表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プロジェクト【サハ】  作者: 諸星佑月
【第一章】箱船は終末から

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/38

別世界の人

 靴が厚い雪を踏むたびに、ふわりと柔らかい音がした。

 冬の景色というのは概してシンプルで、とりわけ大雪の後はまさにそうだ。常緑の植物ですら、雪に覆われると黒ずんで見える。厚手のダウンジャケットを着た少年が、小さな林の中を歩きながら息を白く吐き、何かを探すようにあたりを見回していた。

 ついに少年は立ち止まり、明らかに目当てのものを見つけたように、くるりと向きを変え、ある木に向かって歩み寄った。

「ハルカ」

 少年はしゃがみ込み、木の後ろに隠れている小さな子に声をかけた。

 その子が顔を上げた。腕に顔をうずめて長いこと泣いていたようで、涙で顔はぐしゃぐしゃだ。年齢が幼いせいか、見た目は男の子か女の子か見分けつかない。淡いオレンジ色の短髪はぼさぼさで、着ているものはとても薄着だった。おそらく家を飛び出してきたのだろう、防寒の支度もできていなかった。

「やっぱりここにいたか。またルキウスと喧嘩した?」

「そんなやつ、知らない!」

 ハルカはそっぽを向いてと鼻を鳴らした。

 少年はため息をついた。見た目こそ十歳ほどだが、どこか大人びた落ち着きを持っている。彼は自分の着ていた分厚いダウンジャケットを脱ぎ、隣にしゃがんでいるハルカにかけてやり、自分もその隣に腰を下ろした。

「話してくれない?どうして喧嘩したのか」

「……なんにも教えてくれないんだもん。あいつについて、こっちはすごく知りたかったのに、だってずっと一緒にいるのに、なにを聞いてもガキに知る必要ないっしか言うし」

 少年は少しの間黙っていたが、やがて口を開いた。

「……ハルカは、嫌なの?こういう他人とは、至っておかしい家が」

「おかしいって言っても、もともとずっとこうなっているし……いろいろ他とは違うけど、嫌なんて思ったことがない。なのに、いくらなんでもルキウスは酷いよ!」

「じゃあ、ルキウスが嫌いなの?」

「……そういう言い方はズルいぞリツ(にー)!」

「ハハッ……ゴホッ!ゴホッ……」

「あっごめん!寒いよね?また肺が気持ちわるいの?」

 少年は彼女の頭をそっと撫でた。

「ハルカ、よく聞いて。ルキウスはね、こうして僕たちの世話をするのは、僕のわがままを聞いてくれたからだ。本当はすごくやさしい人ってね。さっき僕が帰ってきたとき、ルキウスすごく焦ってたよ。だから僕にあなたを探しに行けって頼んだんだ」

「……本当に焦ってるなら、自分でこればいいじゃん。絶対めんどくさかってるだけだもん……」

「彼にも気持ちを整理するから。喧嘩の時ハルカは彼に何って言った?」

「……親でもないくせに」

「ね?喧嘩、衝突、こういうことはね、いつも両方とも非があるからこそ生じた現象だよ」

「またそういう賢い話……リツ(にー)のことは好きだけど、そういうところはちょっとムカつく」

「そっか。じゃあハルカに嫌われないよう、これから僕は話し方を注意するね。その代わり、ハルカもちゃんと僕の言う事を聞いてね?」

「……わかった」

 ハルカはぽかんと彼を見つめて、やがてこくんとうなずいた。


「うわああああっ!」

「起きなさい、ヒヨリ!これっぽっちでへばってるの?」

 異世界に転移してきた三人の二日目の朝。拠点にある訓練場では、すでに何重もの人垣ができていた。

 そこは雑草も岩もない広々とした空き地で、十数人が同時に訓練できるほどの広さだ。いつもならこの時間帯に訓練場に人は少ないが、今日は例外だった。原因は、あの「余所者」の三人だ。

 エリザベスは朝早くからやって来て、三人の戦闘能力を確かめたいと申し出た。しかも強引に拒否は認められなかった。ただの素手での勝負だったが、ハルカは真っ先に興奮して名乗り出た。その流れで、三人ともこの稽古に付き合った。

 一人目のハルカはすでに信じられないほど動きが常人じゃない。彼女のスピードは、エリザベスの目でも追いきれず、一本の足払いで体勢を崩されたかと思えば、次の一撃が寸でのところで地面に炸裂し、大きな音と亀裂を走らせた。

 その衝撃音で集まってきた血族たちも、思わず息を呑む。

 フクロには言うまでもない。まさに戦闘慣れしたタイプ。完成された、ほぼ完璧と言える動きをしている、かつてどれだけの実戦を経てきたのか想像もつかない。的確な拳撃、肘打ち、蹴り。観客からも次々と感嘆の声が上がった。

 しかしヒヨリはまったく違った。

 まるで戦いにならない。いや、違う――まったくの戦いの素人だ。エリザベスはたった一つの投げ技でヒヨリを地面に叩きつけた。

 ヒヨリの動き自体は悪くない、それ程の反応速度と力は確かにある。だが、戦いに必要な基本が全くなっていない。周囲からは笑い声が漏れたほどの素人だ。

 人群の中にカインもいる。彼は他の誰とも話さず、訓練場の端で静かに戦いを見つめていた。

「ここにいたのか」

 いつの間にか隣に現れたのは、ブルーハー血族の現族長、ヴラドだった。

「おはよう、ヴラド。昨日は忙しかっただろ?」

「まあ、なんとか皆を説得したよ……大体はな。でも、俺一人だけじゃだめだ。彼ら自身で何かやらきゃ意味がない」

「余所者のためにここまで無理する必要なんてないのに」

「族長として期待されている以上、やらなきゃならないこともある」

 しばらく沈黙が流れたのち、カインは訓練場中央の三人に目をやり、質問した。

「あの三人のこと、エリィに試させてたけど、どう?」

「うん、結論は出たよ」

 ちょうどハルカがヒヨリを助け起こしたところで、ヴラドがまっすぐ訓練場の中に歩いてきた。三人は彼に気づくと、ヒヨリが慌てて手を振った。

「おっ、ヴラド!昨日は本当にありがとうな!」

 ヴラドも笑顔で手を振り返した。

「礼はいい。今ここの状況については把握してるだろう。昨日も言ったように、お前たちは当分この拠点にいなきゃならない、が……ただ飯を食わせるわけにはいかない。だからお前たちを、それぞれ適した仕事に振り分けることにする。しっかり働く意思があるなら、しばらくの間は族の一員として扱ってやってもいい」

「仕事って、具体的には何を?」

 フクロがすかさず尋ねた。

「さっきのテストは、それを決めるためでもあった。フクロ、お前は外部戦闘班だ。外にはグールの脅威もあるが、お前なら問題ないだろう。ヒヨリ、お前は何故かウイルスに耐性がありそうだが、戦闘では役に立たない。拠点内で働いてもらう、詳細は後で伝える」

「お、おう……」

 想定通りの判断だったが、金髪の少年は少し落ち込み、目を伏せた。

「じゃあ私は?」

「ハルカは同じ拠点に残れ」

「えーっ!?なんでよーっ!」

 その不満の声に、周囲もやや驚いたようだった。

「聞くまでもないだろう。戦闘能力には優秀だが、お前にウイルスだらけの外に晒す訳にはいかない。フクロのその能力、遠距離でもグールに大ダメージを与えられる、昨日俺も確かめた。比べて、お前には外出なんて有り得ない」

 ハルカはじっと彼の目を見つめ、やや怒ったように言葉を発した。

「私、身を守るためにここに来たわけじゃないんだぞ。試しもないのに勝手に無理って言うな、安全な場所で引きこもったら昔と変わんないじゃない!」

「……つまり、死にたいってことか?」

「死ぬのが怖いなら、ここに来るわけない!」

「いい加減にしろ!」

 ヴラドは、まったくの譲りもなく少女に怒鳴る。

「お前はどこから来たのかは知らない、別に知らなくてもいい。だが、この世界には、命より大事なもの何ひとつもねえんだ!生きている以上、お前の命はお前ひとりのもんじゃねえって、覚えておけ!」

 少女は、言葉を失った。

「……それでもここから出たいなら勝手にしろ。俺はただ、お前にはどうしても手放せたくない人がいるようだから言ったまでだ」

 ヴラドはこの言葉を残し、あっさりとその場を離れた。周りの血族たちもそれぞれの仕事場に戻り、カインやエリザベスも余計なことを言う気はない。

「……いいな、ハルカは」

 その言葉を呟いたのは、ぼーとしているハルカの背中を眺めているヒヨリだった。

 それを聞き取れたフクロは、ただ腕をそのまま組み、小さな声で返事した。

「あいつこそ、本当の別世界の人だろう」


「……」

 もう外部戦闘班の出発時間はとっくに過ぎていた。皆がそれぞれの作業に取りかかっており、ハルカとヒヨリもその中にいた。

 いつもは賑やかに言い合っているハルカだが、今日は珍しく口を閉ざしたまま。

 ヴラドが彼らに任せた仕事は、部族の年寄りや子どもたちの手伝いだった。食糧が入った袋を担いだ二人は、無言で肩を並べて歩いていた。互いに何を考えている様子だった。

 目的地の家に着いた。三人の寮よりも古い黒い木造小屋で、拠点の端にひっそりと佇んでいた。二人は足を止め、まずはドアをノックしようとした。

「……あの……」

 おずおずとした幼い声が聞こえ、ハルカは足を止めて横を見下ろした。

「ヴラド兄ちゃんに言われて、来たんですか……?」

 膝の高さほどしかない小さな女の子だった。真っ赤な瞳をしていて、淡いピンク色の髪がどこか心地よかった。この黒と赤が支配する世界でそんな色を目にして、ハルカは一瞬故郷にある春の記憶の中に沈んだ。

「あっ、うん。ここはえっと……カーミラさんの家だよね?」

 ヒヨリが優しくしゃがみこんで笑顔で尋ねる。

「うん!私はリリス、ここは私とおばあちゃんの家なの。お兄さんとお姉さんの名前は?」

「ハルカ」

「ヒヨリだよ。ヴラドに言われて来たんだけど、中に入ってもいい?」

 リリスは嬉しそうにうなずき、ドアの前に駆けていき、自分の頭よりも高い木の取っ手を軽々と押して、ギィとドアを開けた。

 昼間にもかかわらず、室内は光が入らず薄暗かった。リリスに案内され、二人は暗闇に躓かずに済んだ。四角いテーブルと揺り椅子が置かれた部屋を通り過ぎ、リリスは内室の前で立ち止まり、ノックしてからドアを開けて中に入った。

「おばあちゃん!」

 少女は室内にいた人物に飛びついた。

 そこには白髪の老女がいた。美しい刺繍の入った長いドレスを着て、ベッドの傍らに座っていた。リリスを見て、老女は優しく女の子の柔らかい髪を撫でた。

「おばあちゃん、昨日話した人たちだよ!ヴラド兄ちゃんが、今日からお兄さんとお姉さんが私たちを手伝ってくれるって!」

「……そうかい?」

 カーミラは二人を見上げた。その優しい表情は一瞬で消え、警戒する鋭い視線が彼らに突き刺さった。

「えっと……ヴラドに言われて、食料も持ってきたんだけど……」

 ハルカがどぎまぎしながら話しかけ、肘でヒヨリを小突きながら小声で言った。

「あんたも何か言ってよ!」

「えっ、俺?あの……」

 二人の焦った様子を見て、カーミラは深くため息をついた。

「リリス、あなたは外に出なさい。この二人に話がある」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ