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黒犬と旅する異世界 ~人の意思、世界の意思~  作者: 緋龍
人捜しを経て人助けをするに至った理由
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四十五話 知

 『星狩り』に戻った雷華は、食堂で軽く夕食を取ったあと、睡魔と闘いながら風呂に入り、意識を失うようにしてベッドに身体を沈めた。そして翌日の朝、部屋の扉を叩く音が聞こえるまで、ひたすら眠り続けた。


「んん……だれ? ロウジュ?」


 身体がまだ眠りを欲しているらしく、眼が上手く開けられない。それでも起きなければと上体を起こそうとすると、すぐ傍に人の気配がして肩を優しく押され、雷華は再びベッドに横たわった。


「いや、違う。俺が出るから、ライカは寝ていろ」


 雷華をベッドに留めた人物はそう言って扉に向かっていき、鍵を外すとがちゃりと扉を開けた。


「んー、お願い…………え!? い、いま、なんて!?」


 半分以上寝ている頭で一旦は頷いたのだが、言われた言葉を反芻はんすうして一気に覚醒した。がばっと勢いよくベッドから飛び起きる。


「ライカねえおっはよ、う? え?」


 扉を叩いていたのはキールだった。彼は、雷華に元気よく挨拶をしようと満面の笑みを浮かべていたのだが、扉を開けた人物を見て笑顔のまま固まってしまった。だが固まっているのはキールだけではない。雷華もベッドの上で上体を起こしたまま、自分の眼に映っている出来事が信じられず、瞬きすら忘れて固まった。一体は何をしているのか。もしかして自分は夢を見ているのだろうか、などと混乱した頭で考える。


「ライカはまだ寝ている。用があるなら一刻後にまた来い」


 固まっているキールにそう言うと、彼と雷華の思考を停止させた、いやさせている人物はばたんと扉を閉めた。何事もなかったかのように雷華の傍に戻ってくる。


「はいいぃぃぃぃっ!?」

「えええええっっっ!!」


 陽の光が爽やかに差し込む朝の『星狩り』に雷華とキールの叫びが響き渡った。



「で、いつからその姿に?」


 椅子に座る黒髪の長身の騎士をぎろりと睨む。ルークはキールに一刻後にまた来いと言っていたが、二度寝など出来るはずもなく、すぐに顔を洗って夜着からいつもの服に着替えた。


「四半刻前だな。どれぐらいの間戻っていられるのか知りたかった。ライカ、怒っているのか」


 白いシャツを着崩して優雅に――少なくとも雷華にはそう見えた――足を組んでいる黒髪の騎士、ルークは不思議そうに首を傾げた。雷華は彼の怜悧な顔に拳を叩きこみたい衝動に駆られたが、あっさりと受け止められそうだと思い我慢する。その代わり、両手で胸倉を掴んだ。思いもよらない雷華の行動に、ルークの鋭い眼が驚きで見開かれる。


「そりゃ怒るわよ! キールにどう説明するつもり!」


「あ、あの少年には前に会っている。だから問題ないだろう」


「あるわよ!」


 前後に揺さぶろうとするのだが、ルークが雷華の手を掴んだため、びくともしない。ルークは座っていて雷華は立っているにも拘わらずだ。力が違いすぎる。だが、雷華は諦めなかった。なんとか彼を揺さぶろうとますます手に力を込める。 


「ライカ、腹空いた。そんな犬放っておいて食べに行こう」


 ロウジュが雷華の肩に手を置く。隣の部屋で寝ていた彼は、叫び声で飛び起き、短剣を手にして雷華の部屋に駆けこんできた。そしてルークの姿を見るや否や、驚くべき素早さで斬りかかった。それをかわして足払いを仕掛けるルーク。二人の攻防は、雷華が部屋から出ていけと叫ぶまで続いた。止めなければ宿に甚大な被害が出ていただろう。

 雷華に出ていけと言われたことがよほど堪えたらしく、部屋に戻ってきた二人はすっかり大人しくなっていた。


「誰が犬だ!」


 ルークは雷華に胸倉を掴まれたまま、彼女の横にいるロウジュに鋭い目線を向ける。


「犬だろう」


「俺は人間だ!」


「犬人間」


「きっ貴様っ!」


 ルークが椅子から勢いよく立ち上がろうとするが、雷華がそれを止めた。掴んでいた胸倉から手を放し、ぱんと叩く。もう怒りは消えていた。もともと混乱していただけで、本気で怒っていたわけではない。身体的ではない疲れは感じていたが。


「はい、そこまで。他の宿のお客さんに迷惑でしょうが。ルーク、少しは反省してよね。ロウジュ、犬人間は言いすぎよ」


 ルークから離れて荷物の中から財布用の皮袋を取り出す。ロウジュの言うとおり空腹を感じていた。ご飯を食べればキールに説明する上手い言い訳を思い付くかもしれない。そんな淡い期待を抱きながら、雷華は睨み合う二人を促して宿の外に出た。

 一番最初に目に付いた食堂に入り、パンとスープとサラダを注文する。ルークとロウジュも同じものを頼んだ。量は雷華の倍ほどだったが。朝からよく食べるものだと感心する。熱々のスープを飲みながら、キールならルークのことはただの知り合いで誤魔化されてくれるかなと、かなり失礼なことを雷華は考えた。   

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