6.マリィは決意する
ライラの遺体を最初に発見したのは庭師だったそうだ。
早朝《朽無》の朝摘みに庭訪れ、ふと顔をあげると、柵の向こうの湖に紫のドレスが浮いているのを見つけた。
洗濯物でも飛んだのかと近づき、浮かんでいるライラを発見したのだ。
クローが、屋敷の使用人達に探りを入れたり、ティオーラ姉さんが《天眼鼠》を屋敷内に走らせたりして、ようやくそれだけの事がわかった。
「やはり、カールリンネの使用人は教育が行き届いてますな。皆揃って口が固い。聞き出すのは骨が折れますよ」
クローが愚痴をこぼす。
「しばらくここから出られませんな。閉じ込められたようなもんです」
彼女の言う通り、僕らは客間に軟禁状態にあった。
食事を出してもらえてはいるが、部屋の外に出ないように言われ、そこから何の音沙汰もない。
「事故……だったのかな」
「まあ、そこに落ち着くんじゃないですかね。万が一、そうじゃないってなった場合――」
「殺人か、自殺か……」
僕は、頬杖をついて唸った。
「……まあ、軟禁状態も納得だね」
「もし殺人だった場合、『犯人』が屋敷内にいる事になりますぅ」
ティオーラ姉さんの言葉に、僕は顔を上げる。
「僕ら疑われてるって事?」
「いや、流石にそれはないようです。ただ、余計なことを喋られても困るんで、詳しい事がわかるまでは閉じ込めておこうって事でしょうな」
乱暴な事はされていないとはいえ、不安は残る。
いざとなれば実力行使してでも逃げ出すべきだろうか。
屋敷お抱えの騎士団から逃げ切れればいいけれど――。
「ん? そういえば、普通の貴族の方々って、ヤドリ草やヤドリ獣を持っているの?」
僕の父さん――バッチオーク伯爵は『普通の貴族』には含まれない。
世間の常識的にはどうなのだろう。
僕の質問に、クローとティオーラ姉さんは少し考え込む。
「まあ人によるって感じですな」
「女性だったら香り高い花を好むようですぅ。あとは、珍しいヤドリ獣を競うように手に入れようとするそうですよぅ」
「実用的、実践的なヤドリは、お付きの者が使えればいいんで。ま、うちの閣下のように即戦力なヤドリを持っている方ってのは稀ですよ」
二人の言葉に僕はゆっくりと頷く。
「じゃあ、もし襲われたとしても、ライラ様一人だと抵抗出来なかったかもしれないんだ」
「まあ、屋敷の庭先だから油断したのかもしれませんが、なんで一人で湖のほとりなんかにいたんでしょうな」
ライラの訃報を聞いた時はショックだったけれど、あまりにも情報がなく、そのせいで現実感もない。
僕は湖を覗き込むライラを思い浮かべた。
月の光が、鏡のように澄み渡った水面に彼女の姿を映し出す。
なぜライラは湖に落ちたのだろう。
まさか、水鏡に映った偽者の自分に、池に引きずり込まれたとでも言うのだろうか。
しばらくすると、部屋の扉がノックされた。滑り込むように入ってきたのは――
「マリィ様」
「ごめんなさい、こんな事になって」
姉を亡くしたマリィは、少しやつれた様子だった。
いつものあどけない笑顔は消え、大人びた表情を浮かべている。
それは、彼女の喪に服した黒いドレスのせいかもしれない。
「少しいいかしら?」
「もちろんですよ」と僕が頷くと、安心したようにマリィは部屋の中に入ってきた。
リリィも一緒だ。
「この度は本当に……」
「ええ、ありがとう。でもね、わたくしには、お姉様の死を悲しむ前にすべき事があるの」
マリィはどこか思い詰めたような顔つきで、ゆっくりとソファに腰をかけた。
まるで、何か重要な事を告白しようとても言うような、こわばった様子だ。
「ライラお姉様は、深夜に庭園の散歩に出かけ、気まぐれに湖へ向かい、足を滑らせたのだろうと言うのが、正式な決定になりそうなの。お医者様の見立てでは、水の冷たさに身体がショックを受け、あっという間に亡くなられたそうよ」
「そう……でしたか」
マリィは、じっと僕の顔を見つめた。
そして立ち上がると、部屋の真ん中に立ち「フラン、いるのかしら?」と言った。
「はい、マリィお嬢様。フランはここに」
シャカシャカーっとベッドの下から、フラン姉さんが出てきた。
「わわわわわーー!?」
僕もクローも、ティオーラ姉さんも、思わず飛び退いた。
(む……虫かと思った……)
「ね、姉さん? いつから……?」
「私……隠れるのが得意で」
「得意とかそう言う次元じゃないんだけど」
「でも、本当に昔から、私の特技は隠れる事なんです」
フラン姉さんはそう言って、ほんの少し微笑んだ。
「学園の中でかくれんぼをした時なんか、私だけ見つからなくて最後まで隠れていて……結局みんなで私を探す事になったんですよ」
「学園……ですか?」
フラン姉さんは「あら」という顔をした。
「『ジャルダン学園』の話は聞いた事がないでしょうか?」
「ジャルダン……? いえ――」
フラン姉さんはティオーラ姉さんの方にちらりと視線をやる。
「そう……そうよね。知る必要はないかもしれませんね……」
「なんですか? 『ジャルダン学園』って。ティオーラ姉さんは知ってるの?」
「父さんが運営していた学園の事ですよぅ」
ティオーラ姉さんは僕の方を見ずに答えた。
「幼い子供を集めてヤドリ術を学ぶ場所を、父さんが作ったんですぅ。フランはそこに在籍していたんですよぅ」
「あら、私だけじゃなくて――」
フラン姉さんが何か言いかけるのを遮るように、ティオーラ姉さんが言葉を続ける。
「父さんは、数々の伝説を残しただけじゃなく、未来のために子供達を支援したんですぅ。そういう凄い方なんですぅ」
「そう……なんだ」
「懐かしいわね。随分と遠く昔の事みたい。私はあれからずっと隠れてばかりの人生よ」
フラン姉さんはそう言って自虐的に口の端を歪めた。
「見つかってしまえば、身の危険がせまる。自分を守るためには隠れていなければならない。そうでしょうクロー」
「あたしは――」
突然話を振られたクローは、いつも通り笑みを浮かべて……けれど、どこか悲しげな目でフラン姉さんを見つめた。
「あなたが無事でいられるなら、なんだって構わないですよ」
「優しいのね」
部屋に重い沈黙が訪れた。
けれど、それはほんのひとときのことだった。
「あの……フラン、いいかしら」
真剣な顔で口を開いたのはマリィだった。
彼女は大きく息を吸いゆっくりと吐いた。
「フラン。わたくし達、いつまでも隠れているわけにはいかないわ。今がその時だと思うの」
フラン姉さんは、マリィの顔を見つめ、それから深く頷いた。
「わかりました。マリィ様。フランはおそばであなたを支えます」
「ありがとう」
マリィは、ふわりとこちらを振り返った。
黒いドレスを着た彼女は、やはり随分と落ち着いて見える。
マリィは決意に満ちた眼差しで、僕らにこう告げた。
「ライラお姉様を殺したのは、アイリス=ガーデニアです」
(……え? 殺し……た?)
唐突に、そう告げられ、僕は頭がついていかない。
(アイリス=ガーデニア……それは、その人は――)
「そうです」
マリィは、神妙な面持ちで頷いた。
「カールリンネ侯爵であるアイリスお姉様が、ライラお姉様を殺害したのです」




