていないからだ。今回のこれは、総司令部に持ち帰って議会の議題として取り上げ、議員達の意見を集約した上で決定しなければならないレベルの案件だからね。ただ、おおよその目安として……軍属あたりではないかな、と予想しているよ」


「……ええと、すいません、不勉強で……その、軍人の方々の階級はよく……」


「一般市民には仕方ないことだろう。ただ……『軍属』というのは、軍人ではないんだ。軍人以外で、軍に関係する仕事に就く者のことを言う」


「あたしらは、その……それになるんすか」


「完全に君達と『レックス』を『武力』として見るならば、正式に軍に入隊させた方がいいだろうが……それだと今度は軍の規則に縛られることになってしまうからね。それはそれで取り回しづらくなって、本末転倒な部分が出てきてしまうのさ。そもそも軍は、あんな巨大な戦力を扱うだけのドクトリンを現状有していないから……結局、全部一から考えた方がいい、という話になる。幸いと言っていいのか、君達は手に職を持ってるからね、選択肢は少なくはないと思うよ」


 その後もハルキ達は、いくつか質問を続け……その全てにアルフレッドは明確に、誠実に回答した。

 答えられない時は、その理由も含めて説明したため、ハルキ達が納得できずに引き下がるようなことは一度もなかった。


 時間にしてみれば意外と早く済んだその質疑応答の末に……ハルキ達は、決断した。


「……ご提案、お受けしようと思います。よろしくお願いします」


「そうか……ありがとう。こちらも精一杯、その決断に報いるよう尽力させてもらうよ」



 ☆☆☆



 そして、場面は現在に戻る。


 『今の生活を捨てる』『総司令部の所属になる』2つの決断をしたハルキ達は、出来る限り迅速にことを進めなければならない、というアルフレッドの指示で、まずは引っ越しだけでも行うことになり……今の住居を引き払うことにした。


 そしてその手伝いとして、顔なじみであり業者としても頼りにしているティマに声をかけて仕事を依頼したのだった。

 内容は……『家財道具その他の処分の手配』である。


「廃材は処分するとして、家具はリサイクルショップに回して、ジャンクパーツの在庫は……お前んとこのパーツは性能がいいから、買い手はそう苦労せず見つかるだろ。冷蔵庫とか、日用品として使ってた家電なんかはどうするつもりだ?」


「新しく住むとこにあるからそっち使うことになった。というか、生活に必要なものは一通り全部そろってるらしいから、なんなら身一つで来てもいいって言われたな」


「じゃ売っていいな……状態と性能のいい電化製品は需要あるからな、多分いい値段つくぜ」


「そのへんは任せる。売らない、捨てないもん……本とか食器、仕事道具や、何かしら思い入れのあるものみたいなのはそこのトランクにまとめてある分で全部だから、それ以外……基本的にこのガレージにあるもんは全部処分対象だと思ってくれ」


 先にハルキ達が部屋から運び出していた家財道具など一式は、併設されているガレージに移動しておいてあった。


 元々ここに置かれていた彼らのAWは、『炭鉱アリ』の一件の際に……恐らくは戦闘に巻き込まれたのだろう、大破して金属ゴミになってしまっている。

 ゆえに、ちょうどよく……と言うのも変かもしれないが、場所が空いていた。


 一応整頓されてとはいえ、そもそもの量がそれなりに多いせいでかなり窮屈になっているそこで――置かれているもののほとんどは、家具ではなく仕事関連のジャンクパーツなどだが――ティマは置かれている物品を1つ1つ見ていく。


「こりゃ大仕事だな……おまけに特急ときた。手数料安くねーぞ?」


「無理言ってるのはわかってるよ、すまんが頼む」


「『総司令部』で業者紹介しようか、とも言われたっすけど……こういうのは馴染みの信頼できる業者にお願いしたいっすからね。ましてや、店じまいの準備ともなれば」


「……まあ、言ってることはわかるさ。しかし、この短期間にえらく大きな決断を下したもんだ」


「そうする必要に迫られたんでな……まったくろくでもない世の中だよ」


 話しながらも、ティマは手に持ったバインダーの紙にさらさらと書き込んでいく。


 売却品のリストを作り上げると同時に、大体の売却の目安額や売却ルート・方法の目算をつけて書き足している。余白や備考の部分には、評価基準などを記しているようだ。


「ちなみに、今日引っ越しなのか? 住処も全部片づけたってことは、もう移るか宿取るかのどっちかだろ? ……流石に今日中じゃ、仲買連中急かしても査定も終わらねーぞ?」


「それはわかってる。だから、それも含めてお前に任せたい。鍵渡すから、このガレージそのまま保管庫として使って、適宜査定や運搬の業者入れて対応してくれ。そして全部終わったら……最後に残ったこの建物と土地の売却だな」


「了解。一等地とまでは言わないまでも、そこそこいい立地だからな、買い手はすぐつくだろ」


「ああ。で、その売却益の支払いは……今言った通り時間ねえから、後で一括とかでいいか? 帳簿だけしっかりつけて後で見せてくれ」


「わかった。……こんなとこか、んじゃ、忙しくなりそうだから、俺は帰る。新生活頑張れよ」


「おう」


「お疲れっしたー」


 時間にして30分足らず。それだけのわずかな時間で、今やるべき全ての仕事を終えたティマは、言った通り帰っていった。冗談でも何でもなく、これから忙しくなることだろう。


 それでも嫌な顔一つせず、誠実、的確に応対する彼女のことを、ハルキもアキラも信頼していた。

 だからこそ、自分達が今の生活を捨てることとなるこの引っ越しの、一切の後始末を託す気になったのだと言える。家も家財も、全て滞りなく、奇麗に処分してくれるだろうと。


「さて、それじゃあ……これで後のことは全部ティマに任せられるから……」


「あたしらも引っ越しっすね。待ち合わせまで時間あるけど……何か食べるっすか?」


「今昼飯食ったばっかだろ。どっかで時間潰すか……もう家に入れねーしな」


「……そっすね」


 先程言った通りに、ティマには帰る際、鍵を渡し……そのカギで施錠を済ませている。

 その際、トランクを持った2人も外に出た。


 カギを持っているティマが帰った以上、2人はもう家には入れない。入れても施錠できないのだから、そもそも入るわけにはいかないのだが。


 そのことが余計に、あるいはあらためて2人に『今の生活との決別』を意識させ……なんとなくセンチメンタルな空気になったのを、2人とも感じていた。


 が、好んでしんみりした会話をしたいわけでもなかったので、2人共何も言わず歩いた。





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