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無情令嬢から、ラブレターの花束を【完結】  作者: 甘夏 みみ子
◇4章 医者と「たった一人の共犯者」

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27/42

27_その男、死んだはずでは

 

 憂鬱だった。

 今まで私が辿っていたクロノス様との思い出は、楽しかった時のものばかりだったのに。

 結局、私たちの間に存在した愛は、錯覚に他ならないのかもしれない。


「駄目。私、しっかりして」


 ぱちん、と両手で頬を叩いた。

 私の目的を思い出せ。クロノス様の空白の手紙の宛先と彼の生死を探るのが、私の使命だろう。


「うーっ……」


 私は唸った。


 結婚指輪を作った後に起こった四年前の東国境反乱。

 道行く軍人から盗み聞きしたクーデターという言葉。

 上層部が死に、一気に昇進したクロノス様。

 セリナの「戦争なんて無かった」という疑問。

 優しかったクロノス様が変わってしまった訳。

 そして、北大陸に遠征したクロノス様が自ら望んで『死んだ』ことにした理由。


「うーん……」


 理由は様々思い浮かぶけれど、どれも憶測に過ぎない。

 悩みながら歩いているうちに、私は目的地に到着してしまった。

 ルクシー村は、かつて戦禍に飲まれたとは思えないほど穏やかな時間が流れていそうな集落だ。そんな村の中に不自然なほどドン、とそびえ立つレンガ造りの建物。

 それが、ルクシー軍立病院だ。


 かつての惨禍に巻き込まれた村民を入院させるために設立された病院であり、現在はルクシー村の空気が澄んでいることから患者を受け入れているという。


 もっとも、ルクシー村は首都オルディンから遠すぎて患者がいないため経営は赤字だという噂だが。


「おい、そこの」


 病院の入口でぼうっと突っ立っていると、声を掛けられた。痩せこけた壮年の男性だった。車椅子に乗ったまま、ぼんやりとこちらを見つめている。


「この病院に何か用なのか」

「……ええ、少し」

「なんだ、女か」


 私が返事をすれば、つまらなさそうに顔を逸らした。

 もしかすると、目が悪く、男女の区別も付かないのかもしれない。入院患者となれば、失礼な対応もできないと思った私は、小さくお辞儀をした後に声をかける。


「貴方様は、入院してらっしゃるのですか」

「ああ、そうだとも。私は元軍人だったんだ!」


 彼は、偉そうに口元を吊り上げた。

 どうやら、軍人であることに大層誇りを持っていたようだ。

 彼に近付くと、クロノス様とそっくりの甘い香りがした。どうやらこの香水は、軍部で年齢問わずに大流行したらしい。


「もっとも、クロノスが参謀長になってから軍は腑抜けたがね。女を中佐などに引き上げたり、諸外国と平和条約を結んだりもっての外だろう」

「はぁ……」


 私は、なんと答えていいものか迷った。

 軍部にも派閥があり、昔からの考えを貫く保守派とクロノス様やシャイロ様の属する改革派に二分している。きっと彼は、保守派の人間なのだろう。

 だから、男尊女卑的な考えが染みついているのだと合点がいった。


「クロノスはどうしている」


 忌々し気に彼は私に問うた。何と答えるべきか迷ったあと、私は当たり障りのない答えを返す。


「……亡くなりました」

「ほう、亡くなった、と」


 彼は、両手で顔を覆って肩を震わせた。

 派閥が違えど、同じ軍人だった仲間だ。きっと彼の死を偲んで――


「あーっ、はっはっ……腹が痛いわ! やっと死んだか、あの悪魔が!」


 私は、思わず目が点になってしまった。

 いくら嫌いな人間が死んだからといって、そんな大声を上げて笑うようなことがあるだろうか。

 呆れを通り越して、もはや怒りすら湧いてこない。


「ひーっ、ざまあみろ! 今夜はいい夢が見れそうだ!」

「…………」


 私が立ち尽くしていると、車椅子の後ろから駆けてくる人影があった。白衣を身にまとった医者らしき女性だった。


「ああ、ノイン様、勝手に他人と話してはなりません! 院外にも出ないよう申し付けていたでしょう!」

「……はぁ!? 私が誰か分かって言っているのか、私は――――」

「はい、そこまでです。それ以上言ったらどうなるか分かっていますね?」


 私は、ぴしり、と固まってしまった。

 ノインというのは、クロノス様の前任の参謀長の名前だったはずだ。


 確か、彼は、東国境反乱で死んだはずではなかったのか。

『欠格軍人になるくらいなら、死んだことにする。そんな考えを持った人間も多い。特に幹部になればなるほどだ』

 師匠の言葉が頭の中で繰り返される。


 彼もまた、東国境の乱の際に「自らの意思で」死亡宣言を下したというのだろうか。

 疑問が、繋がりそうで繋がらないもどかしい感覚に襲われる。


 車椅子を押していく白衣を着た女性が、私の方をみると不思議そうに眉をひそめた。


「貴方、当院に何か御用ですか?」

「あの、レオン院長に用がありまして……」


 彼女は、さらにその表情を曇らせて首を傾げた。

 まるで、彼に会いに来る人間などいないだろうに、という顔だ。


「……中にどうぞ」


 案内された私は、病院の廊下を歩きながら、ぼんやりレオン様と出会った時のことを思い出していた。


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