第五話「アルバイトをしませんか?」
「え……。山百合でバイトっすか?」
部室に入ると、唐突に千景さんに相談され、私と美嶺はビックリしていた。
千景さんの話によると、明後日の土曜日の人手がまったく足りない事になってしまったらしい。
千景さんのご両親が営む登山道具のお店『伊吹アウトドアスポーツ』の中には山ご飯やスイーツが楽しめる『カフェ山百合』が併設されている。
先日までのゴールデンウィークフェアは大変な好評を得て、お店は大賑わいだったそうだ。
フェア期間中なのに特別メニューの提供が間に合わなくなったことから、お客さんからは期間延長のリクエストが多数寄せられたらしい。
そのため、明日からの土日は臨時フェアを開催する予定だったらしいのだが……。
「やっぱり、ダメ?」
千景さんは申し訳なさそうな顔をしているが、それでも食い下がるように聞いてくる。
こういうことは初めてなので、私も少し戸惑った。
「ダメってことはないんですけど、私、接客の経験はないので不安です……」
「店員の人、何人かいたじゃないっすか。どうしたんすか?」
「シフトに入ってくれるはずの三人が……一人は人間ドッグの予約だと忘れてて、休み。一人は入院してたご家族の、退院日。もう一人はアイドルの追っかけで、……知らないうちに、すでに東京へ……」
そう言って、千景さんは可哀想になるほどに途方に暮れていた。
「シフトに入ってるのに、すでに東京に行っちゃってる人の行動力がすごいですね……」
私は言いながら、美嶺を振り返る。
美嶺は親に黙って東京に行った自分のことを思い出しているのだろう。
私から目をそらして、口笛を吹いていた。
「えっと……つまり、三人いればいいんすね?」
「うん。ほたかは手伝ってくれるから、……できればましろさんと、美嶺さんにもお願いできればと。……ボクの秘密を知ってるのも、皆さんしか……いなくて」
千景さんが私たちを頼る理由にはすごく納得できた。
こんな急な話を相談できるうえに、千景さんがヒカリさんになる秘密を知っているとなると、それは私たち登山部員しかいない。
「そ……、そういう事情なら仕方ないっすね。アタシに制服が似合うか分かんないすけど、大丈夫っす」
「私も喜んでお手伝いします!」
そう言って、私は千景さんの手を握りしめるのだった。
「千景ちゃん、今のお話は本当……?」
突然、暗い声が背後から聞こえてきた。
振り返ると、ほたか先輩が部室の外から不安そうな顔でのぞき込んでいる。
「お姉さんは、てっきりベテランの店員さんが付いていてくれるから安心と思ってたのに……」
「ほたか先輩、きっと大丈夫ですよ! 私、足を引っ張らないように頑張ります!」
「違うの……。一番足を引っ張りそうなのはお姉さんなの……」
ほたか先輩は深いため息をつき、肩を落としている。
「きっと、オロオロしてるだけで動けないと思う。……百合香さんのご迷惑はかけたくないな。でも、お手伝いしますって伝えちゃったし……」
そう言うほたか先輩のオロオロしている様は、簡単に想像できた。
キャンプの準備でそうだったように、とっさに動くことが苦手なのかもしれない。
でも、バイトが明日に迫っている状況で断るのも難しそうだった。
「た、大変なことは半分こですよ、ほたか先輩! 一緒に背負えばなんとかなりますって!」
私は自分がどんなフォローができるのかも分からないまま、無責任とは思いつつ、ほたか先輩を元気づけた。
すると、本当にその言葉が届いたのか、ほたか先輩の顔がぱっと明るくなる。
「そ、そうだねっ! みんな一緒なら、お姉さんにもできるよねっ!」
なんだろう。
ほたか先輩の笑顔がいつもに増して可愛く見える。
先輩なのに、対等な関係の人に投げかけるような人懐っこさ。
よくわからないけど、その笑顔を見ることができて、私も嬉しくなるのだった。




