そして僕らは… その4
アークとリィズは屋外のベンチで昼食にすることにした。アークは比較的に涼しい屋内型で食べようと提案した。しかし、暑いのがそれがまたいいのだとリィズは言った。リィズは風流を好む傾向がある。季節を楽しむのだ。春は花を愛で、夏は暑さを感じ、秋は紅葉を楽しみ、冬は雪で遊ぶ。そういう奴なのである。
大学内は人が多く出入りしていた。時刻はお昼時。みんな各々食事をしに外に出てきたようである。
空いているベンチを見つけたアークとリィズはそこに腰を下ろした。アークは朝も食べた不味くて固いパンを食べようとした。それを見たリィズは溜め息をした。
「はぁ、そんなのばかり食べて。お金ないのわかるけどもっとまともなのを食べなさいよ。」
「慣れたら結構美味いぞ。」
「そんなわけないでしょ。ほら、これ弁当。」
「俺にか?」
「そうよ。」
「ありがとう。」
「さっ、早く食べましょう。」
アークとリィズは話ながら食事を始めた。話すことは専らリィズの友人とかの話である。後は研究していることについてであった。アークとリィズは同じ魔学部であるが学科は違う。アークは魔法の原理について研究する魔法研究科で、リィズは魔法文化学科である。出逢いは共通の科目である魔生物学で隣り合わせになったことである。この科目は魔法を使える生物を学ぶ講義である。魔生物の生態は一般的な生物とはまた違う。それを講義するのである。この学問はあまり必要とする職種が少なく娯楽的に学ぶ人が多く講義室の雰囲気は緩い。その講義でアークとリィズは隣り合わせになったのである。最初はリィズがふざけて絡んできたことに始まる。その後は互いに挨拶する中になり、いつも貧しい食事をしているアークに見かねてリィズが弁当を作ってきた。そして、アークはそんな強引で優しいリィズに懐かしさを感じ、自然好きになり、告白へと至ったのだ。付き合ってからはちょくちょくリィズは弁当をアークのために作り、アークはそれにより栄養を補給するという関係となった。同じ講義を受講するときは小声で会話したりと並みの青春を送るようになった。仄かな幸せを感じつつアークは大学生活を送るのに居心地が良かった。
リィズは金髪碧眼で女性にしては少々身長が高い。自分の彼女を自慢しているようだが、顔は美形だしスタイルもスレンダーという感じである。髪は短めに揃えられていて子供の頃のアルフィーにどことなく似ている。そこに惹かれたのもリィズに告白した理由だろう。今にして思えばアークはアルフィーに初恋をしていたのかもしれないと思うところもあった。
彼女の作る弁当は美味しい。野菜と肉を挟んだサンドイッチや美味しいおかずとまともなパンとか、アークが個人では到底食べられそうのないというよりも食べないメニューである。初めて食べた時はこんなまともな食事は久し振りだと感動したものである。
リィズはトラブルを起こしたり、巻き込まれたりはしないタイプの人間なので安心して付き合える。その点もことなかれ主義なアークには持ってこいな彼女である。
ベンチで木漏れ日の中で食事をしていると生暖かい風が吹く。鳥が青空を美しく滑空し、学生たちがあっちにこっちにそれぞれの場所へと向かう。アークとリィズが座るベンチの横にも男子大学生三人組が楽しげに会話をしながら食事をしていた。
のんびりとした昼食タイムが終わるとアークとリィズは講義へと向かった。二人が出会った魔生物学の講義である。講義室ではリィズは友人と話す。でも、座席はアークの隣である。アークとリィズが講義室に入る頃にはリィズの友人たちがもう談笑していた。リィズはその輪の中に入りお喋りをする。アークはリィズの隣で論文を静かに読み始めた。知識を得るのは穏やかな生活を送るのに必要なことだ。突出し過ぎなければ潤滑油となる。一目おかれることにこしたこはないとアークは考えていた。
鐘が鳴りこれといって記すことのない講義を受け、終わるとアークはリィズと別れ研究室へと向かった。研究室のある研究棟は講義を受ける棟から少し離れた大学の敷地内の隅っこにある。中は薄暗くあまり日当たりはよくなかったりする。人気もなく他の研究員と擦れ違うのは稀である。理系や文系の研究棟はもっと綺麗で特に理系は最新設備を備えた新しい研究棟が建てられている。魔法系の研究室はこの大学では重要視されていない。それよりも科学や物理で研究実績を積もうと大学の首脳部は考えている。社会的な注目度が高いのも理系を重要視する理由だろう。そうした研究室にアークは出入りしている。まだ、二年生のアークであるが、教授に見込まれ研究室で研究している。これは異例の事でもなく、特別すごい事でもない。学年の何人かはその能力を認められ研究室に入ることはある。優秀な人材を育成しようというこの国の姿勢である。アークは研究室に二年生の時点で出入りしていることにはあまり鼻にかけていない。ただ、就職にプラスになると考えているだけである。
研究室に入ろうと思ってドアノブに手をかけたが開かず、誰も来てないようであった。仕方がないのでアークは事務室へと向かった。研究室の鍵はそこで一括管理されている。事務室に行くと事務員が一人いた。
「すみません。」
アークは事務員に声をかけた。すると眠そうな顔をした事務員が顔を上げた。唇の左に大きなほくろかある特徴の顔をしていた。
「ん、なんだい?」
「魔法系研究棟第10研究室の鍵ください。」
「研究員証を見してくれ。」
「はい。」
研究員証はこの大学で研究室に出入りするのに必要な証である。それをアークは事務員に見せた。
「じゃあ、はい。」
「ありがとうございます。」
「研究頑張ってね。」
「はい。」
事務員から鍵をもらいアークは事務室を後にした。研究室の鍵を開けてアークは自分の席へとついた。鞄から家から持って来た論文を出して読み始めた。印刷技術の発達でこうして読みたい論文を読みたい時に自由に読めるのは便利な世の中になったものだとアークは思っていた。
アークの専門は魔法原理学という魔法を構成する基礎を研究する学問である。例えば魔法陣の魔法を使うものへの身体的影響力などである。アークは魔法の発生の原理について研究していた。これは自分がやりたかったというよりも教授受けが良さそうだから選んだ研究である。この選択は正解だった。教授からはいい視点だと誉められたのだ。他の研究員も応援してくれる。研究内容が被ってないというのもあるのだろう。競合関係になると不仲になることも珍しくないだろうとアークは考えていたのである。トラブルは起きない方がよいと考えているアークは研究室内がぎすぎすしないよう細心の注意を払っていた。
鞄から出した論文は教授に目を通しておきなさいと勧められた論文である。全部外国語である。魔法関係の研究はこの世界の超大国で盛んに研究されており、学会に提出される論文は全てその超大国の言葉で書くことが通例となっている。この超大国の言葉には最初こそは覚えるのにてこずったが、文法を理解できるようになった頃からどんどん単語を覚え、読解力も身に付いていった。身に付いて来ると始めは嫌々ながらそこそこ楽しんでいる自分に気づいた。負担荷担でなければ出来るようになるのはとても楽しい事なのだろう。幸いアークの担当の教授はあまり過剰なノルマを課す体育会系ではなく、一人一人に合った研究姿勢を教授する。気さくで話しやすいとても優しい教授だ。アークとしてはその教授で良かったと思っている。あまり真剣過ぎて暑苦しいのはやだし、やる気が無さすぎると学べるものが何もない。そういうところはあまり良い就職先との繋がりがなかったりする。少なくともアークは自分の通っている大学でやる気がなく適当な教授には将来の事は期待できないと考えていた。アークにとって大事なのは将来の安定である。その点、今、世話になっている教授なら研究員にしてもらえる可能性がある。このまま成績優秀なら可能性があろう。
論文を読み始めたアークは黙々と読み進めた。魔法系の研究棟は大学の敷地内の隅っこにある上に今はこの研究室にはアークの他に誰もいない静寂に包まれていた。他人がいると気を張って疲れるのでこうした時間はアークにとって数少ない気持ちが楽になる時間であった。自分一人で自分のやることをする。こんな時間は幸せな一時と言えるだろう。大人になれば嫌でも他人と関わらなければならない。正直それを億劫に思っていたアークには今の生活は最高である。
論文の内容はベルトー理論の仮説という魔法発動の原理についての仮説である。かなり難しい仮説で理解するにはかなりの勉強が必要なのである。そのため魔法の理論を詳しく語れるような人でないとちんぷんかんぷんである。アークはそれ理解出来ていた。彼はただのことなかれ主義で暗記は出来るが理解は出来ないという人ではなく、きちっと学問的な論理解釈が出来る人なのである。
それでも読み進めると分からないことも出てくる。そういう時は教授直々に指導してもらい様々な用語、理論、仮説の解釈をまとめてあるノートで調べる。このノートは本当に便利で大体のことはこのノートを読み返せば分かる。それでも分からないことは後で教授に質問する。こうしてアークは学問により一層深く潜って行くのである。
割りと熱中すると時間に気づかなくなるのか、仕事の切り上げを王都の全住民に伝える鐘が鳴るとようやくアークは論文を読むのをやめた。もう大学から下校しなければならない。夏なのでまだ外は明るいからもう少し論文を読み進めたかったが、見廻りの人に見つかるとうるさいので早く帰って家で論文の続きを読もうと思った。研究棟から出て校門へと歩いていると他の学生が帰路についていた。まだ、帰らないのは特別に泊まり込みでの研究が許可されている理系の人たちくらいである。文系と魔法系の研究者は帰宅の鐘が鳴ったら帰らなくてはいけないのである。なぜなら、王都では国教の教えに沿って生活スタイルが確立されているからである。国の発展に重要な理系や一部の仕事のみ鐘が鳴って以後も仕事ができる。




