1.スミは村を出たい
「おい、緋色の賢人ミャーマが来てるぞ!」
シオン村の子供達が、村長の家の窓にへばりついて中を覗き込んでいる。
あたしもそっと後ろから近づいて、中の様子を伺った。
「お! スミじゃないか」
一人が振り返ってあたしに気がつく。
「お前の姉ちゃん、すごいな。あのミャーマ様が相手でも全然遠慮がないぞ」
すると、ちょうど中からキョウ姉ちゃんの声が聞こえた。
「あのね、ミャーマ。故郷の味を再現したいっていう熱意はわかる。それで聞きたいんだけど、あなたの故郷って、食材をいくらでも無駄にしていいって考えだったの?」
中を覗き込むと、ミャーマ様がキョウ姉ちゃんからコッテリと絞られている所だった。
「あなたに村の貴重なスパイスを渡す時、私なんて言った?『これを使って不味い料理をたくさん作ってね』なんて言ったかな? 言ってないよね?」
「ごめんなさいね、キョウ。あたし、少しでも美味しい物を作りたくて――」
確かミャーマ様は、『緋色の賢人』以外にも『知の英雄』とも呼ばれていた気がする。
そんな偉大な人に、姉ちゃんは臆する事なく詰め寄っている。
「ねぇ、ミャーマ。料理で必要なのはなんだと思う?」
「えーと……食べてくれる人に喜んでもらう事、かしら?」
「違う。食べた人を殺さない事よ」
「こ、ころ……?」
ミャーマ様がキョウ姉ちゃんの言葉に絶句している。
「火を通す。腐らせない。毒を混ぜない。それを守らないと、食べた人を殺す事になるのよ? まずはその基本が大事なの」
「でも、あたし、毒を混ぜた事なんて……」
「あなたの料理、死ぬほど不味いじゃない」
「そんなに?」
「いい? 食事っていうのは、死と隣り合わせなの。毒物レベルの食事を作る人に、村の貴重なスパイスを渡したくないの」
ふと振り返ると、村の子供達がニヤニヤとあたしを見ている。
「スミの姉ちゃん、相変わらずスゲェ毒舌だな」
(……まあ、その通りだよね)
吟遊詩人のミャーマ様は、これまでにも何度かシオン村を訪れている。
スパイスやハーブを仕入れる目的だそうだ。
有名人の来訪にも関わらず、あたしの七歳上の姉はいつも冷静だ。
家の中では村長が「まあまあまあ。キョウもあんまり言い過ぎちゃダメだよ?」と間に入っている。
姉ちゃんの失礼な態度に気が気じゃないんだろう。
「村長も、姉ちゃんには甘いよなぁ」と思わずこぼすと
「当たり前だろ? キョウは村一番の回復術士で、大人よりもヤドリ草に詳しいんだから」と、村の男の子に馬鹿にしたように言われた。
他の子供達も調子に乗ったのか、憎まれ口を叩き始める。
「キョウは聞けば色々教えてくれるもんな。スミとは大違いだ」
「スミはいつもおこりんぼだもんな」
「おっかねぇや」
流石に腹が立って「ちょっと、今なんて言った」と凄んでみせると、蜘蛛の子を散らしたようにワッと逃げていく。
すると、一番年下の子が勢いよく転んだ。
泣きべそをかきながら起き上がった彼を置いて、悪ガキ共は逃げ去ってしまう。
あたしはため息をついて、しゃくりあげている子の隣にしゃがみ込んだ。
「ほら、大丈夫? 怪我したの?」
盛大に転んだせいで、膝を擦りむいている。
あたしは、彼を抱えて水場まで運び、泥だらけの傷口を洗い流してやった。
傷がしみるらしく、男の子はプルプルと震えている。
「こんな怪我くらいで泣くんじゃないよ」
そう言って、濡れた足を拭いてやってると、優しげな声が後ろから聞こえた。
「あらあら、転んじゃったの?」
振り向かなくても誰だかわかる。
あたしは小さく顔をしかめた。
キョウ姉ちゃんだ。
「姉ちゃん……ミャーマ様はもういいの?」
「ええ、とりあえず言いたい事は全部言ったわ。どこまでわかってもらえたか、知らないけど」
そう言うとキョウ姉ちゃんは、自分の右腕の袖をまくり上げた。
そして男の子に「治してあげるから、じっとしていて」と伝える。
腕まくりをした白い素肌に、小さな瘤がある。
その瘤が震え出し、プツっと音がして中から深い緑色の芽が這い出てきた。
絡まるように腕に茎を這わせ、葉を茂らせていく。
名前は《黄泉木》。
キョウ姉ちゃんの持つヤドリ草だ。
《黄泉木》は治癒に特化したヤドリ草だ。
たとえ黄泉の国――あの世に行きかけたとしても、このヤドリ草さえあれば、戻って来られるに違いない。
緑色に淡く光る《黄泉木》は、キョウ姉ちゃんの指先まで伸びて行く。
そして、人差し指まで届いた時、小さな光が雫となって滴り落ちた。
三滴ほど傷口に雫を落としたあたりから、男の子の傷口は、みるみるうちに塞がっていった。
これが、ヤドリ草を使った回復術だ。
「ほーら、これでもう大丈夫でしょ」
「……キョウ姉ちゃん、ありがとう」
「すぐ治してもらえるからって、いくらでも怪我していいわけじゃないんだからね。馬鹿じゃないんだったら、何度も転ばないようにしなさいよ」
男の子は姉ちゃんの言葉に肩をすくめ、走り出して行った。
「あたしだって、一人で回復術ぐらい使えるのに」
膨れっ面のあたしの言葉にキョウ姉ちゃんは「そうね」と答えた。
「姉としては、『研究会』から逃げ回っている妹の事が心配なのよ。回復させようとして、間違って悪化させちゃうかもしれないし」
「はいはい、どうせあたしは出来の悪い妹ですよ」
あたしと違って、姉ちゃんの肌は白く滑らかだ。
切り揃えられた前髪から覗く深みのある紫の瞳。
口から飛び出す毒を含んだ言葉でさえ、時に魅力的に思えてしまう。
村の大人達からは「キョウみたいになりなさい」と言われている。
村のどこへ行っても二言目には「キョウをお手本にしなさい」「どうしてキョウみたいになれないんだ」「キョウの妹でしょう」そればっかりだ。
その言葉は、ジワジワとあたしを蝕んでいく。
まるで毒のように。
いつのまにか『姉ちゃんみたいにならないといけない』と思い込まされてしまっている。
十二の誕生日に植え付けたヤドリ草を《黄泉木》にしたのは、姉ちゃんと同じにしなきゃというすり込みがあったんだと思う。
村の役に立つような人になりなさい。
あなたの姉のように。
毎日そんな微量の毒を盛られ続ければ、気が付かないうちに、それが幸せなのだと、思い込んでしまう。
でも、そんな毒から救ってくれる人が現れた。
「どうしたの? スミ?」
「ううん。この村にいるのも、そう長くはないかもって思ってさ」
「……スミ、それってどういう事?」
「なんでもないよ」
あたしはそう言って、その場を立ち去る。
優秀な姉ちゃんとあたしが全然似てないのは、理由があったのだ。
あたしは、とある伯爵の隠し子らしい。




