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六十一話 夜ニ覚

 窓から見えるのは淡く輝く月。大分寝てしまったようだ。だが、応接間にいたはずの自分が何故ベッドの上にいるのだろう。考えられるのは誰かに運ばれたということなのだが、身体を触れられても気付かないとは。よほど疲れていたらしい。雷華は大きく息を吐くと、ベッドから下りた。寝汗で身体がべたついて気持ち悪い。それに喉も渇いた。暗闇の中、月明かりを頼りに水差しを探したが、残念なことに中身が入っていなかった。

 諦めようかとも思ったが、喉は切実に渇きを訴えてくる。風呂は無理にしても身体を拭くことくらいはしたい。少し考えた雷華は、水を貰いに行くことにした。今が夜の何時……いや何刻なのか全く分からないが、誰か一人くらいは起きているだろう。


「問題は、この館が広すぎるってことなんだけど……ま、どうにかなるでしょう」


 薄暗い廊下をきょろきょろ見回しながら進んでいく。嫌な夢を見た後だ。曲がり角から突然化け物が現れたら、などと一瞬考えてしまった雷華は、苦笑しながら頭に浮かんだ映像を打ち消した。

 下へ続く階段が見えたところで、今いる場所が二階だということを知った。厨房は一階だろうと、階段を下りる。天窓から差し込む月光が、やけに明るく感じられた。

 勘を頼りに廊下を歩く。そろそろ厨房があってもいいのにと、何の根拠もなく思っていると、話し声が聞こえてきた。どうやら少し先の突き当りにある部屋に誰かいるようだ。良かった、部屋にいる人に頼めば水が貰える。雷華は隙間から灯りが漏れている部屋の扉を叩こうとしたのだが、中から聞こえてきた声にその手を止めた。


 ――リーシェレイグ様もそう遠くない未来、国王になられる身だ。他人事とは思えないんだろう。頼りになる弟がいてくれてよかったと、仰られていたよ


 ――兄上が? 俺は嫌われているものと思っていたが


 ――避けられているからか? あれにはレイグ様なりの理由があるんだよ


 ――……何故そんなにも自信を持って言える


 ――そりゃ本人から聞いたからな。リオンも知ってるぜ? 内緒にしてくれと言われてるから俺の口からは言えねえが、レイグ様本人に聞いてみろよ。きっと教えてくれるから

 

 部屋の中にいるのはルークとクレイだった。どうやら個人的な話をしているようで、部屋に入ってもいいものか躊躇う。盗み聞きをしているようで気が引けたが、もうしばらく様子を見ることにした。


 ――話は変わるが、あの男は信頼出来るのか?


 ――……ああ。気に入らない奴だが、ライカを裏切るようなことはしないだろう


 ――そうか、お前も苦労するな


 ――どういう意味だ


 ――そのまんまの意味だよ。ま、こうなった以上、ロウジュに頼るしかない。信じて待つとするか


 (ロウジュ? 彼がどうかしたのかしら?)


 二人の会話に真剣に聞き入っていた雷華は、背後から人が近づいてくることに全く気がつかなかった。「ライカ様」と声をかけられ、文字通り飛び上がって驚く。間違いなく寿命が何年か縮んだ。


「バ、バルーレッドさん」


 ばくばく煩い心臓に手を当てて振り返ると、瓶を載せた盆を持ったバルーレッドが静かに立っていた。


「驚かせてしまい申し訳ございません。ですが、どうしてこちらに?」


「あ、えっと、その、水を貰いに」


 そのつもりはなかったのだが、結果的に盗み聞きをしていたのだ。気まずさで顔がひきつる。雷華の言葉にバルーレッドが、おや、という顔になった。何かおかしなことを言っただろうか。一瞬の沈黙の間が二人の間におりる。

 説明不足だったかと、もう一度口を開こうとする。バルーレッドも何か言おうと口を開けかけた。だが、二人が言葉を発する前に部屋の扉が内側から勢いよく開かれた。


「ライカ!」


「えっ、わわっ!」


 声と同時に抱きしめられ、雷華は眼を白黒させる。自分を抱きしめているのはルークだ。それは声で分かった。だが何故抱きしめられているのか。何故彼は人間の姿をしているのか。頭の中が疑問でいっぱいになる。


「ったく。ライカが驚いてるだろうが」


 ルークの後ろからクレイのため息交じりの声が聞こえてくるが、彼の姿を見ることは出来ない。頭を押さえられているせいで、ルークの着ている濃紺のシャツしか眼に入らなかった。


「バルーレッド、すまないが水と茶を頼む。それが済んだらお前はもう休んでくれていい」


「畏まりました」


 バルーレッドが去っていくのが気配で分かる。彼の規則正しい足音が聞こえなくなって、ようやく雷華はルークの腕から解放された。


「はぁ、苦しかった。もう、びっくりするじゃない」


「す、すまない」


「許してやれよ。ルークはライカのことずっと心配してたんだ」


 心配してたのはルークだけじゃないけどなと言うクレイに促されて部屋に入り、ゆったりとした二人掛けの椅子に腰を下ろす。寄り添うようにルークがぴったりとくっついてきた。


「……ごめんなさい。頭の中がぐちゃぐちゃで、どうしたらいいか自分でもよく分からなかったのよ」


「気にすることはない。ライカが元気になってくれればそれでいい」


「ルーク……ありがとう」


 ルークに頭を撫でられた雷華は、そこでようやくこの場にロウジュがいないことに気が付いた。もし彼がいたら、ルークの行動に黙っているはずがないからだ。ルークに抱きしめられたときに気がついてもよさそうなものだが、どうやら寝起きで頭が回っていなかったらしい。


 (ルークが人間の姿なのはそうしないと会話が出来ないからだろうけど……)


「ねえ、ロウジュはどうしたの?」


 

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