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汚職の魔術師とアルトロモンド  作者: 虹江とんぼ
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三章 トンボ草とエピローグ 2


 ケメットが語った内容は、なんとも眉唾な話でした。

 一千万カークを都合して欲しい理由としては、花屋の買収資金だそうです。

 なぜ一千万で花屋を買収するのかと問えば、近いうちに花の値段が高騰するから——。

 それもラベンダーの花が、一株十万カーク近くまで値上がりするのだそうです。

 俄かに信じがたい話ではありましたが、ケメットは頭に突き立つ両耳を殊更ピンと張り、大きな瞳に熱を込めて言い募ります。

「大儲けのチャンスです! ウチの経験上、この数日の間にこの話はあっという間に市井に広まり、我先にとラベンダーを買い求める者たちが大挙して花屋に駆け込むでしょう。あれよあれよという間に価格は吊り上がり、手が届かない、文字通り、『高嶺の花』となってしまいます! いま手を打たなければ後手に回りますのニャ」

 一介の伍長のくせにいったいどんな経験があるのか。そもそも、たかがラベンダーの苗が一株でウン十万を超える暴騰をみせるなど、誰が信じますか。

 常識のなさそうな大佐ですら、首を捻って疑問視しているではありませんか。

「ちょっと待ちなさい伍長、あなた急げ急げって煽ってくるけれど、その話は何処から手に入れたの? そんな美味しい話を、どうしてあなたが入手できるわけ?」

「そうね——ルイズの言う通り。誰から聞いたわけ? まさか花屋に言い包められてその気になったわけじゃないわよね?」

「心外だニャ! ウチはちゃんと賢天の魔術師(サージオ)シャーロットが話しているのを聞きました。このウチの立派な耳に賭けて、確信をもってお送りしておりますのニャ」

 賢天の魔術師(サージオ)シャーロット、と言われて、私はすぐには思い出せませんでしたが、大佐が嫌そうな顔をしたことで、「ああ!」と思い当たりました。

 賢天の魔術師(サージオ)シンクレアと双璧を成す、若き魔女。

 本名をシャーロット・オジマール・バンガード。

 ()()()()、伯爵家のご令嬢にして、陸軍の少将の地位に立つ賢天の魔術師(サージオ)

 世間では、東のシャーロット、西のシンクレア、と何かにつけて比較される間柄で、両者ともにトラブルメーカーとして周知され、さらには対立しているとも噂されます。

 破天荒さで言えば大佐に軍配が上がるでしょうが、貴族の令嬢であるシャーロットは、勝手気ままなお嬢様気質で周囲を振り回すことで有名な方です。

「ケメット、なんであいつの名前が出てくるのよ」

「街でお会いしたので昼食をごちそうになったニャ」

「なったニャ、じゃないわよ馬鹿ネコ! あの女に借りを作るんじゃないの。どうせあいつのことよ?『軍をクビになってさぞかし生活に困窮していらっしゃるんじゃありません? 革靴を鍋で煮込んで糊口をしのいでいると聞きましたわ(笑) どうですケメット? 人間界のランチでもご一緒に? クピププププ』とか言ってたんだわ」

「一字一句その通りですニャ」

「ムキ——ッ! なんでそこまで言われてあんたはご相伴に預かってんのよ!」

 この馬鹿ネコ! と、大佐はケメットの頬っぺたをびろーんと両手で引っ張り上げていますが、埒が明かないので強引に話題を進めました。

「伍長、それでシャーロット様のお話っていうのは何だったの?」

「はひ、ひょれがれすひゃ——」


 つまりこういうことでした。

 数日前、妖精たちの祖国であり、アルビオン王国と同盟関係にあるフェアリランド王国での社交界にシャーロット様は出席されたそうです。

 その際、ティターニア王妃と話す機会が得られ、こんな話題になったそうな。

 今年はラベンダーに凝っていると——これだけならば、単なる王妃様の趣味話でしかありませんが、問題はその先にあります。

 ティターニア王妃は趣味であるラベンダーの育成に熱中するあまり、私の魔術でお馴染みネシム学派で用いる精霊言語の本家本元——。四大精霊『風のシルフィード』に、ラベンダーへの寵愛を与えるよう命ぜられたそうなのです。

 魔術に明るくなければピンと来ないでしょうが、実はとんでもない話です。

 この話は、風の精霊の加護が世界中のラベンダーに与えられるということ。

 精霊の加護とは言ってみれば、実益のある幸運がもたらされることに他なりません。

 『ケサランパサラン』というよくわからない幸運を運ぶ綿毛が居おりますが、世界中のラベンダーがそれと近似する力を持つ、幸運のアイテムになることを意味しているのでした。

 なのでそんなことが世間に広まれば大変です。

 町の各所や軒先を彩る植え込みからラベンダーは引き抜かれ、花屋からも瞬く間に消え失せるでしょう。卸業者に問い合わせが殺到し、原生するラベンダーまで人々は求めだす——価格はみるみる内に跳ね上がっていく。

 ケメットはこうした皮算用の下で動いていたのです。


「うーむ・・・・・・」

 話を聞いた大佐は腕を組んで唸っていました。

「これが事実なら大事ですね。シャーロット様は社交の場できっとお友達にも触れ込んでいるに違いありません。お金持ちから動き出して、それぞれの使用人から漏れて、一気に世間に広まります。挙ってラベンダーを手に入れようとするはずです」

「時は金なり——情報をいち早く掴み最初の一握りにならなくては、勝ち組にはなれませんのニャ! 早く一〇〇〇万出してくださいニャ!」

「あの女の話に乗るのは嫌なのよねぇ」

「好き嫌いを言ってる場合ではありません! 一攫千金のチャンスですのにッ!」

 渋る大佐にケメットは発狂しながら煽り立て、どうにかお金を出させようと躍起になっています。これでラベンダーを大量に押さえ、価格が吊り上がり、頃合いを見て売りに出せば確かに儲けはでます。ケメットはこれによって自分のお給料が上がるものと思っているのでしょうか? 

 もしそうなら、私も・・・・・・? 私も欲しい!

「た、大佐! 私もこの話、良いかなって思うんですけどッ!」

「中尉もこう言っております! いい話ですのに! 乗らない手はないニャ!」

 私は貴族の矜持など忘却の彼方へと押しやって、いとも簡単に悪魔の囁きにを受け入れました。とにかく生活の足しになると、我を忘れてしまったのです。

「「ラベンダー♪ 一〇〇〇万♪ ラベンダー♪ 一〇〇〇万♪」」

 巻き起こるラベンダー一千万のコール。

 ですが悪乗りが過ぎたようです。

 ソファーを立った大佐は、柳眉を釣り上げて怒鳴ります。

「金に目がくらんでるんじゃないわよ! こんな投機まがいのせせこましい商売で小金稼いだって、先には繋がらないんだから! ロマンの欠片もありゃしない! 金持ちになりたいならね、アルトロモンドを見つけなさいよアルトロモンド! どんな願いだってかなえ放題よ! それにここはロマンを追いかける会社なの。せっかく創造器の情報が舞い込んで来て、これから動き出すって時に何なのッ!」

 悪いことに、大佐のロマンスイッチが入ってしまいました。

 しかも彼女にしては呆れるほどの正論。

 私は自らの言動を恥じてしゅんと肩を落とします。

 が、猫耳の伍長は追いすがる気満々で、床に寝転がって幼児のように暴れました。

「嫌だニャ——ッ、ア——ッ! ラベンダーですニャ——ッ! 青いやつだけでいいですのに——ッ!」

 ラベンダーなんてたいてい青いものです。

 断固として金は出さんと口をへの字にして仁王立ちする大佐の足下で、床をのた打ち回るケメットが絡みついて泣き喚きます。

 流石の私もここまで自分を捨てれられない——と、ある種の感心を抱いていると、 来客を告げるドアノッカーを叩く音が聞こえてきました。

 大佐の「お前が出ろ」という鋭い視線に従い、私はため息交じりに玄関へ向かいます。

「はい、どちらさま——」

 するとそこには、爽やかな風と共に馴染みある曖昧な笑みを浮かべた素敵な殿方の姿。

「やぁ、こんにちわ。賑やかだけども、何か・・・・・・取り込み中だったかな」

「パンシパル教官!」

 嬉しいサプライズに気落ちしかかっていた気分は急上昇。自然と口角も上がって、満面の笑みを彼に向けます。こうして瞬時に愛嬌を出せるのはポイントが高いと思います。

 大佐の許可なんて知ったことかと、嬉々として教官を招き入れました。

「お久しぶりです教官。今日は? どうなさったんですか?」

「この間の一件からそれきりだったからね。私の魔術のせいで君たちには迷惑をかけたし、謝罪も兼ねて近況の報告をしに来たんだ。『彼ら』の処遇についても、当事者というか、被害者であるシンクレア女史にも報せておくべきだと思って」

 彼の言う通り、あの人工アルトロモンドによる異世界との熔解とも言える事件から、だいたい一週間ほどが経過していました。元々パンシパル教官はまじめで律儀な方でしたので、どのような形であれ顔を見せに来るだろうとは想定していました。

 ただ、これほど早く立ち直ってくれるとは夢想だにせず、今の私からはハイテンションな子犬のオーラが放散されていることでしょう。

「そんな、私はもう気にしてませんし、大佐に女史なんて敬称勿体ないですよ!」

「勿体なくない!」

 耳聡く大佐はがなり立てて廊下に顔を出すと、纏わりつくケメットをぐいぐい押しやりながら詰め寄ってきました。

「久しぶりねパンシパル! 顔色も良くなって、今のほうが男前よ。ま、あたしのお陰ね。お茶でも出してあげたいところだけどこの通り立て込んでるのよ。次の仕事に向けて準備してるところなの。要件があるならまた今度聞くわ」

「そんなぁ! お茶くらい良いじゃないですか!」

 殺生なこという大佐に異を唱えますが、「おぼこが調子に乗るんじゃない!」と、えらく品のない一喝で私を封殺してきました。声に出して肯定するのも否定するのも恥ずかしく、私は憤りながら頬を膨らませます。

 その傍らでは、相変わらずケメット駄々をこね続けています。

「買ってニャぁあ! 買収してくださいニャぁあ! 青い花で良いですのに!」

 ちょっと冷静になってこの状況を客観視すると、中々の混沌具合であることに気づき、教官はと言えば、苦笑いを浮かべて困惑していました。それでも、以前お会いした時よりも人間味の溢れる柔らかい表情の彼に、私はホッとしました。

「ああ、いや、長居するつもりはないよ。まず先日のことを、本当にすまなかった——それと、感謝している。というのと、あの異世界から召喚された少年たちについてだが、私の研究室預かりとすることにした。元はと言えば私が蒔いた種だ。彼らをもとの世界に戻す研究に着手する。恩赦を与えてくれた君には迷惑をかけない」

 こういう勤勉実直にして責任感があって、困難を物ともしない実現力を持つ、優しくて頼りがいのある中流階級以上の殿方をルイズは所望しているのです。

「そんな都合のいい奴いるわけないでしょ」

 なぜ心が読まれるのが理解に苦しむ私をよそに、大佐は続けました。

「まあ、良いんじゃない。別にあたしが召喚したわけじゃないし、どうしようが知ったことじゃないわ。でも、その分だとパンシパル、あなたはアルトロモンドを諦めたわけ? あたしはてっきり、協力を申し出てくるものと思ってたんだけど?」

 挑発的に大佐は首を傾げ、ちょっと色気を醸した流し目を教官に向けています。気がないならそんな色っぽい仕草を出さないで欲しいと、私の独占欲が吠え立てます。

 しかし、流石は朴念仁気質の教官でした。

 泥棒ネコの色仕掛けに目もくれず、至極まじめな顔をして目を伏せます。

「自分でもよくわからない。諦めがついたのかどうか——君の魔術の音色が、私の中にあった良いも悪いも、全てを鎮めてしまったのかもしれない。またこれから考えるよ。ただ、協力できることなら喜んで協力させてもらう。君たちの()()を、応援している」

 それと——。

「恩返しになるかどうかわからないが、創造器を探しているのなら、何かヒントになるかもしれない。私が手に入れたあのタリスマン。結果的には偽物だったわけだが、あれは妻の故郷で手に入れたんだ。妻と娘のお墓もそこにあってね」

 これはまた意外なところから耳寄りな情報でした。

「『プラムターナ』という田舎町でね——」

 その地名を聞いて、私と大佐は互いに顔を見合わせました。

 なんの因果か、運命的にも我々の目的地もその町でした。

 いえ、個人的には、この一致は予定調和めいたものを感じます。

 パンシパル教官と怪盗オマールは、同じ場所で創造器を手に入れた可能性が持ち上がったのです。もっと詳しく話を聞いていけば、

「幽霊屋敷の噂を聞いたことはないかな? 地元では『奇跡の家』と呼ばれている。朝靄が立つ時刻、周囲には教会しかない街道沿いだ。靄の中突如として家の影が現れる。その家を目撃した者は、願いが叶うらしい」

「教官はその家を見て、あの創造器を手に入れたんですか?」

「少し違う。私の場合——妻と娘の墓参りをしてから教会に立ち寄って、その帰り際だ。意識が遠のく感覚に襲われた。気が付けばあのタリスマンを手にしていたのさ。だがその噂が無関係とも思えない。ゼロからイチは生まれるものではないよ。あのタリスマンも、無から生まれたわけではないだろう。となれば、数々の現象を引き起こすに足る、マナのストックを秘めた存在があるはずだ」

「場所はどこなんですか?」

「町から南に続く街道だ。何もないところでね、あっても農園ばかりさ。古い教会が目印で、あと——そうだな、私が通った時は、野原一面に青い花が広がって——」

 ビクンと、それまでコアラのように大佐の足に抱き着いてたケメットが跳ね起きました。


「ラベンダーだニャッ!」


 誘われるように、運命は収束されていくようです。


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