第36話
数日後。
俺は久しぶりに王都に戻り、国王に謁見していた。
「なるほど、サイダル攻めの提案か」
国王オルバは深くうなずき、それからこう言う。
「もう少し待てば河の水位も下がるが、それを待たずに攻め込むと申すのだな?」
「はい。『まさかすぐには攻めてこないだろう』と思わせるためにも、今すぐにとの仰せにございます」
相手の裏をかくのは戦の常道だが、当然ながら無理をするので困難を伴う。
「工事の人員に見せかけて兵を整え、既に集積所としての機能を備えているルマンデ城の工事現場に集結させます」
「待て」
国王は厳かに俺を制した。
「具体的な行動の前に、戦の全貌を明らかにしてもらわねば判断ができん。フィオレは兵を集めてどこを攻め、何を得るつもりなのだ」
そりゃそうだな。俺も少し焦っていたようだ。
「失礼いたしました。殿下はサイダル王家の本拠地を急襲するおつもりです」
俺がそう言うと、背後に控えていたカナティエがサッと地図を広げて掲げた。
俺はそれを示しながら説明を続ける。
「ただ実際にはそれは難しいため、本拠地を急襲すると見せかけて沿岸部の城をひとつ攻め落とします。これによってサイダルに橋頭堡ができ、後続の兵や物資を安定的に投入することが可能になります」
「ふむ」
王がうなずいたとき、カナティエが横からこしょこしょささやく。
「姫様の提案と微妙に違いませんか?」
「しょうがないんですよ。サイダル王家をいきなり滅ぼすなんて不可能です。少なくとも姫以外はみんなそう思っていますから、誰も賛成してくれません」
すかさず王が割り込んでくる。
「聞こえておるぞ」
「失礼いたしました。ええとですね、姫はあくまでもサイダルを攻め滅ぼすおつもりですが、それが不可能な場合の次善策として港湾の奪取を考えておいでです」
要するに姫は「サイダルを滅ぼせないのなら港を奪おう」と考えているのだが、俺は「港を奪って可能ならサイダルを滅ぼそう」という形に変えて国王に具申している。
こういうのをそれぞれ「必成目標」と「望成目標」と呼び、俺は両者を入れ替えた形だ。
まあ実際には姫のやりたいようにやらせるつもりなので、この辺はあくまでも建前である。建前は大事だ。
王が髭を撫でながら渋い顔をしている。
「そなたはフィオレの臣下であろう。主君の言葉を曲げて伝えるとは何事であるか」
「申し訳ありません。ですが陛下、姫の提案をそのまま申し上げたら採用してくださらないでしょう」
「無論だ。そんな戦に諸侯が付き合うはずがなかろう」
ほらみろ。
王は軽く溜息をつき、それから手を振った。
「そなたの行いは越権行為であるが、お目付役としては上出来だ。続けて構わんぞ」
「はっ」
王の許しも得たことだし、俺は説明を続ける。
「サイダルもユナトも港こそが力の根源です。敵の港を一つ奪えば、保有する港の差は二つ分開きます」
サイダルは商港を五つ持っており、ユナトは六つ持っている。物流ルートや地形を考慮するとほぼ互角だ。
だがユナトが港の奪取に成功すれば四対七になる。この差は圧倒的だ。しかもリュジオン河の河口を押さえることができる。
王はニヤリと笑う。
「なるほど。ルマンデ侵攻への報復としてサイダルの喉元に剣を突きつける。と見せかけて、懐から財布を盗み取るという算段か」
「左様にございます。さらに奪った港に軍船を駐留させれば、サイダル側の航路を脅かすことも可能かと」
「確かに。彼我の天秤を傾けるには十分な戦果だな」
姫があんな性格だから目立たないが、ユナト王オルバも割と好戦的な性格をしている。取れる領地があるなら取る。遠慮などしない。
だがそんな都合のいいことが簡単に実現できるのなら、姫が進言しなくてもとっくの昔にやっている。
この計画の問題は実現性だ。
王の視線がそのことを説明するように促しているので、俺は背筋を伸ばす。この交渉はここからが本番だ。
「ただやはり、実現性が問題になります。サイダルも港の権益は死守したいと考えていますので、そう簡単には攻め落とせないかと。最も近いファルガ港は砲台の守りが堅く、海上からの強襲は自殺行為です」
軍船の艦砲はそれなりに大きいが、さすがに要塞砲には勝てない。それに海上からの砲撃は揺れによって狙いが安定しないため、要塞砲との撃ち合いは不利だ。
石造りの要塞と違って軍船は木造だから、下手をすれば一撃で戦闘不能になることもあるだろう。
「そのため、港湾の奪取は陸側から行わねばなりません」
「であろうな。港湾にはサイダルの軍船がおり、港の治安を守る衛兵隊もいる。陸側からの攻撃に対する城壁もある」
王がうなずき、俺は説明を続ける。
「まともに力押しで戦ったのでは陸側でも勝ち目はありません。港を攻略中にサイダル軍の救援が後背から押し寄せてくれば全滅です」
城塞を攻めるのはとにかく大変だ。特に今回のように兵力を渡河させる作戦では、鈍重な攻城兵器を現地まで運ぶのが難しい。
「そのためにこそ、『ユナト軍はサイダルの王都に直進してくる』と思わせる必要がある訳です」
「よかろう、そこまでは道理に叶っておる。サイダル王が王都の守りを固めている間に、孤立した港を奪い取るという作戦だな」
「はい」
姫はどうしてもサイダルを攻め滅ぼすつもりらしいんだけど、こちらの兵力や継戦能力を考えると無理だろう。
敵地に侵攻すると兵の食料にも頭を悩ませることになるし、四方八方から敵が襲ってくる。敵地深くまで兵力を浸透させるのは並大抵の苦労ではない。
「この作戦は港湾奪取の前後に、ユナト海軍を後詰めとして送る必要があります」
「当然だな。そちらについては詳細な数字を出せておるか?」
「ミオレ殿下より資料を頂いておりますので、それを元に算出しました。ファルガ港の場合、砲台からの攻撃がなければ軍船六~七隻で港湾を封鎖できます」
ミオレ姫が城の書庫や海軍士官たちから情報を集めてきてくれたおかげだ。城に常駐しているのはミオレ姫だけなので、何かと世話になっている。
「サイダル海軍の軍船がどれほど駐留しているかで試算の数字はかなり変わってきますが、ファルガ港は砲台の守りが堅い反面、砲台や防波堤が邪魔で守備艦隊は陣形をうまく組めません。従って……」
俺の説明をオルバは片手で制した。
「その辺で良いぞ。海戦など専門外であろうに、よくそこまで調べたものだ」
「恐れ入ります」
前世のゲームでうろ覚えの知識があったので、姫の蔵書で最低限の下調べはできた。正直、これ以上詳しい説明を求められるとボロが出ていたと思う。冷や汗が出る。
「具体的な数字はこちらで詰めるとしよう。海軍のことはわしが提督たちに聞いた方が早い」
「ははっ」
どうやら裁可は下ったようだ。俺はほっと安心する。
王は俺をじっと見ていたが、やがてこう言う。
「フィオレにはリュジオン河を渡河し、サイダル領に攻め込む先鋒を命じることになるやもしれぬ。今のうちに街道筋の地理を頭に叩き込むようフィオレと家臣たちに伝えよ」
「承知いたしました」
きっと姫は喜ぶだろうな。
俺は嫌だ……。




