二十八話 あれは嘘だ
色々と聞いて戴いたあの夜から、少し心が軽くなったような気がします。
しかし、それとは反して、遠くから怪我人や病人が修道院に多くやって来るようになりました。
修道院では通常の参拝者を規制し、そちらに専念する事で対応をしております。
私も皆さんの手が回らないところを、率先してお手伝いする事で貢献させて戴いております。今までに無く大変な日々ですが、フェリスさんなど、魔力量が増え神術の熟練度が上がったと前向きに言われていました。
私も、料理の下拵えならお手伝い出来るようになりましたよ。
「あーーーー……」
ご不快なのでしょうか、それとも心地良いのでしょうか? 青い髪を梳かしておりますと、ザハエル様が呻き声を上げられます。
振り払われる事もありませんし、厭われるならば、はっきり仰る方だと思うので、どうなのでしょうね。
沐浴場なのですが、これも今は一般の方に解放しておりません。
内部の者だけ、仕事の合間に入っておりますね。そちらまで手が回りませんが、怪我人や病人の治療で汚れた身体は綺麗にしなくてはなりませんから。
それでも二つある沐浴場の、一つは完全に締めて、男女で時間交代で使用しております。
ただし、神霊様用のだけは別です。そこで私が一人で管理する事を申し出ました。
と言いますのも、別にザハエル様専用と言う訳ではありません。私は見ておりませんが、水属性の神霊様しか見えないのかもしれませんが。他の神霊様も利用しているようなのです。
熱心なこの修道院の人々に、こっそり力を貸して下さっている存在も居るのだとか、こんな時ですから逆に感謝を捧げるべきですよね。
「髪が解けましたから、真っ直ぐになさってください」
「う……」
さて、今日はどう結い上げましょうか。
人化してしまいますと、長い髪が地面に付いてしまいますので。汚れなど付かないと言われましても、気になりますから、しかしそうすると何時も似たようになってしまうのですよね。
此方を編み込んで、こう垂らして、髪飾りは折角ですから捧げ物の中から……。
この白に薄青の縁取りのダボンの簪、大ぶりの花飾り女性用だと思うけれど、ザハエル様なら似合うと思います。
スッと髪に挿しますと、とても素敵でした。
あ、でも服装が、今は天使の衣で良いですが、冒険者の装備には流石に似合いませんよね。すると、ザハエル様も腕を組んで唸られます。
「うーーん」
「あ、やはり、駄目でしたでしょうか」
「いや、アクセサリーで強化しなきゃならない予定もないし、何でも良いんだが。そうでは無くて……」
何でしょうか、ザハエル様は珍しく少し言い辛そうされました。
「この間、何もしないと言っただろう」
「はい」
「その件なんだが、そうも言ってられなくなってきた様なんだ」
「っと言いますと」
「どうやら、キャディーの奴が凄く怒っているようなんだ」
何だか、嫌な予感が致します。
それと同時に、ここ数週間の神術を求める人々の流入に答えが出てしまった様に思いました。
「も、もしやキャディキャディ様は」
「いや、まだ暴れたりしてないっと思うぞ。討伐命令とか俺様の方に来てないからな」
つまり、やらないを実行されている所だろうと……。
なんて事でしょうか、この大変な事態は私の所為だったと言う事ですか!?
「そこで、嫌だろうが一度王都に戻って、キャディキャディに顔を見せてやって欲しいんだが」
「私はここから出られませんが」
「ああ、解ってる、だから俺様が夜にちょこっと飛んでな」
ザハエル様は、ザハエル様も同じように為されようとしたのに、私が止めて欲しいと言ったので、キャディキャディ様も止めて下さるのでしょうか?
私が疑問を持って考え込んだ事を、勘違いされたのでしょう。
ザハエル様は続けてこう仰いました。
「勿論、積極的に害する気は無くても、助ける義理はないと言うのは尤もなんだ。俺もキャディキャディがこれだけで止めるなら、それでいいと思う。しかし、あっちはお前の居場所が掴めていないんじゃないかと思ってな」
「あ、突然私が居なくなって、怒って、下さっている?」
考えてもみませんでした、そんな事で怒って下さっている。
確かに、あっという間にこの場所に連れて来られてしまいましたが、私は何故、何もお知らせしなかったのでしょうか。
「あの、祈りで無事をお伝えする事は出来るのではないですか?」
勿論、キャディキャディ様に無事だと会いに行く事は吝かではありません。喜んでお会いしたいと思いますわ。
ですが、祈りを送れば、今すぐにでも私の無事をお知らせできるはずです。
「いや、今は止めておいた方がいい、と言うか怒やなんやで祈りが届いてない。聞く方も聞く姿勢ってのがあるもんだ」
聞く気が無い神霊に、声は届かない。
やらないをやる内に、何も聞こえなくなってしまっているだろうと、そう言う事らしいです。
最近怪我らしい怪我をしていなかったから、気付きませんでした。
私はなんて恩知らずなのでしょうか。
「お前の顔を見れば、落ち着くだろう。しかし嫌だって言うなら……」
「嫌など、ありません。此方からお願いしなくてはならない事ですわ。どうか、どうかキャディキャディ様に、キャディキャディ様のもとに連れて行って下さい。お願い致します!!」




