そして僕らは… その5
家に着くとポストに手紙が来ていた。アークは誰からだろうと怪訝に思いながら手紙を開くと故郷からの物であった。筆致から推測するに母の字だろう。内容は大体こうだ。将来の安定についてである。良い就職口は見つかりそうか?なるべく早く身を固めてほしいというものだ。まだ、大学2年生なのに気の早い親である。
両親のこうした考え方をアークはあまり好きではなかった。古い考え方で家庭を築くことが一番大事で若いうちに手に職をつけるのが最善というより当たり前というものだ。だから、王都の大学に行きたいと最初言ったときは反対された。学校を出たら父は自分の仕事を教えるつもりだったらしい。母は母で聞くところによるとお見合いをしようと画策していたようだ。結局はより良い就職口を見つければ結婚出来るし、両親を楽させてあげられると何とか利益を説明して説得し、王都の大学に行かせてもらえた。
返信しないとまた手紙が来て面倒なので最もらしいことを書いて送ろうとアークは考えた。内容は夕食の安くて堅くて不味いパンを食べながら考えた。そして、よく検討し、仕事は研究員になれるかもしれないこと、今、彼女がいるということを穏やかな雰囲気の文章を書いた。これなら両親を宥めることが可能だろうと思ったアークは封筒に入れた。明日、大学に行く前に郵便局で出していこうと考えた。
明日の大学の準備が終わるとアークは論文の読み込みをし始めた。読み込みは眠たくなるまで続けた。何だかんだアークは真面目な男なのである。評価されたい気持ちが強いが、そのなかに頑張ることへの誠実さがある。研究に対しては真摯な姿勢で臨む。実験をする際もよく内容を吟味し危険度なるべく下げて行う。魔法系の実験は危険なのも多いのである。名誉欲に捕らわれずにきちっと安全策を講じて行う。そういうところも担当の教授に気に入られる要因でもあった。
次の日の朝、大学に行こうとアパートを出るとポストに手紙が入っていた。差出人は書いてなかった。アークは嫌な予感がした。
手紙を取り合えず家に置いて行き帰ってから読むことにした。その日もいつもと変わらない時間を過ごした。講義を受け、彼女のリィズと過ごして研究室で研究に没頭していた。今日は先輩や先生も研究室に顔を出してくれていろいろと学問のことなどを聞いた。今日はとても有意義に過ごせたと満たされた気持ちになっているとふと、朝の差出人不明の手紙を思い出して面倒くさいという気持ちになった。折角、良い日だというのにとアークは思った。まぁ、完璧な一日など存在しないのだとアークは思うことにした。
家に着くとアークは手紙を開いた。目を通すと内容は簡単に週末に訪ねるので家にいてくださいというものであった。週末は予定がないので大丈夫だが、一体何の用だろうかと考えた。何かまずいことしたかなと思いを巡らしてみたが、心当たりがない。安くて堅くて不味いパンを咀嚼しながら悩まされた。その日の夜は考え過ぎて論文を読む気になれなかったので勉強は早々に切り上げてベッドに入って就寝した。
週末はすぐに来た。昼食を食べ終えてのんびりとしていると人が訪ねてきた。手紙を出してきた人だろうかと思い少し緊張してドアを開けるとそこには少女が一人立っていた。
「こ、こんにちは。」
その少女はてんぱっているのだろうか、かみかみの挨拶だった。何か一生懸命さを感じアークは和やかな気分になった。それにしてもこの少女は見たことがない。どこかで会ったことあったかなと思い出そうとアークはした。しかし、思い出せない。
「君、誰?ごめん会った記憶がないのだけど。」
「会うのは初めてです。」
そんな子がうちに何の用だと思い面倒だなと正直な感想を頭に浮かべたが、それは口に出さず、ここで話すのもなんだからと家に招き入れた。少女は緊張した面持ちでアークの家に入った。
「で、君は誰?」
アークは警戒感を持って少女に尋ねた。
「は、はい!私はフレイと言います!」
緊張しつつ元気よく自分の名前を言った。正直で純粋な子なのだろうと思った。赤い髪に幼さの残る小柄さで可愛らしい。髪型は後ろで結びポニーテールになっている。結構な美少女である。服装は町人のそれである。しかし、町人という割りには小綺麗でお下がりとかではないことが伺われた。それにしても誰だろうかとアークは考えた。しかし、やはり全然心当たりがなかった。初めて俺に何の用かなとアークは思った。ここは聞いてみるしかないとアークは決めた。二つある椅子の一つをフレイという名の娘に勧めて座らせアーク自身もテーブルを挟んでフレイの向かい側に座った。
「それで俺に何の用かな。」
「実はお願いがありましてお伺いに参りました。」
「お願いとは?」
「アルフィー様をご存じですか?」
聞きたくない名前が飛び出した。自分の無力さを教えられた人である。あの別れでアークは社会と真っ向から向かい合うのではなく、寄り添い共に生きていくものだと考えるようになった。要するに社会に迎合して生きていくのが一番安全だということである。社会に反抗しても得るものはないということを彼は悟っていた。とはいえ、話を聞かずに追い出す気にもなれなかったので話は聞くことにした。
「知っているが。」
「なら率直に言います。アルフィー様の願いを叶えてあげてほしいんです。」
「なんでまた俺に?」
「アルフィー様がアーク様なら何か良い知恵を出してくれるとおっしゃっていたんです。」
あの女はまた余計なことを言うとアークは思った。もう、大人になる年齢なのに人を巻き込む案ばかりだす。不満と嫌な拒絶的な感情をアークは持っていたが、久しぶりにその名を聞き安堵感を抱いた。不思議だ。子供の頃の友人の話を聞くと穏やかな暖かい気持ちになった。優しさというのが心の底から滲み出てくるようであった。
フレイは話を続ける。
「アルフィー様の置かれた情況は分かりますね?」
「ああ。」
アルフィーが泣きながら語ったことは今でもはっきりと覚えていた。いつも明るくお転婆で周りを巻き込んで騒動ばかりを起こしていた。王族らしく美しい見た目も巷では話題になっていた。その事を思い返すと何だか泣きたくなった。もう、踏ん切りはついているつもりだったが。
「アルフィー様のお母様は身分がとても低い方です。王室の面子からアルフィー様はお母様の墓にすらお参り出来ないのです。」
「身勝手な話だ。」
「今、アルフィー様は王位継承順位一位です。」
「知っている。」
「実はアルフィー様のお父上であられる現国王が禅譲をしたいと申されているのです。」
アークは口では言えないが、頭で国王を罵倒していた。自分の娘だから自分の都合に合わさせるのを当然と思っているのだろうか。本当に嫌な親だとアークは思った。。
「それが俺となんか関り合いがあるのか?」
ちょっときついいい方をした。国のトップに対して庶民の俺に何が出来るのだとアークは思っていた。権力の前ではアークなど塵芥に過ぎない。あの頃よりも成長し、大学で学んでいるのでそれがよく分かる。一介の学生に何が出来るのだろうか。そういう気持ちがアークの心の中で湧き上がっていた。無力。その言葉がぴったりである。
「そのアルフィー様はもう王位継承することを決心しています。」
「なら、良いじゃないか。俺とはなんら関係のない話だ。」
「それが。」
「ん?」
口ごもるフレイにアークは何か懐かしい記憶が呼び覚まされるような気がした。故郷での思い出が。
「はっきりと言ってくれ。」
「アルフィー様は王位を継承したらもう自由にはなれないということを気にしてます。」
「それで?」
嫌な予感がしてしょうがなかった。
「はい。それでアルフィー様のお母様が過ごした場所をこの目で見てみたいそうです。」
「まさかそれを手助けしろと?」
「はい、アーク様なら断らないとアルフィー様が。」
「断る。」
アークははっきりと断った。アルフィーの母は身分がとても低く、王族にとってそれは隠したい恥ずかしい汚点なのだ。その王室の禁忌を破るような行為、今のアークにはとても出来ない。実際にアークが手を貸してそれが露見すれば、折角教授に気に入られ、研究室の仲間とも人間関係が良好なのを棄てることになる。そんなリスクを背負ってまでやりたいとは思えなかった。
フレイは悲しい顔をしている。今にも泣きそうであった。幼さの残る彼女からは可愛さを思わず感じてしまった。フレイには悪いがそのようなことに手を貸す気にはアークはなれなかった。
「な、何とか協力してくださいませんか?」
「無理なものは無理だ。」
「そこを何とか。」
「駄目だ。もう話は終わりだ。帰れ。」
「うーん。」
「たく、俺にも立場があるんだ。もう子供じゃないんだよ。」
「分かりました。」
「分かってくれたか。」
アークはホッとした。しかし、続いてフレイが恐ろしいことを言ってきた。
「明日また来ます。」
「は?」
何を言っているのか一瞬アークには分からなかった。今、断ったはずであった。フレイは頭がおかしいのかとアークは思った。
「明日は大学なのだが。」
「大丈夫ですよ。明日、講義を受講している科目はないですよね。」
「何故知っている。」
「アルフィー様がそう仰っていたんです。」
「あいつまさか。」
王位を継承する立場になっていたし、何か問題を起こしたとかも聞いてないから大人しくしているのかと思ったらまだむちゃくちゃやるのかとアークは思った。
フレイを見ると彼女はにこにこしていた。それがまた可愛らしいとそれどころではないのに思ってしまう。これもアルフィーの作戦かもしれない。そう思うとアルフィーの不敵な笑みが思い浮かんでいた。
しかし、ここで折れたら自身の人生が終る危険性がある。毅然とした態度で臨もうと考えた。また、アルフィーに振り回されるのは嫌だと思うのである。とはいえ、そう思いつつ心の片隅でらしいなと口許が緩むような感覚に襲われた。この年になってもアルフィーとの関係が切れてないのにどこかホッとしている自分もいた。




