そして僕らは… その3
「アルフィーがお姫さまということはわかった。でも、それがどうしたんだ?」
「ありがとう。実は王都に引っ越すことになったの。」
「それで泣きそうな顔をしていたのか。」
「今生の別れということじゃないから会いに行くよ。」
「ドニーの言う通りだ。会いに行くよ。」
ドニーと俺は努めて優しく穏やかにアルフィーに語りかけた。アルフィーの不安を解消してやろうと思ったのだ。王都に行ったら滅多に会えなくなるだろうけど、きっと大丈夫だ。
しかし、アルフィーは俯いて泣き始めてしまった。
「それが無理なの。」
「何が無理なんだ?」
俺の問いかけにアルフィーは泣きながら話した。
「私のお母さんは身分が低いの。本来なら王都に住めない身分なの。でも、伝染病で多くの王族が死んだわ。それでね次の王位を継ぐのが私になったの。それで身分の低いままだと王家の面子が保てないってなって、私を別の妃に養子に出されるかとになったの。」
「それがどうしたんだ?俺たちの友情は変わらないだろう。」
女王になるから何だって言うんだ。俺たちは親友だから関係ない。
「それがね卑しい出自の者が王になるのはよくないという意見があって、王家の面子を保つためにもうこの町に行くことはもちろん、この町の人との交流もしてはならなくなってしまったの。だからもう会えないの。」
ゆっくりと一語一語搾り出すように話すとアルフィーは泣き崩れた。いつもの男まさりでお転婆で明るいアルフィーと同一人物とは思えない様子だった。
「そんなふざけたことはない!」
俺は腹が立った。まるで俺たち庶民は卑しいと差別的だと思えた。俺たちの金で生活しているくせに王家の面子だとなんなんだ。ドニーの方を見るとドニーも憤りを持っていたようだ。怒っているのがよくわかる。ドニーは落ち着いて喋ろうとした。
「王の命令だからな。」
「何とか行かないようには出来ないのか?」
俺の問いかけにアルフィーは首を横に振った。
「もう準備出来たら出発なの。この国に住む以上王には逆らえないわ。」
「なら他の国に逃げよう。」
「アーク、無茶を言うなよ。」
いつもの抜けた言動をしないドニーに制された。
その通りだ。俺の言っていることは無茶苦茶なことだ。どうするも出来ないんだ。俺とドニーはもうアルフィーと遊び回ることは出来なくなるんだ。悲しいが受け入れるしかない。悔しいという気持ちが沸々と湧いてきている。この気持ちをどこにぶつければいいのだろうか。
その日はアルフィーが泣いてもうどうしようもなくなったので、解散となった。そして数日後、アルフィーは王都へ引っ越して行った。アルフィーが引っ越すまでの間、俺たちは集まることはなかった。見送りもしなかった。両親は何も言わなかった。俺の気持ちを考えると何を言えば良いか言葉が見つからなかったのだろう。アルフィーが去った後はドニーと二人で遊ぶこともあったが、何か退屈だった。しばらくすると俺はドニーとも遊ぶこともなくなり空っぽになった心のまま青年へと成長していった。
王都の朝。
小鳥の囀りが聞こえる。
「うーん朝か。」
眠い目を擦りアークは目を覚ました。昨日は深夜まで論文を読んでいて寝落ちをしていた。通っている大学の教授に読んでおけと言われたから読んでいた論文は魔法系というジャンルである。アークの住むこの王国の学問は大きく三つのジャンルに分けられている。文系、理系、そして魔法系である。魔法系は文字通り魔法の学問的な研究と考察をする学問である。人気はあまりない分野である。就職にはあまり役に立たないからである。この分野の学問を志す者は研究を続けるか、ごく少数は国に雇わられるかである。大抵の人は全く違う畑違いの分野に就職する。アークの場合は研究を続ける方向で大学に通っている。
今、アークは王都で一人暮らしをしている。大学に通いながらである。今年二十歳になり、大人の仲間入りする予定である。
アークの部屋は小さいアパートの一室である。賃貸型のアパートで部屋は台所と狭いリビングがあるだけだ。部屋にあるのはベッドと大学で使う本といくらかの専門書を収めた本棚があるくらいである。部屋唯一の窓からは朝の日差しが入っていた。
さて、アークは大学に行く準備を始めた。まだ、講義の時間まで余裕があるのでのんびりと必要な教科書、ノート、論文を鞄に詰めた。流石に昨日の服で大学に行くのは憚れたので、適当に服を選んで着替えた。朝食は手軽に昨日買っておいたパンを食べた。それはとても安い不味いパンであった。そのパンは冷たく固かった。それを無理矢理咀嚼した。アークはお金持ちというわけではないのだ。アルバイトで稼いだお金と実家からの少ない仕送りで何とか生活しているところである。なので削れるところはしっかり削るというのがアークのモットーである。今日の朝食で食べた固いパンは昨日大学の帰りに安く売っていたのをまとめ買いしたものである。安いのにはそれなりの理由があるんだなぁとアークは食べながら思っていた。腹に入ればみんな一緒になる。そう思ってこの安い不味いパンで我慢しているのだ。貧乏根性である。貧困層の食べるパンはこの手のものである。貧乏学生のアークも漏れなくである。
朝の仕度を終えると借りている部屋から出た。青々とした雲の一つない爽やかな朝である。太陽が眩しく手で遮った。気持ちよく大学へと向かった。アークの部屋は2階建てのアパートのうち2階の東側の一室である。階段を下りていくと1階に住む母子家庭の母親の方がいた。これから仕事に行くようだ。
「おはようございます。」
アークは取り合えず挨拶しておいた。その方が感じが良いと思われそうだからである。挨拶をするしっかりした青年。そう思われていた方が後々役立つだろうとアークは考えていた。何より悪く思われないことこそ近所付き合いというものだと考えているのである。アークがにっこりとして挨拶すると彼女も頬笑み挨拶を返してきた。そこに健康的な魅力をアークは感じていた。このアパートにもファンがいたりする。アークとしては魅了されるのもわかるなと思っていた。
「これから大学?」
「はい。」
「うちの子はもうとっくに学校に行ったのに大学生は楽ね。」
そう言うとおばさんはゆっくり歩き出した。それに釣られてアークもおばさんの横に並んで歩いた。おばさんの職場とアークの大学は途中まで同じ方向なのでたまにこうして一緒に出発する。そして、それぞれの場所へと向かう。
「はは、大学は1限目は少ないですから。僕は今日の講義は午後からなんです。」
アークは愛想笑いをしながら努めて軽く話した。理由はないが、その方が都合が良いと思っていたからである。
「そう、今日も勉強頑張ってね。」
「はい!」
「大学は楽しいみたいね。」
「今は研究室にも出入りしているので勉強も研究も楽しいですよ。」
本当は楽しいというよりも惰性でやっているだけなのに思ってもないことを言っている。研究も教授に見出だされたからやっているだけであった。これでいいのだろうかと思うこともあるが、結局、周りに流されるだけの大学生活なのである。
「頑張ってね。じゃあ、私はここで。」
「はい、今日もお互いに頑張りましょう。」
アークとおばさんはそれぞれの道に行った。丁字路に調度差し掛かったのだ。アークは右、おばさんは左に行く。おばさんは役所近くの飲食店で働いている。おばさんのいる店には結構役人が食べにくると言う。以前にはアークも階に行った時もあった。その時はおばさんそっちのけで、如何にお得な弁当なのか品定めをするのに夢中になっていた。その時におばさんに可愛い人ねと言われた。何だか無性に恥ずかしかったという記憶がある。
大学に着くと日課の連絡ボードを見に行った。大学では学校側から教えてくれることはない。自分で専用の部屋に貼り出されるのを自分で見に行かなくてはいけない。その部屋は事務室の隣にある。第三棟の2階である。アークの通う大学はいくつかの棟で構成されている。このキャンバスには魔法系の学科の学生が通っている。文系と理系はまた別のキャンバスに通っている。この国にあるいくつかの大学の中でも規模の大きい方である。さて、部屋に入ると顔馴染みの人がいた。恋人のリィズ・ミーティである。大学に入ってしばらくした頃に付き合い始めた。告白したのは彼女の方からであった。見ていると心配になるというのが、好きになったという理由であった。アークは最初何故俺なのかと思ったものだが、その理由を聞くと可哀相な人オーラが出ていたのかなと思った。彼女は実家住まいでそこそこ裕福な家庭なのでお金に少し余裕がある。余裕があれば周りに目を向けるのか、アークのことを事ある事に世話を焼いてくる。世話をしてくれる点はすごくうれしい。しかし、あまり触れたくないことにもずかずかと入ってくる。そういうところは鬱陶しいし、邪魔だとも思うのである。でも、数少ないアークの理解者なので無下にする気にもならない。
「アークおはよう。」
「おっす。」
「アークも連絡ボードを見に来たの?」
「うん。」
リィズの三つ編みが肩に垂らされている。メガネをかけたその姿は淑やかな控えめな女性という感じだが、さっき言ったように自分から告白するなどかなり前向きで積極的な女性である。そういうところにアークは惹かれたようなところがある。自分に今はないようなところに魅力を感じたのだ。
「今日の講義は確か午後からだよね。」
「ああ。」
「なら昼食はまだ?」
「まだだね。」
「なら一緒に昼食をたべよ。」
にこにことリィズは言った。その笑顔はとても魅力的で安らぎを感じさせてくれる。研究に疲れたときもリィズの笑顔を見ると癒される。何か昔に自分がなくしたものをリィズは持っているような気がする。その何かには自覚しているようでしていないような気持ちになる。自分を誤魔化しているようでリィズに自分がなくした何かを感じると自己嫌悪に陥る。




