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銀の星  作者: 熊野こずえ
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中編


 森が白銀に染まってから数日が経った。雪は降ったり止んだりを繰り返して、太陽はなかなか姿を現さない。


「ただいま、ブランシュ」

「おかえりなさい、アル」


 体に付いた雪を払いながら帰ってきたアルに、寝床の枯れ草を整えていたブランシュは駆け寄っていく。


「ほら、今日も結構採れたよ。足りるかな?」


 そう言いながら差し出された籠には、野草や茸が入っていた。それを見たブランシュは笑顔を向ける。


「充分だよ。いつもありがとう、アル」


 アルは食べられる野草や茸を知っていて、雪が止んでいる時はそれらを採ってきた。ブランシュが貯めていた木の実と合わせれば、どうにか二人で冬を越せそうだった。

 籠を受け取りながら微笑むブランシュに、アルは緩やかに首を振る。


「ううん、これくらい当然だよ。もう随分とお世話になっているからね」


 その言葉に、ブランシュは自分の胸の奥が切なさに突き刺されるのを感じた。

 『居候』の目線から見た言葉をアルの口から紡がれる度、ブランシュの心は嫌々と駄々をこねる。

 たった数日、二人で食事や寝床を共にして、二人で何気ない会話を交わしただけ。だけどブランシュにとって、アルはもう誰かの代わりではなくなっていた。


(……ずっと、一緒にいたいのにな)


 心の中で何度も唱えた願いを思う。言葉にすれば十秒も掛からずに言えてしまう。しかし、願いを形にするまでの勇気がブランシュにはまだ無かった。


「どうしたの、ブランシュ?」

「……!!」


 心配そうな声に呼ばれて、ハッとする。

 我に返ったブランシュは慌てて笑顔を浮かべると、眉を下げて自分を見つめているアルの手を取った。


「何でもないよ。それよりも昨日の続きしよう?」

「どんぐりコマ?」

「そう、今日こそは負けないからね!」


 ブランシュは高らかに宣言して、昨日二人で作った団栗の玩具をいそいそと用意し始める。

 その無邪気な姿に、アルもふっと表情を緩めた。


 洞穴の外は深い闇色に染まっている。

 夕方から降り始めた雪は、量は少ないながらも、今もまだ降り続いていた。

 その雪を、二人は洞穴の入口で並んで見上げていた。


「……止みそうにないね?」

「うん、明日は外に出ない方がいいかな……」

「無理しなくて大丈夫だよ。もう食料は貯まってきたし」

「そっか、なら良かった」


 マフラーの隙間から白い息を漏らしながら、アルは隣に立つブランシュに柔らかな笑みを浮かべる。


「……っ」


 その笑顔を向けられた途端、胸の奥が熱くなった。じりじりと焼け付くように熱く苦しいのに、何処か擽ったくて柔らかい感情の炎が、ブランシュの心を包んでいく。


「……ねえ、アル」

「ん?」


 震える唇から零した声は、雪に吸い込まれる事もなく、アルの耳に届いた。

 首を傾げたアルからの穏やかな視線に、ブランシュの心臓は胸を突き破りそうな程に跳ね回る。緊張と息苦しさに震えながらも、ブランシュは必死に言葉を絞り出した。


「お願いが、あるんだ、けど……」

「何? 僕に出来る事なら言って?」

「その……あの、ね……」


 胸の前でもじもじと指を絡めながら、一番大切な言葉を声にしようと必死に喉を震わせる。

 そして詰まった胸を通す為に一回大きく深呼吸をすると、ブランシュは俯いていた顔を上げ、潤んだ赤い瞳で真っ直ぐにアルを見つめた。


「私と、ずっと一緒にいてほしいの……!」


 漸く言葉に出来た安心感に一瞬だけ肩の力が抜ける。

 しかし、次はアルからの返事があると気付くと、直ぐに再び体が強ばった。ブランシュは石のように固くなりながら返事を待つ。

 突然想いをぶつけられたアルは、少しの間だけ驚いたように目を見開いていた。そしてその目を細めると、両腕を伸ばして、目の前の小さな体を抱き締めた。


「ア、アル……!?」

「……僕も、ブランシュとずっと一緒にいたいって、思ってたんだ」


 耳元で囁かれた告白に、今度はブランシュが目を見開いた。僅かに体を離して見上げれば、白い頬を淡い桃色に染めたアルが甘くはにかんでいた。


「……本当、なの?」

「うん、本当だよ」

「私でいいの?」

「ブランシュがいいんだ。ブランシュこそ、僕でいいの?」

「私だってアルがいいの、……アル、大好き!」


 言葉を交わすうちに徐々に喜びが溢れ、堪らなくなったブランシュは思いっきり抱きついた。

 胸に飛び込んできた愛しい温もりを、アルも離さないと言わんばかりに抱き締める。

 そうして暫し抱き合っていた二人だったが、ふと互いの視線が絡むと、どちらともなく顔を寄せた。


 触れ合った熱の熱さに、雪の冷たさまでもが飲み込まれていく。


 ***


 それからの二人は今まで以上に幸せで、笑顔の絶えない日々を過ごしていた。少ない食料は分け合って、寒い日は肌を寄せ合う。素朴で暖かな毎日。

 そんな二人の熱が伝わったのか、空から降る雪も日毎に少なくなっていき、時折太陽も姿を見せるようになっていた。

 柔らかい日差しが射し込む森は、積もる雪が僅かに溶けて煌めいている。その景色を洞穴から眺めていたブランシュは、ふと思い出したかのように振り返った。


「ねえアル、春になったら丘に行こうよ」


 後ろでどんぐりの皮を剥いていたアルは、突然持ちかけられた提案に小首を傾げる。


「丘?」

「うん、花がいっぱい咲いて綺麗なんだよ!」


 ブランシュは両手を目一杯に広げて、一面に咲く花を表現してみせる。

 そんな彼女の微笑ましい動作にアルは頬を緩めた。


「そっか……楽しみだな」

「私も楽しみだよ、……と、そういえば、もう水が少なくなってたんだっけ」


 そう言ってブランシュは、隅に置いてある木の桶に近付いた。乗せていた蓋を開けてみれば、中に入っている水はもう半分も残っていない。

 冬の川の傍は凍えるように寒いので、毎回寒い思いをして水を飲みに行かない為に、天気の良い日にこうして予め桶で汲んでおいているのだった。


「あ、じゃあ僕が……」

「アルはもう仕事してくれてるでしょ? 私が行ってくるよ」


 腰を上げかけたアルを制して、ブランシュは桶を持ち上げる。幼い頃から両親の手伝いで慣れているので、重さにふらつくこともない。

 心配そうに自分を見送るアルに微笑んでから、ブランシュは洞穴を出た。まだ地面は白銀に覆われているものの、雪の厚みは減って、随分と歩きやすくなった。

 さくさくと足跡を残しながら歩くこと数分で、目的の川にたどり着く。


「うー……やっぱりまだ寒いなあ……」


 太陽が出るようになったとはいえ、春はまだ遠い。

 ブランシュは川から流れてくる冷気に身を震わせると、なるべく濡れないようにしながら桶に水を汲んだ。


「よいしょ、っと」


 たっぷりと水が入って重くなった桶を落とさないようにしっかりと抱え、転ばないように気を付けながら来た道を引き返していく。


(えへへ……帰ったらアルに暖めてもらおうっと)


 寝床で待つ恋人を思い、ブランシュの頬は自然と緩む。重たい桶が無ければ、その足取りは兎らしく軽快に跳ねていたに違いない。


「ただいま、アル!」


 洞穴に帰ってきたブランシュは元気な声を響かせる。

 しかし、その声はあちこちにぶつかって反響しただけで、誰にも拾われる事無く消えていった。


「……アル?」


 いつもなら「おかえり」と言ってくれる優しい声が聞こえて来ず、ブランシュは怪訝そうに眉を顰める。何だか胸騒ぎがして、桶を抱える両腕に自然と力が入った。


「アル、出かけて……っ!?」


 呼びかけながら洞穴の奥へと進んで行ったブランシュは、視界に飛び込んできた光景に声を詰まらせる。腕から桶が滑り落ちて、大きな音と共に水を撒き散らした。


 見開いた赤い瞳に映るのは、冷たい地面に倒れ込んだアルの姿だった。

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