10.キョウは役に立ちたい
夜が明けてきた。
村はずれの丘は、三つの死体が転がり、無残な有様だった。
彼らはすぐに火葬される事になるだろう。
この国では、罪なき死者は土の中で眠り、罪を背負った死者は火によって清められる。
身体に寄生したヤドリごと燃やされるのだ。
そして僕はと言うと――
「わわわ! うわっと」
思わず膝をついてしまった。
敵を倒した《鈴乱》は光を失い、小さな瘤となって左手に収まった。
それと同時に、ようやく身体の自由を解かれたようだ。
クローとティオーラ姉さんが駆け寄ってくる。
「ちょっ、ちょっとアイビー、大丈夫ですぅ?」
二人とも恐る恐る僕の顔を覗き込む。
目が合った瞬間、二人共どこかホッとした顔をした。
「ああ、戻ったんですね」
「うん……もう大丈夫」
「まるで別人みたいでしたよぅ」
「カールリンネで言ってた、身体が乗っ取られたってヤツですか?」
「っていうか、発芽しましたねぇ? 今までうんともすんとも言わなかったのにぃ」
「今は、身体は何ともないんですか?」
「ちょ、ちょっと待って。二人とも、落ち着いて」
矢継ぎ早に質問するクローとティオーラ姉さんを宥めていると「久しいわね、二人共」と優しげな声がした。
ブルネットの髪を長いまま垂らした女性が、僕に近づいてくる。
シオン村の女性だ。
彼女の後ろから不安そうにもう一人の少女が「姉ちゃん? その人達、知り合いなの?」と声をかけている。
まるで置いていかれる事に怯える雛のようだ。
姉ちゃん、と呼ばれた女性は後ろを振り返り、にっこりと笑った。
「スミ……あなたにも聞いておいてもらうべきね」
そう言うと彼女は、急に威厳に満ちた声色で言った。
「その子が、バッチオーク伯爵の息子なのね」
その言葉に、僕は反射的に顔を上げる。
「その通りです。バッチオーク伯爵のご子息、アイビー様です」
クローが頷いて答えた。
「あたし達は、アイビー様をお引き合わせするために、こちらに参上したのです」
僕は急いで立ち上がって、砂埃をはたき落とした。
そして姿勢を正し、僕に出来る最大限の礼儀を持って、僕の姉さんに挨拶をした。
「初めてお目にかかります」
「初めまして、アイビー」
柔らかな声が頭の上から降ってくる。
「キョウ=デンタータ。それがあなたの姉――私の本当の名です」
「え……姉ちゃん……? うそ、どう言う事?」
後ろから、かすれた声が聞こえた。
スミと呼ばれていた少女だ。
たぶん、二人は姉妹として育ってきたのだろう。
血のつながらない姉妹。
片方は貴族の隠し子。
まるで吟遊詩人の奏でる物語だ。
「ごめんね、スミ。ずっと隠してたんだけどね、私は、父さんと母さんの実の娘じゃないの。訳あって、身分を隠したまま、この村にやってきたのよ」
「姉ちゃんが……待ってデンタータって確か――」
「そう。その通りよ」
ガラス玉みたいな瞳に、朝日が差し込む。
姉さんは、静かに微笑みを見せた。
「私は、勇者の娘。《黄金の勇者》アキレア=デンタータの娘なの」
♢ ♢ ♢
キョウ姉さんは、深い紫の眼差しを持つ優しげな女性だった。
「お会いできて……えっと……光栄です」
僕の様子に姉さんは「さっきまでの態度と全然違うのね」と笑った。
「いや、その、さっきのは僕でいて僕じゃないような……その」
「いいのよ。私も会えて嬉しいわ」
そう言うと姉さんは、僕をまじまじとみつめる。
「なるほど……正体を隠すための変装ね。似合うじゃない」
「……ありがとうございます」
全然嬉しくない。
「姉さんは、今までずっと自分が勇者の娘だと隠し通してきたんですね」
「そう。アキレアの子供がいるとわかったら、村の人に迷惑がかかるかもしれないでしょう。ここへ来てもう六年……いえ、七年になるかしら」
「ちょっと待ってよ!」とスミと呼ばれていた少女が話に割って入ってきた。
「そんなのおかしいわ。七年前って事はあたしが六歳の頃にキョウ姉ちゃんが村に来たって事でしょ?」
スミは興奮したように頬を赤く染めている。
「だったら流石のあたしだって、キョウ姉ちゃんと血が繋がってないって覚えてるはずだよ。でも、姉ちゃんが村にやってきた記憶なんてないわ!」
「うん、まあそうでしょうね」
「そうでしょうねって何? どう言う事?」
キョウ姉さんは、首を少し傾けて「うん、だから一服ね」と言った。
「……は?」
「記憶障害を起こす薬を長年かけて皆に。あ、副作用はほとんど無いわ――」
「ちょっと待って! 毒を盛ったの? あたし達に? 父さんや母さんにも?」
パニックになりかけているスミに、姉さんは優しく答える。
「いえ、二人には、お父様の方から直々に説明と依頼があったはずよ。我が子のように、私の事を育ててくれ、と」
呆けているスミの頭を優しく撫でて姉さんは僕の方を向いた。
「私たちがどうして離れて暮らしているか、お父様からは聞いているかしら」
「いえ、その辺りの事情は、全然」
すると姉さんは、「そう」と短く答えて何故かクローの方へ視線をやった。
「簡単に言うとね、私は役に立たなかったの」
姉さんは、そう言って髪をかき上げた。
「この村に来る前……あの頃はまだヤドリ草が発芽したばかりで、簡単な回復術しか使えなかった。何の役にも立たなかった」
ティオーラ姉さんは口を結び、クローは眉間にシワを寄せた。
二人とも何も答えない。
「役に立ちたい。だからここに来てからはヤドリ草について学び、技術を磨き、私に出来る事を追求し続けたの。お父様も資金面で援助してくださったわ」
屋敷の執事が姉達の事を『金銭的に寄生している方もいる』と言っていたのを思い出す。
「仮にも伯爵よ? そんなに非常識な金額ではないはずだけど」
そう言ってキョウ姉さんが口にした金額に、僕は絶句した。
「それは……随分と莫大な……」
「あら、ヤドリ草の研究や栽培には、この程度は必要になってくるのよ」
「そうは言っても……」
「お父様だって、私の役に立って嬉しいはずだわ」
キョウ姉さんはそう言って、目を伏せた。
「それが、家族ってものだから」
それからパッと顔を上げて僕を見据えた。
「この村の役に立つ事は、私の罪滅ぼしになるの」
「罪滅ぼし……ですか?」
「そうよ。役に立たなかった私の罪滅ぼし。だからね」
姉さんの視線が鋭くなった気がした。
「だから、もしあなたが何も考えずにのうのうと後継者になろうとしている甘ったれだったら、私は絶対にあなたを後継者だと認めないんだけど」
ガラス玉のような瞳は少しも笑っていない。
僕を値定めるように見つめる。
「さっきの戦いっぷりをみるに、まあそれは大丈夫かしらね」
僕は何も言えなかった。
さっきの力は、僕のものじゃないんです。
何者かに操られていたんです。
本当の僕は、ヤドリ草も発芽できなかったんです。
そう正直に言うべきだろうか。
「僕が来た目的を、もうご存知だったんですね」
「ええ。時々お父様とやり取りしてるから。でもね、十九人みんなと連絡が取れるわけじゃないみたいよ。音信不通の子もいるみたいだし」
キョウ姉さんは、そう言って紫の瞳をこちらに向けた。
「だから、すんなりと認めてもらえるとは思わないでね。他の皆は私みたいに、簡単にはいかないわ」
(え……それは……つまり)
「えっと、姉さんは僕の事、後継者だと認めてくれるんですか?」
「だって、反対したって仕方がないじゃない」
姉さんはそう言って、土の上に散らばっているヤドリ草の種を拾い始めた。
「でも、父さんからの信用に胡座をかいてはダメよ。伯爵家に寄生するダメ後継者になったら絶対に許さないわよ」
「わかりました。肝に銘じます」
「さ、帰りましょう」
種を拾い終わったキョウ姉さんはそう言って背を向けた。
そこへ、スミが絞り出すような声で言った。
「どこへ……どこへ帰るの?」
「決まってるじゃない。シオンの家に帰るのよ」
「姉ちゃんは……伯爵家のお屋敷に帰らないの? だって……だって物語では、主人公はいつも本当の家族の元に帰るよ!」
キョウ姉さんはにっこり笑った。
「私の帰る場所はシオン村なの」
「こんな村のどこがいいの? 姉ちゃんは……本当の家族の元に帰った方がいいんじゃないの?」
「私はここにいたいのよ」
「どうして?」
姉さんは、スミを静かにみつめている。
「七年前と反対ね」
「……七年前?」
「そうよ。私がこの村に来たばかりの頃……あなた私の後ばかり付いて回って。一度、用事があって村の外に出ないといけない時に、あなた必死に追いかけて来たのよ。『行かないで、行かないで』って泣きながらね」
スミは目を見開き「そっか……その時の記憶だったんだ……」と小さく呟いている。
「姉ちゃんは、あたしなんかと一緒にいない方がいいんじゃないかな」
「どうして?」
「あたし、あんな奴らに騙される馬鹿で……その種だって、あいつらに盗られるところだったし……」
「でも結局大丈夫だったじゃない」
「あたし、姉ちゃんを危ない目に合わせた!」
いつのまにか、スミの頬に涙が伝っていた。
「こんな妹、姉ちゃんに相応しくないよ。姉ちゃんにとってあたしは毒にしかならないよ……」
キョウ姉さんは、スミに近寄り、そっと涙を拭った。
「……あなたがね、自分の身に危険が迫っている時、私に向かって必死に手を伸ばして『逃げて』って言ったでしょう?」
朝日に照らされた紫の瞳は少しだけ潤んでいる。
「あの時のあなたが、昔一緒に暮らしていた家族と重なって見えてね。だから、今度は絶対、私はあなたの事を守り抜きたいって思ったわ」
スミは下唇を噛み締めて鼻をすすった。
「姉ちゃん……強くなるには……どうすればいいの?」
「伝説に出てくるような願いを叶えるヤドリ草なんて存在しない。だから、自分でやるしかない」
キョウ姉さんはそう言ってどこか痛みを堪えるような顔をして言った。
「弱き者には弱き者なりの、戦い方があるんだから」




