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パラサイトな僕の十九人の姉さん達  作者: 輪二
第三章 僕は毒を盛られたくない
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1.スミは村を出たい

「おい、緋色の賢人ミャーマが来てるぞ!」


 シオン村の子供達が、村長の家の窓にへばりついて中を覗き込んでいる。

 あたしもそっと後ろから近づいて、中の様子を伺った。


「お! スミじゃないか」


 一人が振り返ってあたしに気がつく。


「お前の姉ちゃん、すごいな。あのミャーマ様が相手でも全然遠慮がないぞ」


 すると、ちょうど中からキョウ姉ちゃんの声が聞こえた。


「あのね、ミャーマ。故郷の味を再現したいっていう熱意はわかる。それで聞きたいんだけど、あなたの故郷って、食材をいくらでも無駄にしていいって考えだったの?」


 中を覗き込むと、ミャーマ様がキョウ姉ちゃんからコッテリと絞られている所だった。


「あなたに村の貴重なスパイスを渡す時、私なんて言った?『これを使って不味い料理をたくさん作ってね』なんて言ったかな? 言ってないよね?」

「ごめんなさいね、キョウ。あたし、少しでも美味しい物を作りたくて――」


 確かミャーマ様は、『緋色の賢人』以外にも『知の英雄』とも呼ばれていた気がする。

 そんな偉大な人に、姉ちゃんは臆する事なく詰め寄っている。


「ねぇ、ミャーマ。料理で必要なのはなんだと思う?」

「えーと……食べてくれる人に喜んでもらう事、かしら?」

「違う。食べた人を殺さない事よ」

「こ、ころ……?」


 ミャーマ様がキョウ姉ちゃんの言葉に絶句している。


「火を通す。腐らせない。毒を混ぜない。それを守らないと、食べた人を殺す事になるのよ? まずはその基本が大事なの」

「でも、あたし、毒を混ぜた事なんて……」

「あなたの料理、死ぬほど不味いじゃない」

「そんなに?」

「いい? 食事っていうのは、死と隣り合わせなの。毒物レベルの食事を作る人に、村の貴重なスパイスを渡したくないの」


 ふと振り返ると、村の子供達がニヤニヤとあたしを見ている。


「スミの姉ちゃん、相変わらずスゲェ毒舌だな」


(……まあ、その通りだよね)


 吟遊詩人のミャーマ様は、これまでにも何度かシオン村を訪れている。

 スパイスやハーブを仕入れる目的だそうだ。

 有名人の来訪にも関わらず、あたしの七歳上の姉はいつも冷静だ。


 家の中では村長が「まあまあまあ。キョウもあんまり言い過ぎちゃダメだよ?」と間に入っている。

 姉ちゃんの失礼な態度に気が気じゃないんだろう。


「村長も、姉ちゃんには甘いよなぁ」と思わずこぼすと

「当たり前だろ? キョウは村一番の回復術士で、大人よりもヤドリ草に詳しいんだから」と、村の男の子に馬鹿にしたように言われた。


 他の子供達も調子に乗ったのか、憎まれ口を叩き始める。


「キョウは聞けば色々教えてくれるもんな。スミとは大違いだ」

「スミはいつもおこりんぼだもんな」

「おっかねぇや」


 流石に腹が立って「ちょっと、今なんて言った」と凄んでみせると、蜘蛛の子を散らしたようにワッと逃げていく。


 すると、一番年下の子が勢いよく転んだ。

 泣きべそをかきながら起き上がった彼を置いて、悪ガキ共は逃げ去ってしまう。


 あたしはため息をついて、しゃくりあげている子の隣にしゃがみ込んだ。


「ほら、大丈夫? 怪我したの?」


 盛大に転んだせいで、膝を擦りむいている。

 あたしは、彼を抱えて水場まで運び、泥だらけの傷口を洗い流してやった。

 傷がしみるらしく、男の子はプルプルと震えている。


「こんな怪我くらいで泣くんじゃないよ」


 そう言って、濡れた足を拭いてやってると、優しげな声が後ろから聞こえた。


「あらあら、転んじゃったの?」


 振り向かなくても誰だかわかる。

 あたしは小さく顔をしかめた。

 キョウ姉ちゃんだ。


「姉ちゃん……ミャーマ様はもういいの?」

「ええ、とりあえず言いたい事は全部言ったわ。どこまでわかってもらえたか、知らないけど」


 そう言うとキョウ姉ちゃんは、自分の右腕の袖をまくり上げた。

 そして男の子に「治してあげるから、じっとしていて」と伝える。


 腕まくりをした白い素肌に、小さな瘤がある。

 その瘤が震え出し、プツっと音がして中から深い緑色の芽が這い出てきた。

 絡まるように腕に茎を這わせ、葉を茂らせていく。


 名前は《黄泉木(よもぎ)》。

 キョウ姉ちゃんの持つヤドリ草だ。


黄泉木(よもぎ)》は治癒に特化したヤドリ草だ。

 たとえ黄泉(よみ)の国――あの世に行きかけたとしても、このヤドリ草さえあれば、戻って来られるに違いない。


 緑色に淡く光る《黄泉木(よもぎ)》は、キョウ姉ちゃんの指先まで伸びて行く。

 そして、人差し指まで届いた時、小さな光が雫となって滴り落ちた。

 三滴ほど傷口に雫を落としたあたりから、男の子の傷口は、みるみるうちに塞がっていった。


 これが、ヤドリ草を使った回復術だ。


「ほーら、これでもう大丈夫でしょ」

「……キョウ姉ちゃん、ありがとう」

「すぐ治してもらえるからって、いくらでも怪我していいわけじゃないんだからね。馬鹿じゃないんだったら、何度も転ばないようにしなさいよ」


 男の子は姉ちゃんの言葉に肩をすくめ、走り出して行った。


「あたしだって、一人で回復術ぐらい使えるのに」


 膨れっ面のあたしの言葉にキョウ姉ちゃんは「そうね」と答えた。


「姉としては、『研究会』から逃げ回っている妹の事が心配なのよ。回復させようとして、間違って悪化させちゃうかもしれないし」

「はいはい、どうせあたしは出来の悪い妹ですよ」


 あたしと違って、姉ちゃんの肌は白く滑らかだ。

 切り揃えられた前髪から覗く深みのある紫の瞳。

 口から飛び出す毒を含んだ言葉でさえ、時に魅力的に思えてしまう。


 村の大人達からは「キョウみたいになりなさい」と言われている。


 村のどこへ行っても二言目には「キョウをお手本にしなさい」「どうしてキョウみたいになれないんだ」「キョウの妹でしょう」そればっかりだ。


 その言葉は、ジワジワとあたしを蝕んでいく。

 まるで毒のように。


 いつのまにか『姉ちゃんみたいにならないといけない』と思い込まされてしまっている。


 十二の誕生日に植え付けたヤドリ草を《黄泉木(よもぎ)》にしたのは、姉ちゃんと同じにしなきゃというすり込みがあったんだと思う。


 村の役に立つような人になりなさい。

 あなたの姉のように。


 毎日そんな微量の毒を盛られ続ければ、気が付かないうちに、それが幸せなのだと、思い込んでしまう。


 でも、そんな毒から救ってくれる人が現れた。


「どうしたの? スミ?」

「ううん。この村にいるのも、そう長くはないかもって思ってさ」

「……スミ、それってどういう事?」

「なんでもないよ」


 あたしはそう言って、その場を立ち去る。

 優秀な姉ちゃんとあたしが全然似てないのは、理由があったのだ。



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