第五十七節 : 祈る者
第五十七節 : 祈る者
「ミュリッタさん! もう少しだけ持ちこたえて下さい、援護します!!」
アルテの声が頭の中に響く。
何故!? 通話のチャンネルは閉じたはずだった。エナンの事を見ている余裕はなかったから。
だがその声の主がエナンではなくアルテュストネだった事ですぐに原因は思い至った。こいつ・・・私のブロックをハッキングしやがりましたよ。どこまでも喧嘩を売ってくる女ね、と。
「あのね!! 忙しい時に話しかけてこないでくんない? このおっぱい女!!」
「なにイキってんですか!! 邪神を川底から引きずり出す事も出来ないでひーひー言ってるくせに!」
「ひーひーなんて言ってない!!」
「比喩表現です!! 揚げ足取るとかいい加減にしてください!!」
いきなり念話で喧嘩を始める大魔道様と魔人様。見かねて割り込んできたのがエナンだった。
「あ~・・・えーと、ミュリッタちゃん、話聞いてほしいんだけど、いい?」
「うっ・・・エナン、なんで最初からあんたが話さないのよ!!」
「いや、その・・・俺が何度話しかけても全く返事してくれなかったから?」
はい、ブロックしてたの私です。ごめんなさい。
少し時は遡る事数分前。
館の中に駆け込んだアルテが長さ3メートル以上はあろうかというごっつい金属柱を肩に担いで駆け戻ってきた。
「エナン様!! 持ってきました~。これを使いましょう!」
笑顔で重さ数トンはありそうなその物体を担いだまま、軽やかな足取りで駆け寄ってくるアルテを見てエナンはこの人とは絶対喧嘩はしないでおこうと思ったのである。
それは以前アルテが言っていた、導水管を地中に通すための掘削機であった。
厳密にいうと導水管を通すのではなく地中に導水のための管路を生成するのがこの機械の特徴だった。先端部分が高熱になって岩や土を溶かして溶岩と化し、その中に突入すると円筒の後半部分が周囲の溶岩を魔法で高密度に圧縮、冷却して強固な円筒形の管路を構築するのだ。
その消費エネルギーは莫大で『使い物にならなかった』と言われるのも納得の代物であった。
「これをどうするの? さすがに人が通れる太さではないと思うんだけど。」
「エナン様、ミュリッタさんを助けたいんですよね?」
「うん、どんな事でもいい。力になれる事ならなんでもするよ。」
「だったらこの魔道具にその気持ちと一緒に魔力を込めて下さい。ミュリッタさんを助ける力を魔力付与するんです!」
「えっ? 魔力を込めるだけ?」
「ええ、それだけで十分だと思います。エナン様のミュリッタさんを助けたいという想いが宿っていればその魔力は必ず然るべき時が来れば発動し、ミュリッタさんを助けるための最適な姿へと形を変えるでしょう。魔力付与とは本来そういう物なのです。」
それはアーティファクトの有様として聞いたこともない概念だった。アーティファクトとは魔道具の上位存在。何かを成す為に高度な技術と魔力操作によって作られる物だと思っていた。だがアルテは少し悲し気に微笑みながらそれを否定した。
「最初に魔導工芸品、今でいうアーティファクトを作り出した人達はそんな事は考えていなかったと思います。彼らが指輪に込めたのは、愛しい人を守り幸せにしたいというただそれだけの祈りだったのですから。」
「祈り・・・」
「ええ、かく言う私もそのアーティファクトの一つなのですから。」
「!!!」
「お爺ちゃんは私を永遠に溶けぬ氷、クリュスタロスに封じそれに祈りを込めました。私の魂が救われますように、と。その結果その祈りは私に新たな体を与え、クリュスタロスは私の魂の器となったのです。でもお爺ちゃんは言ってました。そこまで詳しく祈ったつもりは無いと。ただ、ただ、どうか救われておくれと祈り続けただけだと。」
アルテの目から涙が溢れていた。エナンは彼女をしっかりと抱きしめると囁いた。
「わかったよ。全力でやってみる。」
「どうかミュリッタちゃんを助ける力になれますように、どうか彼女を救えますように。」
エナンは膝を付き、地面に横たえた金属柱に両手を添えると目を閉じて祈った。
エナンの全身がかすかに光を帯び、そしてそれは金属柱へと伝播していく。
次第に増していく金色の輝きを見ながらアルテは心の中で呟いていた。
『金色のオーラ・・・エナン様、やはり常人ではなかったのですね。』
神力を行使するガルドーを一撃で葬ったのを目の当たりにして推察はしていた。そして今、それは確信に変わった。だが、エナン本人は全くその事には気付いていない。
『でも、これは決して言ってはいけない事なのですね。神が神でなくなる事を願うなど、どれほどの苦しみを背負われてきたというのでしょうか。』
ミュリッタの言葉の端に見えたエナンの存在を理解しているというサイン。ミュリッタは間違いなくエナンの本来の姿に気が付いている。だが彼女は邪神との戦いに赴くにも関わらずその助力を乞おうとはしなかった。
彼女が最後に残そうとした言葉、それは『幸せになってね』だった。
『女として負けられません。ミュリッタさんがそこまでエナン様の事を想っているならば私だって!』
アルテは静かに闘志を燃やしながらエナンが祈りを終えるのを待った。
「これをどうするの?」
エナンが力を注ぎ終えた掘削機を見てアルテに聞いた。
「そうですね、あのテラスからこれを岩盤に投入しましょう。あそこなら多少水が流れ込んできても問題なく排水できますから。」そう言うとアルテは再びその掘削機を担ぎ上げると早足で歩きだした。
「長引くとミュリッタさんが不利です。急ぎましょう!」
二人は走るように、あのエナンが昇ってきた地底湖跡のテラスに向かった。
「エナン様、ミュリッタさんにこれから援護すると連絡を入れて下さい。おそらくかなり大規模な攻撃が発動するでしょう。下手に近くにいるとミュリッタさんまで巻き込まれますから。」
「わかった、連絡してみる・・・・・ミュリッタちゃん、聞こえる?・・・・・あれ?」
「どうしました?!」
「もしも~し! ミュリッタちゃーん!! ご機嫌いかがですかー!!」
「・・・・・。」
「ダメだ、反応してくれない。」
そんな事をしているうちに二人はあのテラスに到着する。アルテはそのまま走りながら掘削機を振りかざすと勢いをつけてそれを投擲した。
「どっ!!・・・せいー!! のっ!!!」
放たれた掘削機はうなりを上げて水平に飛翔すると、そのまま対岸の岩壁に轟音と共に突き刺さった。
「発動!!」
アルテがそう叫ぶと、掘削機が突き刺さった周辺の岩石が真っ赤に輝きだす。そして見る間に掘削機は岩の中へと吸い込まれていったのだった。
「エナン様!!」
「ごめん・・・ダメだ。全然繋がらない!」
「そのペンダント、ちょっと貸していただいていいですか?」
エナンがペンダントをアルテに手渡すと、アルテはそれに音声ではなく魔力を直接流し込む。そして・・・
「あ、これ向こう側でブロックされていますね。」
「ブロック?」
「今話せる状態じゃないからという意味なんでしょうけど、肝心な時に役に立たない魔道具ですねまったく。」
「どうしよう・・・連絡付かなかったら巻き込んじゃう?」
「大丈夫ですよ、エナン様。・・・ふっ、この程度のブロックなど私にかかれば・・・うふっ! うふふっ!!」
血走った目でミュリッタ様の魔道具をハッキングし始めたアルテからエナンはそっと距離を取ったのだった。
そして現在に至る。
「あのね、こちらからも邪神を攻撃させて欲しいんだ。」
その言葉にミュリッタの心臓が大きく跳ねた。
本当は喉から手が出るほど欲しかったエナンの力添え。だがミュリッタはそれがかつてのエナンの記憶を呼び覚ましてしまうのではないかと危惧し、諦めたのだった。
だが今、エナンの口からそれをさせて欲しいと言われた。エナンの様子に変わりはない、それならばと一気に心に甘えが生まれた。
「うれしいけど・・・本当にいいの?」
「うん。というかもう発射しちゃった。」
「は?!」
「それでね、多分近くにいると巻き込まれるから離れて下さいってアルテさんが言ってる。」
「さん付け禁止ですよ? エナン様」
「・・・・・。」
おいおいおいおいおい! このおっぱい女、エナンに何させるつもりだ!
まだエナンが自分の意志でそんな強大な力を発動できるとは思えない。こいつ一体エナンに何を吹き込んだんだ。ミュリッタは背筋が寒くなるのを感じた。
「ちょっと!! 巻き込まれるって一体何するつもりなのよ!」
「えっと・・・よくわかんないだけど。なんかすごい攻撃になる? かも。」
「ひぃーっ!」
このドアホがぁっ!! 世界を滅ぼすつもりかエナンが世界を焼き尽くすはずだった破壊の女神だったって事が分かってんのかぁっ!! 無自覚で完全に力を開放されたら邪神なんかより1000万倍恐ろしいわぁっ!! と心の中でミュリッタは絶叫した。
「ちょっと!!! それ、いつ発動するのよ!?」
「うーん・・・いつだろう? アルテさ・・・様?」
「・・・様付けも禁止です。ミュリッタさん、大体50分後になります。」
「はぁ?! 50分後!? ふざけんな!!! このタコ足巨人と50分も遊んでろって言うの?!」
「仕方ないでしょ!! 地中の溶岩の中での前進速度なんて秒速1メートル位なんですから!! 正確な着弾タイミングはこちらでカウントダウンしますから、四の五の言わずに3000秒耐えてください!!」
「どんだけ使えないポンコツなのよ!! そんなのエナンが直接走ってきたほうが全然早いじゃない!! 馬鹿じゃないの?!」
「ぐぅっ・・・わかりました!! 速度2倍・・・いえ4倍に上げて13分でそっちまで届けてみせましょう! その程度なら耐えられますよね?! 出力を4倍にして差し上げます!!」
「バーカ!バーカ!!! 流体の抵抗は速度の二乗に比例すんのよ!! 出力16倍にしなきゃ4倍速なんかなるわけないでしょ! このおっぱい女!!」
「上等です!! 16倍? そんなの余裕ですわ!! せいぜい頑張って13分耐えて見せなさい!!」
またしても喧嘩を始めた二人を前にエナンは頭を抱えていた。
『神様・・・どうか私の胃袋に穴が開きませんようにお守り下さい。』
前途多難な二人を見ながら祈るエナンであった。




