第6話 価格変動の原因3
俺は机の上に両足を乗せ、背もたれに寄りかかりながら椅子を揺らして待つ。
「茶ぐらい出せよなあ」
倒れている男たちが起き上がってきたので、全員壁際に正座させた。
顔を押さえ、とてもじゃないが動けない様子だ。
しばらくすると扉が開いた。
「話は聞いた。貴様、何者だ?」
威圧的な空気をまとった制服の男が姿を見せた。
軍人、それも上層部の人間のような雰囲気の男だ。
俺は姿勢を崩さず、男に視線を向けた。
「単刀直入に言う。小麦から手を引け」
「なんのことだ?」
「ニコロ商会、モレノ商会、ガレード商会のカルテルをやめろ」
「貴様……どこまで知ってる?」
「んなこたあ、どうでもいいだろ。これはお願いじゃない。命令だ。もしやらないなら、ヴィラッヅォとの関係が世に流れる。そしたら、この商会は終わりだろ?」
「き、貴様……。その名を出すな」
「カルテルやめるか、公表されるかの二択だ。まあ公表したらカルテルはできないから、事実上の一択だけどな」
「何をバカなことを言っている。その前に貴様を殺せばいいだろう? 少しは強いようだがな。ここからは出られん」
「はあ、バカはやっぱりバカか。もういいや、お前ら殺してヴィラッヅォ行くわ」
俺が立ち上がると、制服の男は腰の剣に手をかけた。
流れるような仕草は、それだけで実力者だと理解できる。
だが、俺には無駄だ。
「し、失礼します!」
突然、若い男が部屋に入ってきた。
制服の男に耳打ちしている。
「な! なんだと!」
制服の男が剣の柄から手を離した。
「……代表室へ案内する」
「ふーん。お前、助かったな。あと少し遅れてたら死んでたぞ」
突然、制服の男の顔が突風で弾き飛んだ。
「ぐはっ!」
ハリケーンの中に入ったかのように、髪が乱れ、風圧で顔が歪む。
俺は見えざる手を、男の顔の前で寸止めしていた。
***
代表室に移動すると、ソファーに案内された。
制服の男が代表に一礼して、部屋を出ていく。
「ニコロ商会の代表、ルーガスだ」
部屋にいるのは俺とルーガスの二人だ。
ルーガスの年齢は俺とあまり変わらず、見るからに高級なスーツを着ている。
「騎士協会のルキウスだ」
「騎士協会か……。こっちの世界では『見えざる手』だろう? その君が何の用かな?」
「カルテルをやめろ」
「君は正義の使者にでもなったつもりか?」
「当たり前だろ。おりゃ騎士だ」
「ふっ、君の噂はよく聞く。どれもクズエピソードばかりだ」
「そりゃ光栄なこって。だがな、手を出してはいけない領域ってもんがあるんだよ」
「拒否したらどうする?」
「ニコロ商会は終わる。ヴィラッヅォにとっては大打撃だろ?」
「はあ、困ったものだ……」
ルーガスが溜め息をつきながら、コーヒーを口にした。
「舐めてもらっては困るね。うちはそれほどヤワではない。ここが潰れたくらいで屋台骨は揺るがないよ」
「んじゃ、ヴィラッヅォ行くわ」
「ふむ、それも困るな。君はなかなかの脅威でもある」
俺もコーヒーを口に含んだ。
ムカつくが、味はいい。
ルーガスがカップをソーサーに置いた。
「分かった。手を引こう」
「価格を正常に戻せ」
「それも応じよう」
「意図的に市場を乱すな」
「肝に銘じよう」
「それと、3社で買い占めた在庫の3割を、無償でカルタノ地方に提供しろ」
「おいおい、うちは慈善事業をやってるわけではないんだよ。それでは大損害だよ」
「落としどころが必要だろ? これだけのことをやって、元に戻しましたでは終わんねーんだよ」
「怒ってるのか?」
「当たり前だ。今でもお前を殺してやりたいさ」
「はは、それは困る。分かった。それも言う通りにする。そうだな、被災地にはニコロ商会の名で他の食料も提供しよう。これでいいかい?」
「ちっ、クソだな。だが、それでいい」
このルーガスは、ただやられっぱなしではない。
俺の要求を見事に利用した。
どうせ損をするのであれば、きっちりと商会の名声は上げる。
かなりの切れ者だ。
俺がこれ以上追及しないことも計算しているのだろう。
「しかし、君は金儲けのために何でもやるのだろう? 私たちのことを言えないのではないか?」
「まあ、俺もクズだが、人の不幸で金は稼がんよ。それに、小麦のような生活に直結するものはダメだ。やるならもっと高級品でやれ。クズの金持ちからなら、いくらでも奪って構わんさ。お前たちのようなクズならな」
「肝に銘じるよ」
「じゃあ、後よろしく。あ、ムカつくけど、コーヒー旨かったよ」
「それはよかった。またご馳走しよう」
「もう来ねーよ。バカが」
俺はそのまま何もせず部屋を出た。
◇◇◇
ルキウスが部屋から出ると、制服の男がすぐに駆け寄った。
「ルーガス様、お怪我は?」
「問題ないよ、ダリム」
「ルーガス様。お伺いしてもよろしいですか?」
「なんだい?」
「あの男は何者なのですか?」
「そうか、君は知らないか。そうだな……。我々はうっかり虎の尾を踏んでしまった。だが、出てきたのは虎じゃなかったということさ」
「そ、それはどういう……」
「もっと恐ろしい悪魔が出てきたということだ」
ルーガスは窓際に立ち、街道を歩くルキウスを見つめていた。
◇◇◇
ニコロ商会と話をつけてから数日が経過。
俺はフロシェオンに顔を出した。
今日もタダ飯を食うためだ。
「よう、フローシェ。儲かってっか?」
「ルキウスさん! 聞いてください! 小麦の価格が地震前に戻ったどころか、今はもっと安くなっています!」
「そりゃよかった」
「それと、地震があったカルタノ地方に莫大な食料の供給があったそうです」
「そりゃ凄いな。世の中には殊勝な人がいるもんだな。わははは」
席に座ると、フローシェがコーヒーを出してくれた。
「ルキウスさん。新メニューを考えておきましたよ。ぜひ食べて感想を聞かせてください」
「お! いいね!」
しばらく待つと、キッチンから香ばしい匂いが漂ってきた。
パンを焼いたような、とてもいい香りだ。
「お待たせしました! 刃烏賊の墨を練り込んだピッツァです!」
「お、お前……。これ真っ黒じゃねーか……」
ピッツァとはいうものの、どう見ても真っ黒な円盤だ。
「刃烏賊のパスタは美味しかったですよね?」
「そりゃそうだが、これは具材も全部真っ黒だぞ? 焦げてねーか?」
「いえ、絶妙な焼き加減です。このトッピングは黒鋏海老で、ソースも黒鋏海老のすり身を使ってますので真っ黒なんです」
「黒鋏海老? あの黒いエビ?」
「ええ。見た目で損をしてますが、実は美味しいんですよ。あまり知られてませんし、調理が大変なので価格も安いんです」
「わ、分かったよ。食べるよ」
俺は湯気が上がる熱々のピッツァを一切れ掴んだ。
ご丁寧にチーズまで黒くしている。
黒いチーズが伸びても、食欲は湧かない……。
恐る恐る口に入れた。
「なっ! うっま! コクがあって甘みも感じるぞ!」
「黒鋏海老の身は甘いんです。これを新メニューに加えようと思っています」
「こりゃいい! あの黒いパスタと一緒に話題になるぞ!」
ピッツァを食べる手が止まらない。
これは絶対に流行る。
マジで旨い。
黒鋏海老がこんなに美味いとは知らなかった。
「はっ!」
脳内に突然落雷のような衝撃が走り、俺は動きを止めた。
「ど、どうしました? ルキウスさん?」
あまり知られていない食材。
安くて旨い。
そして、フローシェのピッツァで、これから間違いなく流行る。
やることは一つだ。
「おい、フローシェ! 黒鋏海老を買い占めるぞ!」
「え?」
「黒鋏海老で一儲けする! がははは!」
「ちょ、ちょっと! ルキウスさん!」
「市場へ行ってくるぜ! がははは!」
俺は残りのピッツァを頬張り、店を飛び出した。
◇◇◇
中央銀行で100万リアを借り入れたルキウス。
市場で漁師ギルドと交渉した結果、安く大量に黒鋏海老を入手した。
漁師ギルドも助かると、ルキウスに感謝していたほどだ。
黒鋏海老は、冷凍すれば鮮度を保ったまま長期間保管することができる。
「大儲けだ!」
しかし、ルキウスは知らない。
黒鋏海老が、なぜ普及していないかという理由を。
「これで借金返すぜ! ルキウス商会の設立だ! がははは!」
黒鋏海老は確かに旨い。
だが、処理や仕込みに手間がかかることで、非常に面倒な食材として知られていた。
また、内臓には毒があり、食品として提供するには役所の許可が必要だ。
当然フローシェは許可証を持っている。
このピッツァは一流シェフのフローシェだから成立する。
そのため、一般に流通することは絶対にない。
ルキウスがそのことに気づいたのは、購入から数日後だったという。
◇◇◇
ルキウス借入残高
1億250万リア
主な資産
フロシェオン
山
黒鋏海老の在庫
◇◇◇




