四十三話 言いたかったこと
振り返ったキャディキャディ様は、私が知らないお顔をされていらっしゃいました。
姿と言うことではありません、透明の水のお姿だったのですが、何時もにこにこと無邪気なご様子だったのです。
今は、奈落の底のような目をされて、こちらを睨んで居られました。その双眸からは、汚泥のように黒い涙が、止めどなく流れ落ちております。
どれだけ、私は彼女を悲しませてしまったのでしょう……。
「まりー……まりー……」
「そうです、帰って参りました!」
「あぁあ”あ”あ”!!」
「ちっこりゃ駄目そうだ」
キャディキャディ様が叫び声を上げ、此方に向かってくるのを、私は抱き留めようといたしました。
しかし、一瞬のうちに回り込まれたザハエル様が、盾でキャディキャディ様を弾かれます。水属性の神霊様同士のぶつかり合い、周囲に激しく水飛沫が飛び散ります。
私は、青い翼の影に護っていただいたお陰で大丈夫でしたが、周りに居た人々はその勢いに負け押し流されていきました。
彼方此方から、悲鳴が聞こえます。
「ザハエル様」
「強めに殴って正気を取り戻させる、お前は呼びかけろ!」
「な、何をでしょうか」
「何でもだ、何か有るだろう思い出とか、言いたいこととか」
風切り音をさせながら、槍を振り回すと、ザハエル様はキャディキャディ様に向かって、飛んで行ってしまいました。
「うあぁぁぁぁあ”あ”!!」
「あーもー、正気に戻れガキが!」
上空では、神術がぶつかり合う超常の戦いが、始まってしまいます。
水弾が水流が、青い光線のようなものが飛び交いました。遙か彼方から飛んできた、逸らされた力の余波だけで、建物が壊れ地面が抉られます。
ザハエル様の方が、神格が高いと仰っていた通り、技でも力でも圧倒されているようですが、彼はキャディキャディ様を気遣い。また、下に居る民達をも庇っているため、苦戦されているように見えました。
私は、如何したら宜しいのでしょうか……。
どんな言葉を投げかければ、キャディキャディ様を正気に戻せるのでしょう。
キャディキャディ様に、言いたかったこと……。
「キャディキャディ様、マリーです、お気をお鎮め下さい!」
「お願いです、キャディキャディ様!」
「おい! おい、お前は……」
自然に手を組み、祈るように私は呼びかけ続けます。
「キャディキャディ様! お聞き下さいマリーはここに、戻って参りました!」
「マリー・コールドウィン!」
声を掛けられて、振り返りました。あえて見ないようにしておりましたのに。
今私とても、忙しいのですよ。
「お前っ……マ、マリー……コールドウィン、だな。変ったな身綺麗になった、か?」
「そうですか、すみませんが失礼致します」
「ちょっと待て、あれは、どういう事なのか説明せよ!」
「お姉様……」
「おい、どこに行く!」
神霊様達が戦いながら移動して行かれるので、私も付いていかなくてはなりません。
私は一介の修道女、王太子様と会話をする事などないのです。
ですから、騎士達など連れて、付いて来ないでいただきたいですわ。
「キャディキャディ様、キャディキャディ様、キャディキャディ様!!」
何度も呼びかけますが、此方を見ようともして下さいません。
どうすればキャディキャディ様は、私に気付いて下さるか……。
私の声を聞いていただけるのか、ザハエル様は思い出と仰いましたが、キャディキャディ様との、思い出。
「みずがあたたかくなってきたよ」
「びたがわにね、はながさいたわ」
「みて、らるてるがめのおすが、めすをたたいてる、なかよしね」
……川の中の生き物や、植物の話を色々していただいた思い出はありますが、それでキャディキャディ様を正気に戻せるとは思えません。
キャディキャディ様が、こちらを向いて下さる言葉。
キャディキャディ様は沢山話し掛けた下さって居たのに、私はそれを素通りしてしまっていたのです。大切な話など、した事は有りませんでした。
見張られていたのもありますが、私も彼女の事を誤解していました。加護をいただき、どれだけ助かったものか。意地悪されず、普通にお話し下さったこと、感謝しておりましたのに。
もっと、もっとと、勝手に期待して、勝手に失望していたのですわ。
「キャディキャディ様!! 言いたいこと……」
何も告げておりませんのに……。
「キャディキャディ様、豊穣をもたらす河川の妖精キャディキャディよ、私の祈りをお聞き届け下さい。私はあなた様に加護をいただく娘、魔力を捧げます!!」




