そして僕らは… その8
「お姉さま。」
「何ですか?」
「紅茶はいかがですか?」
「ありがとうもらうわ。」
どうせ何かを企んでいるのだろうが、アルフィーとしては喉が渇いているので一杯もらうことにした。
「ではマルチ、私の分とお姉さまと先生に紅茶を。」
「はい、姫様。」
外で待機していたマルチにハルニエは先生とアルフィーと自分に紅茶を持ってくるように指示した。マルチは一礼すると部屋から出て行き、厨房の方へと向かって行った。ショートカットのメイド服に切れ長の鋭い目つき。アルフィーはうちのノエルと目つきの鋭さがいい勝負だと思った。
マルチが紅茶とお菓子を持って来るとしばしのティータイムとなった。雑談に花を咲かせていた。
しばらくすると先生が飲んでいた紅茶がおいしかったのかこう言った。
「この紅茶おいしいですわね。どこ産かしら。」
その言葉を待ってましたと言わんばかりにハルニエは言った。
「お姉さま、この紅茶どこ産でしたっけ。」
やっぱりかとアルフィーは思った。
「アウス産だと思うけど。」
「そ、そうでしたね。」
これくらい分かるよとアルフィーは思った。ハルニエはやっぱり頭が足りないようだ。休憩中は延々とハルニエの絡みにアルフィーが華麗に避けるという構図が続いた。先生はただ、苦笑いをしていた。
国文学の勉強の後はまた別の神学の勉強を受けた。ハルニエは用事があるので帰って行った。歯軋りしていたが、気にしないでおこうとアルフィーは思った。きっとまた元気な姿を見してくれるだろうと。
夕食を済ました後、アルフィーは一人で余暇時間を過ごしていた。彼女の余暇の過ごし方は今日あったことを日記に記すことであった。先生との学術的な会話、ハルニエとのしょうもない話、悪巧みなど色々と書く。アルフィーにとっては今はとても愛しいのである。アルフィーが一人のんびりと過ごしているとドアを叩く音がした。音で誰だかわかった。
「フレイ?」
「はい、姫様。」
「入っていいわよ。」
「失礼します。」
慇懃に入って来たフレイにどこか可笑しさを感じたアルフィーは笑った。今日のフレイは王宮の使用人の制服に髪は下ろしていた。真面目そうな雰囲気にはアークのところに行った町娘風の格好とは大きく違い気品があった。まぁ、それもすぐに化けの皮が剥がれるが。
「来たということはどうだった?」
「はい、協力は得られました。」
「よし、これで第一段階はクリアね。」
「アルフィー様の言う通りでした。」
そう言うとフレイは不敵な笑みを浮かべていた。フレイもアルフィーの影響で悪巧みをすることがある。元々はいつもおどおどしていて見るものをイラつかせ煙たがられていたが、アルフィーの侍女になってからは次第に度胸が座るようになった。それでもアルフィーの活発な生き方に振り回されおろおろしていることも多い。
「そうでしょ。あいつは昔から頼まれると断れないからね。熱い奴なのよ。」
アルフィーはにやにやしていた。ちょっと昔を思い出して笑っていたのである。アルフィーにとってアークやドニーと過ごした日々はダイヤモンドよりも輝かしいものであった。フレイはそんなアルフィーを見て微笑ましく思った。今のアルフィーもお転婆なことをするが、昔のアルフィーはもっとはっちゃけていた。そんな話をよくアルフィーから聞かされた。利発なアルフィーが庶民ならきっとそれはそれで面白く愉快な人生を歩んでいたであろう。それが王室の都合で地方に母親と別に住まわせ、また、王室の都合で王都に後継者として呼び戻された。幼少期より側に仕えていたフレイはアルフィーの境遇に切なさを感じていた。だが、フレイとて王室に仕える身である。そのようなことは王室に生まれたら覚悟しなくてはいけない。王室の人間は生まれながら社会的に優遇される。その分自由がないのである。それくらいフレイにもわかる。それでもフレイはアルフィーが可哀相に思えるのだ。フレイに出来ることはアルフィーに甲斐甲斐しく仕えるだけである。
「姫様では。」
フレイはにっこりとした。可愛い顔だとアルフィーは思った。アークは鼻の下伸ばしてたかしらと想像した。あいつはフレイみたいな女の子の前では強がるからなぁとアルフィーは思いを巡らしていた。
「うん。次の問題はお母さまが住んでいた場所の特定と王宮からの抜け出し方法ね。」
「どうやって調べましょう。大臣たちに聞いて回るのは出来ませんし、史料編纂官にも聞いたら事が露見するでしょうし。」
「うーん。ガリクソンに相談してみましょう。ちょっとガリクソンを呼んできて。」
「かしこまりました。」
そう言ってフレイは部屋から出て行った。残ったアルフィーは物思いに耽っていた。アークは変わったのかなと。昔のあいつなら少し押せばすぐにやると言ったのにしかもアーク好みのフレイを派遣したのに落とすのに数日かかるとはとアルフィーは思った。アルフィーは人が変わっていくのは不思議ではないと分かっていたが、アークまでも変わってしまうのはその仄かな希望を持って耳を塞いでいたが、やっぱりアークも普通の人間なのだろうと思い至った。昔のような感じにはならないかもしれない。そこにアルフィーは大きな不安を抱かずにはいられなかった。ドニーも今はどうしてるのだろうか。フレイから聞いた話では軍に入り、竜騎士になったらしい。アルフィー、アーク、ドニー、フレイは同い年で今年二十歳になる。その年で竜騎士になるというのは中々のエリート街道である。あののんびりしていた朝に弱いドニーが規律の厳しい軍で竜騎士にまでなっているというのは過去と今は違うのだと思わざる終えないということであった。また、三人でバカやりたいなと椅子から立ち上り、広いベランダに出た。柵に両腕を乗せ暗い庭を見渡した。暗がりであるが、庭師たちの丁寧な作業ぶりがよくわかった。目の保養になるその光景を提供してくれている彼らにご飯でも奢ろうかなとアルフィーは考えた。遠くに目をやると歓楽街の辺りはまだまだ明るい。自分も王位継承順位が一位にならなければ今年二十歳になるし、ああいうところに出入りしていたのかなと思ったりしていた。
「ふう。」
溜め息をした。こんなことを考えるのは最早無駄なことなのに寝る前に町の方を見ると思ってしまう。今の生活は窮屈さはあるがそれなりに楽しい。でも、自由になるならあの町にアークやドニーと過ごしたあの町に住みたい。そう願うがこれは叶うことはないだろう。もうアルフィーの歯車はかつて住んでいた町ではなく、この城の歯車とぴったりはまってしまっているのだ。それを無理に抜けばこの城の機械は機能不全となり、混乱が起こるだろう。王室の一員としてこの国を背負うものとしてそれは出来ない。だからこうして思い続けることしか出来ない。
しばしの郷愁の後、アルフィーは自分の両頬を叩いた。気合いを入れたのである。
「今は自分の境遇を考えるより、お母さまの住んでいた場所を探さなくっちゃ。」
気持ちを切り替えたアルフィーは部屋に入り、そして椅子に座り、机の上にあった瓶からコップに水を注ぎ、一気のみをした。気分をこれで落ち着かせた。
そこにフレイがガリクソンを連れて戻って来た。
「姫様。ガリクソンとフレイでございます。」
ノックとともに男の優しく低い声が聞こえた。この声はガリクソンである。
「入れ。」
ゆっくりと開いた扉にガリクソンとフレイが立っていた。
「遅いわね。」
「こんな時間に姫様の部屋に行くと何か企んでないか疑われます。」
「まぁ、実際何か企んでますからね。」
「フレイの言う通りですな。姫様、第一段階はクリアしたとフレイから聞きましたぞ。今日の朝に了承得たそうですな。」
「昨日までは断固拒否といった感じだったのですが、今日厨房の手伝いに赴く前に行ったら了承してくれたんです。」
フレイの報告にガリクソンは頷いた。その穏やかで優しいガリクソンの笑顔は心の底から良い話だと思っているのだろうとアルフィーは感じていた。しかし、すぐにガリクソンは険しい表情をした。
「しかし、私めが思うに問題は如何に城から抜け出して姫様の母君の住んでおられた場所に行くかですな。」
「ガリクソンさん。姫様の母君の住んでいた場所も調べなくてはいけないんじゃないんですか?」
「それに関しては大学生にして研究室にも入っているアーク殿に調べてもらえば良いでしょう。」
「ガリクソン、アークは王室のことに詳しいの?」
「いえ、フレイの報告によれば専攻は魔法原理学だそうです。」
「それでは王室の家庭内事情には詳しくないのでは。」
アルフィーはガリクソンに疑いの眼差しをした。畑ちがいの話なのだから知らないだろうし、調べようはないのではないのだろうか。
「詳しくなくても明日から調べてもらえば良いのです。王立文書館で。」
「あーあ、そこがありましたね。」
「王立文書館って何?」
「それはですね。」
ごほんとガリクソンはしてアルフィーに説明をし始めた。
「王立文書館は第2代の王様が後の世の政治に役立つだろうと国で書かれた公式、非公式の文書を保管するために設置された施設です。非公式の文書は閲覧可能になるまでに50年かかりますが、アルフィーの母君も妃の一人何か公式の文書で住まわれていた場所を特定できるかもしれません。他に選択肢はないです。もし、調べてみて何もなければもうお手上げですな。」
「なるほど、お母さまの住んでいた場所を見つけるにはその手しかないということね。大学生で研究室にも入っているアークなら王立文書館で調べものしていても不自然ではないということね。」
「その通りであります姫様。明日、フレイをアーク殿の元に行かせて調べてもらうように頼みましょう。」
「よし、それで行きましょう。明日、フレイがアークのところに行って話したことをこの時間にまた集まって相談しましょう。それまでに各々この城から抜け出す方法を考えましょう。では、今日はこれで解散。」
アルフィーの号令とともにフレイとガリクソンは帰って行った。アルフィーは眠ろうとベッドに入ったが、その日は中々興奮して眠れなかった。




