月夜の舞姫 ーフィオレンツォ視点ー
その日は、屋敷の使用人達の為のパーティーの日だった。早めに晩餐を終えた私は、パーティーの最初に挨拶をした後、部屋に戻る為にパーティー会場から出た。
私の後ろからは楽しそうな声が聞こえてくる。でも、私は参加出来ない。身分差があるからだ。ルーナにも言われたが、私が参加しては、皆が気を遣って楽しめないから、仕方がない。
だが、仕方がない事とは言え、こういう時には自分の身分が恨めしくなる。つまらない。私も参加したかった。
だが、こういう使用人の笑い声が聞こえるのは、良いものだな。普段は、私の前では使用人同士で談笑したりしないから。
良い提案をしてくれたルーナには感謝だな。
この屋敷にいる使用人の数は少ない。それは、私の立場が微妙なものだからだ。なかなか信用出来ると確信を持てる者を雇う事が出来ず、使用人がなかなか増えない。きっと大変な事もあると思うが、それでも頑張って働いてくれている皆には感謝だ。
こういうパーティーをこれからもたまに催して、労って貰うのも良いかもな。私が参加出来ない事は残念だが。
部屋に戻ると、酒を呑む事にした。今日は、レモン酒にしよう。夏には冷やしたレモン酒が美味いからな。酒瓶の蓋を開け、グラスに注ぐ。レモンの爽やかな香りが漂ってくる。
そこで、ふとルーナが現れた日も同じように酒を呑んでいた事を思い出した。あの時は、ぶどう酒だったが。
あの時の事をなぞるようにベランダに出ると、満月が見えた。
「あの時も、きれいな満月だったな」
月を眺めながら酒を呑んでいると、下の方から草を踏む音が聞こえてきた。
「何だ?」
よく見ると、ちょうど真下に人がいた。その者は、ふわふわとした足取りで庭の真ん中に行くと結っていた髪をほどき、『フフフ』と笑いながらくるくると回りだした。
その途端、漆黒の髪がふわりとひるがえった。その漆黒の髪は、月明かりに照らされ、とても美しかった。
その者の正体は、すぐに分かった。この屋敷に漆黒の髪を持つ者は、1人しかいないからだ。ルーナだ。
私がルーナを見ていると、突然ルーナが動きを止めた。そして、私が贈った扇子を構えて持つと踊り始めた。
それは、私が見た事がない不思議な踊りだった。全体的にゆったりとした動きをしているが、手の動きは目まぐるしい。扇子も時にひらひらと動き、時に閉じられる。それが実に興味深い。
そして、踊りの仕草が美しい。ルーナはもともと姿勢が良く、仕草が丁寧だと思っていたが、ここからきているのかもしれないな。
首元に手をやり、小首を傾げる。ただそれだけの仕草が美しい。女らしいその仕草に、一瞬ドキッとした。ルーナがくるりと回れば、髪もふわっと舞う。ただそれだけで美しい。
満月の夜、月明かりの下で舞うルーナの姿はとても幻想的だった。
ー本当に、月から来た天女のようだ。
私は見惚れていたのだろう。ルーナが動きを止めた途端、ハッと覚醒した。そして、慌ててその場にしゃがみ込んで隠れた。
なぜ隠れたのか何て、本人である私にもよく分からないが、踊っているところを見ていた事に気付かれないようにした。そして、そのままの姿勢でルーナの踊りを見続けた。
ルーナは1つだけではなく、その後も踊りを踊ったのだ。私はその姿をそっと見ていた。
ルーナは踊った後、屋敷に戻って行った。またパーティー会場に戻ったのだろう。私も部屋の中に戻る事にした。部屋に戻ると、先程の踊りを思い返しながら、レモン酒を呑んだ。
ーとても美しい踊りだったな。
くるりひらりと舞う扇子。手をかざす仕草。そして、小首を傾げる動作。そのどれもが素晴らしかった。
ーああ、また見たいものだ。
そう思っていると、『コンコン』と部屋のドアがノックされた。
ーオルランドか?まったく、しょうがない奴だな。あれほど、『今日は部屋に来なくて良い』と言ったのに。
「入れ」
「失礼しまーす!」
その声に、私は驚いた。明らかにオルランドの声ではない。
「ルーナ!?」
「はい!」
「なぜ、ここに?」
私が尋ねると、ルーナは手にしていたトレイを差し出してきた。
「参加出来ずに淋しい思いをしているんじゃないかと思って、差し入れを持って来ました!」
ルーナのその様子は、先程の姿とは全く違った。踊っていた時は、その仕草や表情が女らしかったが、今のルーナの様子はとても子供らしい。まるで、『どうだ!エラいでしょう?褒めて褒めて!』と言っている様な表情なのだ。
思わず、クスリと笑いをこぼしてしまった。
「何かおかしかったですか?」
「いや、何でもない。ありがとう」
私はルーナにお礼を言うと、頭をなでた。




