8.アイビーは証を授かる
「これが、ガーデニア家の醜聞の全てです」
マリィは目に溜まった涙を拭った。
今までの天真爛漫な幼い様子は消え去り、全く別人に成り代わってしまったかのようだ。
当主であるアイリスが、妹のライラを湖に突き落とし殺害してしまった――。
にわかには信じがたいけれど、マリィの言葉には説得力があった。
「そういえば……」
一つ気になっている事がある。
「あの発言はなんだったのでしょう、ほらライラ様が仰っていた」
「お姉様が……?」
「ええ、アイリス様が鏡に向かって叫んでたって。確か……」
僕は、今は亡きライラの言葉を思い出しながら口にする。
――ここからは出られませんよ。私が取って代わったのだから――
その言葉を口にすると、どことなく部屋の温度が下がった気がした。
ああ、とクローが頷く。
「アイリス様が、ご自分の部屋の鏡に向かってそんな言葉を唱えてたって話でしたな」
「実際に、使用人が見たんですよね?」
僕の言葉に、マリィは困ったような表情を浮かべた。
「きっと、ライラお姉様が、侍女たちに流させた根も葉もない嘘なのかもしれません。嘘の噂を流すなど、やろうと思えば簡単ですから」
「ええ」とフラン姉さんも頷く。
「簡単な事です」
マリィは、気持ちを切り替えるように息を吸うと、「それで」と僕の方を見た。
「つきましては……皆様にお願いがあります」
(……ん?)
「わたくしはこれから、アイリスお姉様の部屋を訪ね、真実を確かめるつもりです」
確かに、いくらマリィの話に説得力があるからといって、あくまで推測の域を出ない。
目撃者がいるわけでもないのだから、真実は本人達にしかわからないだろう。
けれど、直接問い詰めたところで、侯爵家当主ともあろう方が「はい、殺しました」などと言うだろうか。
「アイビー様。わたくしと一緒にお姉様の部屋まで来ていただけませんか?」
(嘘だろ……!)
巻き込まれたくないとあんなにも思っていたのに、まさか殺人犯の部屋まで付いてこいって、それは無茶だ。なんだって僕らが――。
「中立であり、口の固い方に証人になっていただきたいのです」
「いや、でも、その、わたしでは身分が――」
なんとか逃げようと頭をフル回転させる。
侯爵家の騒動の証人に、伯爵家の末娘(本当は長男だけど)では力不足のはずだ。
けれどマリィは言いつのる。
「勇者アキレア様のご息女に立ち会っていただけるのでしたら、それほど心強い事などありません」
「でも、わたしはまだ……」
「アイビー」
言い淀む僕の元へ、フラン姉さんが歩み寄った。
「これ……あなたに」
姉さんが差し出して来たのは、金色に輝く石片だった。
「姉さん……それは」
「そう。私たち、勇者アキレアの子供が持つ《証》です」
僕は黄金の欠片をそっと両手で受け取った。
ティオーラ姉さんから受け取った物とは少し形が違うけれど、同じ材質で出来ているのは間違いない。
「アイビー=デンタータ」
フラン姉さんは、改まった口調で僕の名を呼んだ。
「私は、あなたを父の後継者だと認めます。その証をあなたに授けます」
「姉さん……」
これで僕の目的は達成された。
でも、タイミングが最悪だ。
(いや、むしろフラン姉さんは、敢えてこのタイミングで僕に《証》を渡したのか? でも、なぜ姉さんが……)
「アイビー様」
マリィが、期待に満ちた目で僕を見つめる。
舞台が整った。
いや、フラン姉さんによって、整えられてしまった。
「ぜひ、勇者の後継として、ガーデニア家の顛末を見届けて下さい」
(こ……この流れでは……断れない)
僕は「承知いたしました」と渋々声を絞り出し、その後ろでクローとティオーラ姉さんが、深いため息をついた。
「でも……いいんですか?」
自分の姉を殺人者として糾弾する事になる。
罪は罪だ。
けれど、家族だからこそ、それを暴くというのは辛いだろう。
言葉足らずの僕の台詞をマリィは悲しげな微笑みで受け止めた。
「それが、家族ってものですから」
♢ ♢ ♢
それから話は早かった。
カールリンネ侯爵との対面の場があっという間に整えられた。
当主の部屋の前まで案内されると、そこにはアイリスの侍女達が無言で控えていた。
「何かございましたら、すぐにお申し付けください、マリィお嬢様」
そう声をかけたのはアイリスの侍女頭だ。
言外に『私達はマリィ様の力になります』と言っているようだった。
葬儀の手配に追われているはずの屋敷は、しんと静まりかえっている。
《朽無》の家紋に見張られて、誰も余計な言葉を発せない。
けれど、アイリスの侍女達は、何かを察したような面持ちで、皆マリィを見つめていた。
屋敷の勢力図が書き換えられようとしている。
僕はクローとティオーラ姉さんの方を振り返り、小さく頷いて見せた。
入室を許されたのは、マリィに加えて僕たち三人だけ。
(そういば、フラン姉さんはどこへ行ったのだろう)
キョロキョロと周りを見回していると「私はここに……」とかすかな声が聞こえた。
(《隠実》でどこかに潜んでいるんだな)
僕はそっとマリィに「リリィ様はどちらに?」と訊ねると、彼女は初めて心細そうな顔をした。
「……部屋で私が戻るのを待っていてくれています」
流石にこんな大事な局面で、一緒にと言うわけにはいかなかったのだろう。
カールリンネ侯爵の部屋の扉は重く、美しく、そして固く閉ざされている。
侍女頭がその扉をノックする。
「お入りなさい、マリィ。そして黄金の後継者」
部屋の中から聞こえた声は、随分と落ち着いているようだった。
扉の横で控えていた侍女達がはっと息を呑んだのがわかる。
美しい《朽無》の扉が、ゆっくりと開かれた。
重々しい音と共に開け放たれた部屋に、初めに踏み込んだのは、マリィだった。
その後ろを僕らもそっとついて行く。
一歩、また一歩と進む。
部屋の中は荒れていた。
物が割れ、飛び散り、散乱している。
部屋の奥の壁には、幕が半分かかっていて見えづらいが、大きな金縁の額がかかっているようだ。
あれが、ライラの言っていた呪いの大鏡だろうか。
「来たわね」
聞こえて来たのは、思いの外、張りのある声だった。
「待っていましたよ。マリィ」
そこには、ドレスに身を包み、背筋を伸ばし、美しく威厳に満ちた当主——アイリス=ガーデニアがいた。




