そして僕らは… その7
「何のようか?」
「ほっほっ、今日は女王ですか。」
アルフィーの威厳にも臆することなく、ガリクソンは笑っていた。
「女王になった時の練習でね。後、気分。」
「フレイにもそのような口調で命令したりしたのですか。姫様。」
「朝食の時、からかってやったよ。フレイは何だかびびってたね。」
「あまりフレイをいじめないでやってください。」
「いじめてないよ。からかったって言ったじゃん。」
「そうですな。」
そう言うとガリクソンはまた笑った。その笑みは深い温もりを感じさせる優しい笑顔だった。アルフィーはその笑顔を見るときっと色々と苦労してきたのだろうと思っていた。実際、ガリクソンの話し方は非常に思慮深い。ただ、仕事をこなしてきただけの連中とは違う。そういう印象もアルフィーがガリクソンを信頼する理由の一つであった。
「で、何か用があって来たんでしょ。」
「そうでした。ハルニエ様が今日は一緒に勉強をしたいとのことでした。」
「えー。」
「えーと言われましても。」
「適当に断っといて。」
「しかし、王がそれは良いと仰りましてもう決定事項になってます。」
「あの親父め。」
アルフィーは舌打ちした。あまり王のことが好きではないのだ。アルフィーからしてみると余計なお世話をする。今日もハルニエとアルフィーの親睦を深める絶好の機会と思ったのだろう。王は一人息子だったのでこれといって特権階級にありがちな肉親同士の骨肉の争いというのを体験したことがない。むしろ一族の仲は良かった。しかし、今のアルフィーたちの世代は違う。男子はみんな伝染病で死に女子だけになったので、残った姫たちは母親の意向もあり、良い地位に就こうと必死である。中でもハルニエは王位継承順位二位なので何とか王位継承順位一位のアルフィーを引きずり下ろそうとしているのだ。そのような状況を知らないというよりも気にしてないのは王だけであった。そういう能天気なところのあるのが王なのだ。王のその気性のおかげか、この王国はよくまとまっている。その点はアルフィーも評価していた。
さて、アルフィーは考えた。どうしたら良いか。今日は一緒に勉強するというのもありだが、そうするとあのアホハルニエは如何に自分がアルフィーより優秀かを見せようとそこを頑張るだろう。侍女とかに勝手に自分の方が優秀だと吹き込むのは好きにすれば良いとアルフィーは考えていた。だが、勉強の妨げになるようなことをして来たら迷惑である。そして、多分してくる。
「ガリクソン、水を。」
「かしこまりました。おい、姫様に水を。」
「はっ。」
廊下に待機していた侍女の一人が水を取りに行った。ガリクソンは侍女に指示を出すとまた、アルフィーに顔を向けた。
「姫様、そろそろ身だしなみを整えてください。」
「そうか。そろそろ時間だな。」
「姫様、ハルニエ様はいかがなさいますか?」
「一緒に勉強するよ。」
「では、そのように伝えて参ります。」
そう言うとガリクソンはアルフィーの部屋から出て行った。代わりに廊下に待機していた3名の侍女が部屋に入って行った。ガリクソンはハルニエのところに向かおうと廊下を歩き出しながら今日は大変だと思っていた。
着替えと身だしなみを整えるのを終えたアルフィーは国文学の先生の部屋へと向かった。侍女の一人を連れて行った。
「ノエル。」
「はい、何でしょうか姫様。」
「フレイはどうしたの?」
アルフィーは着替え中にフレイをからかってやろうと思っていたのに今日はいなかった。ちょっと不満である。他の侍女よりも反応が面白いので一日一回からかわないと欲求不満になるアルフィーであった。
「厨房が病欠が出たのでそちらの手伝いへと行きました。」
「あの子料理上手いもんね。こりゃ今日の昼食は期待できるわね。」
「楽しみにしてください。」
「うん!我慢できるかしら。」
「摘み食いしに行ったら抜きですからね姫様。」
「わ、わかってるわよ。」
アルフィーは分かりやすい図星をしていた。彼女は隙を見ては激励に来たとか理由をつけては厨房に行き摘み食いをして行く。厨房のコックたちは妙に乗りが良くてまかないとか作りかけの料理とかの試食をアルフィーにやらせてくれるのだ。最初の頃はこっそりばれずにやっていたが、次第にエスカレートして摘み食いのわりにがっつり食べてしまい夕食が食べれず隙を見てはこっそり摘み食いしに行っているのが、露見してしまった。王から叱られてしまい以後、休憩中も侍女たちの目が光るようになった。仕方がないので網の目をくぐって厨房に行く。
「それなら良いのですが。」
ばれたらもう厨房に見張りが立つようになるだろう。気を付けなくてはとアルフィーは思った。
アルフィーは歩きながら今日は確か1000年前の思想の古典についてだったなと思っていた。欠伸をすると侍女のノエルにはしたないと注意された。はいはいと適当に相槌を打っていると国文学の先生の部屋に着いた。アルフィーはドアをノックした。
「どうぞ。」
中から入って良いとの声が聞こえてきたのでアルフィーは中に入ろうとした。
「姫様。」
中に入ろうとするアルフィーをノエルは呼び止めた。
「何?ノエル。」
「本日もご勉学頑張ってください。」
ノエルが無表情に言うとアルフィーはにっこりと笑った。
「頑張ってくるわ。」
「では、私は廊下で待機してますので、何かあれば。」
「うん、わかった。」
ノエルは入り口の右側に立ち、アルフィーはにこやかにノエルに手を振り、今度こそ先生の部屋へと入った。入ると中には既にハルニエがいた。よくわからないが余裕の笑みを浮かべていた。アルフィーがハルニエに目をやると偉そうに足を組んでいた。この王宮で王位継承順位一位のアルフィーにこんな態度をするのはハルニエだけである。威圧して関係の主導権を握ろうというのだろうか。相変わらずアホな人だとアルフィーは思った。浅はかというか如何にも噛ませいぬのような態度だ。このアホハルニエの場合はみんなの前でも恥をかかそうとアルフィーに仕掛けてくるが、返されてみんなに気不味い笑みをさせてしまう。それでもめげずにというよりは気付かずに立ち上がるハルニエはある意味アルフィーよりも王の資質があるのかもしれない。
先生の部屋は理路整然としていた。本はきちっと種類別に本棚に納められ、家具の配置にはセンスを感じる。余分な物は一切なく、クローゼットと鏡、ベッド以外にはただ、先生とアルフィーとハルニエの机と椅子が3つあるだけである。国文学の先生の無駄のない生き方はアルフィーとしては好感が持てる。アルフィーは無駄をして生きている。それは無駄のない先生とは真逆であるが、無駄なく生きているという点をアルフィーは畏敬の念を持っている。先生もアルフィーのやんちゃさと聡明さに敬意を持っている。二人はとても良い師弟関係であるのだ。アルフィーと国文学の先生の授業はとても有意義な勉強の時間であった。昨日までは。
今日はハルニエがいる。彼女は自尊心が強くちょっと頭が足りない。ようするにめんどくさい人なのだ。だが、ハルニエは侍女たち使用人を悪く扱うことはない。その点は評判が良い。だからアルフィーもハルニエのことは嫌いというわけではない。ただちょっと頭が足りないのだ。アルフィーとしてはこれも王族同士のコミュニケーションだと思うしかなかった。
「ハルニエ、久しぶりね。」
「お久しぶりですお姉さま。」
ハルニエとアルフィーは同じ年である。ただ、アルフィーの方が先に生れたのでハルニエの姉となっていた。ハルニエの母親はアルフィーより先に産むことができなくてアルフィーの王位継承順位が一位になった後、じたんだ踏んだらしい。ハルニエの母親もちょっと頭が足りない人なのだ。でも、ハルニエの母親もハルニエと同じできついことは言うが、基本的に使用人を手荒く扱わない。この親あってこの子ありといったところである。よく似ているなとアルフィーは常々思っていた。
それに対してアルフィーは自分の母親のことをほとんど知らない。王の寵愛を受けていることに嫉妬した王族の差し金で生き別れになったのだ。この計略が上手く行ったときはその王族は大層喜んでいたそうだが、後に伝染病で死んだ。アルフィーはざまあみろといった気分にはなれなかった。ただ、世の中は虚しいなと思っただけであった。
「ハルニエ、今日は一緒に勉強するのですから先生の前では同じ生徒。だから私が間違っていたら忌憚なく指摘してね。」
「お姉さま。私の方こそ今日は色々とお姉さまから学び成長の一助にしたいですわ。お姉さまから学ぶことがあればですけどね。」
「ふふ、私に学ぶことがあればいいけど。」
ハルニエは微笑みながら嫌みを言った。先生は右手で顔を覆い溜め息をしていた。アルフィーもまた皮肉は言えないのだろうかと思わざる終えなかった。先程から言うようにハルニエはちょっと頭が足りないのだ。
さて、ハルニエの言葉のパンチと言っていいのかわからない攻撃を軽くいなしたアルフィーとハルニエは国文学の勉強へと入った。
勉強は割りとさくさく進んだ。ハルニエが思いの外よく出来ていたのだ。アルフィーは感心してハルニエの方を見ると気付いた。よく見ると目にくまが出来ているのだ。これは徹夜して予習したなとアルフィーは悟った。その根性をアルフィーに示すのではなく、もっと他の真っ当なことに費やせばいいのにとアルフィーは思っていた。アルフィーからしてみれば過剰なアルフィーへの対抗心を燃やさず、ひたすら治世に関することを学べばきっと素晴らしい為政者になるだろうにと思うのである。母親に似たのだろう。視野が少し狭いと思う。まぁ、ずっと王宮暮らしだったから世間知らずなのだろう。アルフィーはアークやドニーといった庶民と普通の暮らしをしていたので物事の捉え方が庶民的なところがある。その点がアルフィーとハルニエの違いであり、各々の個性なのだろう。
国文学の勉強は順調に進み、休憩となった。




