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無情令嬢から、ラブレターの花束を【完結】  作者: 甘夏 みみ子
◇4章 医者と「たった一人の共犯者」

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29/42

29_明かされる真実

 

 ◇◇◇


「どうしたの、僕に用って」


 病院の中にある応接室で待っていた私は、その声に振り返った。

 ふわふわとした茶髪の男性―――レオン・ロス医師がそこにはいた。


「レオン様宛に、クロノス様からの手紙を預かっていまして」


 私の告げた言葉に、彼は黙り込んだ。

 そしてしばらくして、驚いたように目を見開くのだ。


「……もしかして、アレクシアちゃん?」

「そうですが」

「うわぁ! 雰囲気が変わっていて分からなかったよ。服もこんなのでごめん、夜勤明けなんだ。ちょっと着替えてくる」


 応接室から一度出た彼だが、どうも足がおぼつかない。廊下であっちに行ったり、こっちに行ったり、まるで酔っ払いのようだ。


 見かねた看護師の一人が彼を更衣室まで案内していた。寝起きで頭が働いていないのかもしれない。


「ごめん、お待たせー」


 そう言いながら入ってきた彼は、再びごん、とテーブルにぶつかった。

 以前会ったときは思わなかったが、意外とおっちょこちょいな性格なのだろうか。


 向かいのソファに腰掛けた彼からは、やはり甘い匂いがした。この香り、私が知らない所でめちゃくちゃ流行っているのだろうか。


「あの。クロノス様からお手紙がありまして」

「……僕に?」


 緊張したように彼の顔が強張った。

「そんな接点なかったと思うんだけど」と言いながら、きょろきょろとレターカッターを探している。

 テーブルの端にあるのに気が付いていなかったので、私が取って手紙と一緒に手渡した。


「うわ、分厚っ」


 手紙を開封した瞬間、ぎょっとした声が響いた。

 私も持った際に思ったことだが、封筒の外側からも分かるほど、レオン様に向けた手紙はとりわけこんもりと厚みがあった。


「さすがにこの量は後で読もうかな……」


 一度取り出した便箋を再び封筒にしまい込む。確かに、この量の手紙を人前で読む気にはなれないだろう。

 もはやちょっとした小説である。


「それで、アレクシアちゃんはどうして一人でここまでやってきたのかな」

「レオン様にお尋ねしたいことがあるのです」

「いいよ。なんでも訊いて」


 彼はにっこりと微笑んだ。

 私は、ピンと二本の指を突き出しながら言う。


「お聞きしたいのは二点です」

「……なんか、論文みたいな話し方だね」


 確かにな、と思うが、順序立てて話さないと自分でも訳が分からなくなってしまいそうなのだ。

 レオン様に話しながら、私の頭の中も整理していく。


「まず、一つ目です。旦那様は、私に五通の手紙を託しました。なぜ、旦那様がその方々に手紙を遺したのか。彼らの共通点は、今のところ何も分かっていません」

「なるほど?」


 クロノス様が残した五通の手紙の宛先はバラバラだ。

 友人で行政官のクリスと現参謀長のシャイロ様。

 宝石商で私と旧知の仲のエヴァンドラさん。

 退役軍人で私の花嫁修業の師匠のダミアン様。

 私の命を救ってくれた医師のレオン様。


「そして――この手紙です」


 私は、真っ白な封筒をずいとレオン様の前に突き出した。


「それがどうかしたの?」

「……よく見てください、宛先がありません」

「ああ、本当だ」


 苦笑いをしながら、レオン様は頭をぽりぽりと掻いた。

 私は、手紙をテーブルに置くと身を乗り出す。


「この手紙を届けたいのです。そして、もし、レオン様がクロノス様の居場所をご存じなら教えていただきたいです」

「……ごめん、待って」


 レオン様は小さく手を挙げた。


「手紙の件はわかった。アレクシアちゃんは、五枚の手紙の共通点を探して、宛先の無い手紙をどうにかして届けたいんだね?」

「そうです」

「……その後のクロノスの居場所って何? アレクシアちゃんは、彼について何を知っているの?」


 気が動転したのか、『クロノス』なんて呼び捨てにしながら、私に質問を返す。


 ――レオン様は、何か知っているのかもしれない。


 直感的にそう思った私は、淡々と自分の知っている事実を述べることにした。


「クロノス様が、死亡宣言を下された、何とも不自然な死であることと……」

「うん」

「東国境反乱があった時に、クーデターがあったらしいということ」

「うん?」

「軍部が死亡宣言を下すのは、本人に意志を確認した後だということ」

「うん!?」

「あとは、東国境反乱で亡くなったはずの元参謀長のノイン様が生きていた、ということでしょうか」

「はぁ……っ!?」


 段階を踏むように頭を抱えていったレオン様は、ついに長い息を吐いて机に突っ伏した。

 ぺしぺし、と手でテーブルを叩きながら虚空を見つめている。


「なんで、知ってんのかねー、そんなこと。……ま、ここまで来たっていうのは、つまりそういうことだもんね」


 うんうん、と一人で納得いったかのように頷いた彼は、ゆるりとした笑顔を浮かべた。


「四年前、軍部の上部がごっそり入れ替わったの覚えてる?」

「ええ、確かここ、ルクシー村付近で反乱が起こったんですよね。その反乱で上層部の方が殉職された、と」


 反乱が起こったのは、ちょうど結婚指輪を作った直後だった。結婚式を延期にしたからよく覚えている。

 その反乱がきっかけとなり、クロノス様は参謀長になったはずだ。


「それねー……嘘」

「は、い?」

「だからねー」


 すうっと、彼が空気を吸い込む音が聞こえる。


「それ、嘘だから」


 うそ。うそ……嘘。

 脳内で言葉を咀嚼すればするほど、訳が分からなくなっていく。黙り込んでしまった私を見かねてか、レオン様が口を開いた。


「表面上はそう言ってるだけってこと。国境付近で反乱なんて起こっていない。軍のお偉方がわざわざ現地に出向くなんておかしくない?」

「え、待ってください。じゃあ、上層部の方が亡くなったのって」

「君が言ってたんじゃない。クーデターのハナシ」


 何となく頭の中で避けていたことを、強制的に理解させられている感覚だ。かちり、かちりと無理矢理頭のなかにパズルのピースが組み込まれていく。


「東国境反乱なんて存在しないの。実際はあの時、軍部の人間の多くはオルディンの軍事本部にいた。そして、そこで起こったのが、毒を使った――クーデターだ」

「……クーデターが……本部で」


 私の脳裏に、軍事本部の光景が浮かんだ。

 忙しなく動く顔見知りの軍人の足音や、和気あいあいとした決闘場の様子が鮮明に思い出される。あそこで、そんな凄惨な出来事が――。


「そう。ただ、軍部でクーデターが起こったなんてバレたら、アズーラ帝国は大混乱に陥る。それだけじゃない。これ幸いと諸外国が攻めてくるかもしれない。東国境反乱は、そのクーデターを隠すためのカバーストーリーに過ぎない」


 私の指先が震えた。

 無意識に握り締めた拳は冷たく、血が通っていないかのように感じられた。


「じゃあ、この病院は……」

「この病院はクーデターの後に作ったものだ。ここに入院してるのは、毒を食らったせいで体のあちこちが機能していなくて、なんとか生きてる人間だ。全員、死亡宣言が下された欠格軍人だよ」

「……っ」


 私は、先ほど会った元参謀長のノイン様を思い出して身震いをした。彼もまたクーデターの被害者なのだろう。


「今動けてる人間も、じきに細胞が死んでいく。長い年月をかけて体を蝕む。そういうタイプの遅効性の毒だ」


 レオン様の口調は段々と厳しいものに変わっていく。それに比例して、私の中で嫌な予感が次第に大きくなっていった。


 誰かが胸の奥を掴んでいるかのように、息苦しさは増していくばかりだ。


「あの、クロノスさまは――――」

「言っとくけど、ここに君の旦那はいないよ」


 希望という名の細い糸が、ぷつんと無造作に断ち切られた音がした。


「ここにいるのは、全員クロノスに巻き込まれた人間たちだ。クーデターの犯人は――クロノスだったんだよ」


 どっ、と心臓が大きな音を立てた。


「表沙汰にはなっていないことだけどね。軍部の人間は皆知っているよ、アイツは悪人だって。アレクシアちゃんに気を遣って皆言わないだけだけどね」


 それでも。


「夜な夜な遊び歩いていたの、君だって知ってるだろう? 金、女、権力に溺れた男だ。哀れだと思わないか」


 そうだとしても。


「……じゃあ、クロノス様はどこにっ!」


 絞り出した声が、乾いた音を立てて消える。

 私の叫びに応えるように、レオン様が静かに口を開いた。


「クロノスは死んだよ。……いい加減、責任を取らざるを得なかったんだろうね」

「あ……………」


 喉がひりついた。息が吸えなかった。全身ががらがらと崩れていった。

 せっかく積み上げていた積木のお城を、いとも簡単に蹴り飛ばされてしまった気分だった。


「アレクシアちゃんも、クロノスのことなんて忘れて再婚でもしたらどうかな」


 がたんと立ち上がった彼は、額を押さえて苛立ったように吐き捨てる。


「分かったなら……お願いだから、もう帰ってくれ」


 苦し気に顔を歪めた彼は、応接室から出ていった。




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