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とりあえず、一日だけ拾いましょうか?  作者: 灯影


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1/7

プロローグ

 

『誰か拾ってあげて下さい』


 大きな衣装ケースに貼られた紙には、そう書かれていた。

 風雨にさらされても大丈夫なように、ご丁寧にラミネートまでされている。


 吉野ユウが、いつものようにビル清掃の仕事を終え、家の近くの公園を通り過ぎようとした時だった。

 視界の端に違和感を覚えた。


「……あれ?」


 今日まで絶対になかった物が、あるような気がする。


 仕事帰りでお腹も空いている。

 けれど、どうしても気になって、ユウは結局、公園の入り口へと引き返した。


 そして見つけた。


「…………ぇえ〜?」


 蓋の開いた大きな衣装ケースの中で、長い手足を窮屈そうに折り曲げて眠る男を。

 最初はリアルな人形か何かだと思ったユウだが、どう見ても生きた人間だ。

 面倒な予感しかしないと、本能が警告している。

 ユウは元来、面倒くさがりな性格なのだが、さすがにこ(・)れ(・)を捨て置いてさっさと家に帰れるほど、冷酷ではなかった。

 春先の夜はまだまだ寒い。

 酒の匂いはしないとはいえ、こんなところで寝ていては何かと危険だ。

 念のため少し距離を置いて、そっと声を掛けた。

 公園は声が響くので、夜に大きな声は厳禁だ。


「…………すみませーん」

「……」

「……あのー。……え、生きてます?」

「……」


 起きる気配がない男に、ユウは困ったように眉を下げた。


「放って……置けないです、よねぇ……」


 ユウは一人ため息を吐きながら衣装ケースの前にしゃがみ込んだ。

 目線が低くなると、こてんと頭を傾けて眠る男の顔がよく見えた。

 この人はもしかしたら、恐ろしく顔が良いのではないだろうか。

 無邪気な寝顔は、悪い人には見えない。


「……一体何をして捨てられたんでしょうね……」


 自然と込み上げてくる苦笑いをそのままに、ユウは男と同じように首をこてんと傾げた。そして、ようやく正解に辿り着いた。


「…………警察に、電話した方が良さそうですね」


 ユウが立ち上がろうと、膝に手をついた時。


「……んあ、……あれ?」

「あ」


 男の目がゆっくりと開いた。

 重そうな瞼の奥に、茶色い瞳が見える。

 ああ、目が合っている。

 ユウは、身の危険を感じるより先に、そんなことを思った。


「…………おはようございます」

「え、あー……、おはよう、ございます?」


 男は頭をぽりぽりと掻いてぼんやりとそう言った。まだ目が覚めていないのだろう。

 こんな状況で、そこまで深くよく眠れるなと、ユウは感心してしまう。


「……あのー、風邪引きますよ?」

「おわ、確かに! 何か寒いと思ったわ! アイツら毛布忘れてんじゃねーか!」


 男はきょろきょろと辺りを確認すると、足元に押し込まれた大きなリュックを見つけて、安心したように息を吐いた。


「あー、良かった。荷物はあった」


 そう言って衣装ケースから足を投げ出した。小さな湯船にでも浸かっているように見える。


「あのー……? 大丈夫、ですか?」

「あー、はは! いや、大丈夫じゃないっぽい! 冗談だと思ってたけど、俺、普通に捨てられてるわ」


 なんとも楽しそうに笑う男に、ユウは困惑した。

 一体この人は何なのだろう。

 やっぱり関わらない方が良い気がする。

 ユウがゆっくりと身を引こうとした時。


「ここってさぁ、街灯少なくない?」


 突然の質問に、ユウは動きを止めた。


 ――がいとう……? 街灯のこと? え、今……?


「……灯りのことで、合ってますか?」

「うん。若い女の子が、こんなさぁー? 真っ暗な時間に外歩いてたら、危ないんじゃないのー?」


 今度こそユウは目を丸くした。


 ――わぁ……今、一番そのセリフが似合わない人に言われた……


「たぶん、あなたの方が……危ないと思います、よ?」

「俺〜? 大丈夫、大丈夫! こう見えて強いし!」

「あ、いえ……そうではなく……警察的に……?」

「あはは! ね?」


 それでも緩く笑う男に、ユウは毒気を抜かれたのかもしれない。

 『真っ暗な時間に外歩いてたら、危ないんじゃないのー?』の言葉が、妙に温かく感じてしまったからかもしれない。

 もしかしたら、最初の茶色い瞳に父を思い出したからかもしれない。


 だから、言ってしまったのかもしれない。


「一日だけ……拾いましょうか?」


 それが、二人の始まりだった。


 ***


「……おい、おいおいおいおいおい!」

「どーすんだよ、拾われたじゃん!」

「めっちゃ普通の子じゃなかった……?」


 公園の草むら。

 そこに潜む大きな影が三つ。

 今し方、二人が姿を消した方向を、呆然と眺めていた。


「もっとイケイケなお姉さんでないと危なくないか!?」

「あの子やばくね!? どうする!? 追いかけるか!?」

「…………いや、待て。アイツがすぐに手を出すようなクズじゃないことは、俺たちが一番良く知ってる。その上で、だ。これは……チャンスじゃないか……?」

「はぁ!? でもあんないい子そうな――」

「よく考えろ……! あいつに彼女ができれば、次に俺たちが彼女を作っても……あいつのことが好きになった、なんて言われずに済むんじゃねーか……?」

「なんなら、あの子と上手くいってくれたら、万々歳じゃねーか……?」


 男たちは顔を見合わせた。


「「「…………よし、もう少し様子見だな」」」



 

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