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第12話 ミッドガルドの長い夜 5

 ブリュンヒルデに色んな所を見せられて、蒼は上機嫌であった。


 体育の授業を見せたり、理科の実験を見せられたりと、その日は本当にバラエティーに富んだ一日だった。


 中でも嬉しかったのが、販売部の前を通った時にブリュンヒルデが勝手に停止したので聞いてみると、ソフトクリームを食べてる女子を見て物欲しそうにしたのだった。

 それで、食べたいか聞いてみるとブリュンヒルデは小さく頷いたのである。

 思わず笑いそうに成るのを堪えて、おばちゃんに二つ持って頼もうとすると、クラスの男子に話しかけられた。


 金髪で長身の安部あべ 生命せいめいだった。

 なんだか有名な陰陽師の人と文字違いらしくて、いつも『見える、俺には見えるぞっ!』っと言ってる割に、今もブリュンヒルデの事が見えていないらしい、蒼の友人だったのである。

 なんでそれが分かるかと言うと、もし見えていたのなら無類の女好きの彼の事、すぐブリュンヒルデを見つけて大騒ぎをした挙句、蒼にべったりくっついて、彼女の電話番号を聞いて来ていた筈だったからである。


「おーい、カミツキ~。なんだソフトクリーム、俺にご馳走したくて買おうって思ったのか~?なんて良いやつなんだ、お前ってば~。ガウガウ……」


 蒼に声を掛けてきてそう言うと、最後に蒼の身体に両手でカミツク動物の顎を動かす仕草をするのだった。


「?」


 蒼は首を傾げて男子の顔を見ると、蒼の手を指差して男子も言う。


「え、違うの?。ならなんで一人でソフトを二つも買おうとしてる訳?ガウガウ!」


 その言葉に、蒼が自分の手に持ったソフトクリームが二つある事に気付くのであった。

 知らぬ間に、誰にも見えていないブリュンヒルデの分まで買おうとしていたのだった。

 蒼は咄嗟の判断で、それを『なんで見抜かれたんだろ。安部の力は凄いね』と言って渡さす羽目に陥るのであった。

 その目の前で蒼の手から渡されるソフトクリームを、見ているブリュンヒルデの顔がまた真剣で面白く、蒼は笑ってしまいそうであった。




「残念でしたね……」


「仕方ないよ一人で二つ買ってたら、少し怪しまれる所だったからね」


 そう言うと、一つになってしまったソフトクリームを蒼が開けて、透明になってるブリュンヒルデに渡してみた。

 すると、ブリュンヒルデは初め食べられなくて、暫く白いソフトクリ-ムの概観を眺めていたが、販売部で見た女子のやり方を思い出して、一口食べてみた。


 ブリュンヒルデがさっと蒼に向き直って、緊張した顔で見つめてきた。

 口は小さく真一文字に結ばれて、顔が何かを訴えてきていた。明らかに何かあったのだ。

 蒼はビックリしてブリュンヒルデに顔を近づけると、小声で聞いてみた。


「どうしたんです、女神さま、これは食べられませんでしたか?」


 慌てて聞いた蒼に、ブリュンヒルデは身体を前に倒しながら、力なく言うのだった。


「美味しい……」


 ブリュンヒルデが感動したように、目をつむって小声で答えてきた。

 あんまり美味しくて、ブリュンヒルデは声が出なくなったのである。


 フッ……。


 それには、さすがに蒼も呆れ顔になり、屋上の給水タンクの屋根の上で寝転がって笑うのであった。


 すると、それを見て不思議そうに小首を傾げたブリュンヒルデが、顔を覗き込んでそう言うのであった。


「さぁ、私は一口食べたので、今度は食べてくれますか、蒼さま?」


 その言葉を聞いて、顔を向けた蒼の目の前に、ブリュンヒルデの食べかけのソフトクリームが、金色に輝いて向けられてるのであった――――。


『今日は、なんて嬉しい日なんだーーーーーっ!』


 蒼は心の中で天に感謝の祈りを力の限り叫ぶと、幸せそうな顔で一口、ソフトクリームを食べるのであった。


「ああ、もういつ死んでも構いません。神様……」


 蒼は、心の底から神に感謝するのであった。





 運の良い一日を過ごし、蒼は学校から帰りに透明のブリュンヒルデと電車を降りて、一緒に歩いている時だった。


 そこに、前の日に歩道橋で困ってた重い荷物を持ってあげようとしたお婆さんが、歩道橋の向こうに居るのが見えたのだ。道行人に何かを言ってるようであったが、車の騒音にかき消されて、音は聞こえてこなかった。


「また、会ったら何か言われるかな……?」


 蒼は心の中で、少し考えた。

 

 昨日も警察を呼んだりしてお互いに気まずいのだ。

 今日は、何も言わないでそっとして帰った方が良いかな……。


 そう思いながら蒼がいよいよ反対側のお婆さんの場所まで近づくと、蒼の顔に気付いたお婆さんが何事かを言って、交番の警察官を呼んでるのが見えるのだった。


「あーあ、今日は結構ついてたのに、最後の最後にこれとは……」


 少し、がっくりした蒼の顔をブリュンヒルデは不思議そうに見るのだった。


「あ、おまわりさん、この子だよ、この子。昨日会った、私の探してたお兄ちゃんと言うのは……」


「探す……?」


 蒼を指差して言っている言葉を聞いて、顔を上げずには居られない事が分かった。


「ああ、君だよね――本当は分かってたんだけど、この人が君の事を教えてくれとうるさくてね。困ってた所なんだ……」


 最近、よく会う警察官が蒼を見るなり、申し訳無さそうに言ってきた。

 出来れば、あまり会いたくないのだが、今日はなんだか様子が違っている。


「何、言ってるんだい。あなたの事教えてくれと頼んだんだけどこの人教えてくれなくてね。困ってた所だけど、良かったよ~」


 お婆さんは、そう言いながら蒼の傍まで来るのだが、なんだか今日は優しい口調である。蒼は、横に浮かんでいる透明のブリュンヒルデと顔を見合わせてしまった。


「いやね、昨日はなんか荷物を持ってくれると言ってるのに悪いことをしたから、謝ろうと思ってね~。ごめんね、なんか顔を見たら急にそんな気持ちになってしまってね。悪気は無かったんだよ、許してくれよ」


 そう言うと、蒼にお詫びの標しにとお団子の包みをくれるのであった。それも、高級店のやつである。母親の有風が大好物の『問言団子』であった。


「それとね、本当に最近見ないくらい良い子だから、ウチの孫にどうかと思って孫の環奈の写真を持ってきたんだけど、見てくれるかね……」


 きょとんとする蒼に、お婆さんは透かさず孫の顔写真を見せるのであった。


「え? ……」


 恐る恐る蒼とブリュンヒルデが覗き込むと、物凄いアイドル見たいな顔の可愛い女の子の写真が出てくるのであった。

 それも、何か本当に衣装みたいなものを着てステージの上で踊ってる写真もあるのだ。


「可愛いじゃろ? 孫はアイドルグループでセンターと言うのをやってて、結構人気が有るんじゃよ」―――― 蒼とブリュンヒルデは再び顔を見合わせてしまった。


「あんたの話をしたら、是非会ってワシのお礼を言いたいと言ってたから、年寄りの願いと思って付き合ってくれんかの~」


 なんと可愛い現役アイドルの娘に、自分に会ってくれと言って居るのである。

 蒼は目を真ん丸くして後ろに仰け反った。



 『アイドルと本気で会おうって言うのか……僕が?』



 しかし、そんな事をする勇気も無いので、手を振るお婆さんに低調にお断りをして、ゆっくりと歩道橋を後にするのであった。




「ははは、なんか本当に今日は面白いくらいに良い事が舞い込んで来るな……」


 ブリュンヒルデと一緒に商店街に指しかかって居た。


 それを聞いて、蒼の嬉しそうな顔を見てブリュンヒルデは満足げに笑っている。


「本当に、あなたに会ってからは、良い事ばかりだね」


 蒼がそこまで言って見ると、ある事が頭に浮かんだ。


「まさか、これはあなたがやっているとか……なの?」


 今の幸運は、まさかブリュンヒルデが魔法でやった事なのかと思いついたのである。そう思えば、そう思えなくもない。あまりに良い事ばかりなのだ。


 考えてみれば、朝の信号からして変だった。


 全ての信号が一斉に青に変わるなんて有り得ない、故障でもない限り。それに、電車の中でも痴漢騒ぎのお姉さんがお侘びなんておかしい。そして、掃除当番や、今の歩道橋のお婆さんも。お詫びの『問言団子』をくれるわ、孫のアイドルの環奈ちゃんを会わせたいなんて……? 女神の力を使わなきゃこんな良い事が立て続けに起こる訳がないのである。

 

あまりの運気の良さに、蒼はブリュンヒルデの顔を見てつい聞いてしまった。


「いいえ、私は何もしてないです。これは全部蒼さまご自身の運気です。もっと、ご自分の運気に自信を持っても良いですよ」


 そう言ってまた優しく笑うブリュンヒルデの顔が、嘘を言ってるようには思えなかった。


「そ、そうかな? 今までが今までだから、なんか信じられなくてつい聞いちゃったけど、何もバチは当たらないよね? そうか、そうだよね……」


 今までこんな良い事が有る日なんて皆無だったから、蒼は何がなんだか分からないが、とにかく嬉しくて笑ってしまうのであった。


 ……と、ふと昨日の商店街を抜けながら蒼の頭にもう一つ浮かぶ物があった。


「昨日も、今日みたいにブリュンヒルデに姿を消してもらえば、あんなに苦労しなくても良かったな~……ははは」


 それに気付くと、蒼は力なく笑うのであった。




 ダン!




 だが、次の瞬間そんな楽しい気持ちが一度に吹き飛ぶような衝撃が、蒼を襲ってきた。


 いきなり、聞き覚えの有るその声が、楽しく歩いていた蒼の耳に再び飛び込んで来るのであった。



「≪我が名はフェンリル。再び終末の時が来た事をお前たちに伝えに来た。一日伸びた命に喜びながら、最後の日を楽しむが良い。そして……≫」


 蒼は顔をあげてブリュンヒルデに向き直った。


「≪私を愚弄した昨日の勇者とその戦女神よ。昨日は油断したが今日は本気だ。命が惜しくなかったら、昨日の場所まで来い。先ず手初めにお前たちから始末してやるから覚悟しろ。ハハハハハ……≫」


 ブリュンヒルデと顔を見合わせ、二人で商店街を走り出すのであった。

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