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プロジェクト【サハ】  作者: 諸星佑月
【第一章】箱船は終末から

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血族

「うわあっ!」

 もう少しで急カーブに振り落とされるところだったハルカは思わず絶叫した。

「しっかりつかまって、もうすぐ着く」

 前方でカインが振り返しながら注意した。

 彼らはいま、巨大な赤い大蛇に乗って、森の中を障害物もものともせず猛スピードで突き進んでいた。

 ヴラドが連れていくと決めたの以上、カインがどういうわけかこの巨大な蛇を不思議に出してきたのだ。

 カインの説明では「これは生き物てはない」とのことだったが、どう見ても舌をチロチロと出すこの物が死んでいるようには見えない。できるだけ早く拠点に向かわなければならなかったため、最速の移動手段としてこの蛇に乗ることにしたのだが、流石に蛇とは……とはいえ今は感心する余裕もない。

 突然、視界が一気に開けた。どうやらついに森を抜けて、山を登り始めたようだ。山頂の赤い岩にぶつかる前に、蛇が大きく跳ねて急停止し、まるでブレーキをかけたかのようにぴたりと止まった。そして、蛇の頭の上に乗っていた者たちが赤い岩の向こうを見下ろせる位置に。

 山の頂上はなんと巨大な盆地になっている。まわりは赤い巨大な結晶でぐるりと囲まれ、要塞のように守られている。盆地の中には大小の木造の建物があり、そこにはかなりの人々が行き来していた。人々は蛇の出現に気づき、次々と空を見上げて叫び出した。

「ヴラドだ!ヴラドたちが帰ってきた!」

「あれ……ウソだろ、よそ者がいる?!」

「え?!よそ者なんて、何百年もいないのに……」

 混乱と疑念の声が案の定溢れてきそうだ。

「セト!」

 ヴラドは拠点に飛び降りながら大声で叫んだ。

「セト!緊急手術だ!グールに噛まれた人がいる!」

 ヴラドの叫びで一瞬沈静化していた人々だったが、これで更にパニックになった。

「なに!?そんなのもうグールになったんじゃないのか!?」

「ウイルスが持ち込まれるのに!」

「……全員、静かに!」

 ヴラドが怒鳴りつけると、周囲はやっと静かになった。

「ったく、騒ぐなよ……」

 声の主は、ある木造の小屋から出てきた、五十代、あるいは六十代の男性だった。茶色の長髪を乱雑に束ね、赤い目の下には濃いクマがあった。歩きながら、さっきまで右往左往していた連中に小言を始める。

「そいつは?」

 ヴラドが振り返って、カインは蛇の頭部を操ってそれを盆地内へと差し込んだ。蛇の頭の上から、フクロがヒヨリを支えながら慎重に飛び降り、ハルカもそれに続いた。

「頼む」

「お願いします!ヒヨリを助けてください!」

 セトは二人にヒヨリを支えさせ、木小屋の中の部屋へと案内した。そこは手術室のようで、ベッドが一台置かれており、周囲には注射器や瓶、不明な用途のチューブなどが所狭しと並んでいた。床にはおそらく拭ききれなかった血痕も残っている。ヒヨリをベッドに寝かせると、セトは手際よく頑丈そうな革の縄でヒヨリをしっかりと固定した。

「よし、あんたらは外に出ろ」

 セトは手袋を着けながら言った。

「あとはこっちに任せる」

 バタン、とドアの音を立てて、二人は外に出された。

 緊張が解けたのか、ハルカとフクロはその場に座り込んだ。

「ヒヨリ……無事だといいけど……」

 ハルカは心配そうに木屋のドアを見つめて言った。

 フクロは返事しなかった。無意識のうちに右手で地面に爪痕ができるほど力が入っていた。

「セトを信じよう。さっき俺が注射したのはセトが作った薬だ。きっと大丈夫だ」

 ヴラドやカイン、そしてエリザベスが歩み寄ってきた。

「……礼を言う」

 フクロが立ち上がった。

「じゃあ、今度は君たちが答える番だ」

 カインが微笑みながら話をかけてきた。

「彼の名前がヒヨリってことはわかったが、君たちの方は?一体、どこから来たの?」

「私はハルカ!こっちはフクロだ。ええっと……どこからって……別世界から、シュって来たっつうか……グインっと来たっつうか……」

 フクロの予想通り、ハルカは全く説明になっていない答えを返した。向こうの三人の表情には疑念が浮かび、周囲の血族たちも理解不能の顔をしていた。

「……信じ難いだろうけど、俺たちはここと全然違う世界からやって来た。さっきの怪物も、天上にあるあの不思議な城も、今日始めて見た」

「ふざけるのも大概にしてもらえる?」

 エリザベスからは明白な敵意を感じる。

「こんなウソをついて、なんの意味もないのに。大人しく()()()から降りたって言っても、別に私達特に何もしないから」

「天空城?」

 ハルカがこの言葉を口にし、顔を上げた。

「あれ、天空城っていうのか」

「……馬鹿にしてるの?」

「まあ待てエリィ、僕からまだ聞きたいことがある」

 カインという銀髪の青年がいいタイミングで話をそらした。

「僕たちがあそこに駆け付けたのは、妙な雷のためだ。ちょうどそこに君たちがいた……偶然ではないと思うが」

「雷?……あっ、これのことか?」

「ゴロッ!」

 フクロの左手から爆発的な黒い雷がほとばしった。強烈な閃光が走るが、誰も傷つけないように力を制御している。それでも視覚上威力が減ることなく、誰もが口をあんぐりと開けていた。

 ヴラドはただ、考え込んでいる様子だった。

「……カイン、どう思う?」

「確かに、別の世界なんて奇想天外な話だが……危ない連中ではなさそうだ。もちろん、判断するのはヴラド、君だよ」

 親友の意見を確認すると、ヴラドは深く息を吸って、二人に正式に告げた。

「俺は、ブルーハー血族九十六代目族長、ヴラド・ブルーハーだ。この一族が完全にお前たちを信用するまでは、ここを離れることは許さん。行動も我々が監視する。それが、お前たちを助けた代価として考えてくれ。もし逆らうなら、容赦なく力を行使する」

 族長。

 こんな二十代の青年にしか見えない人が、まさかの族長とは。だが、この者から漂うカリスマの素質も、これで理由がわかった。 

「おおっ!フクロ!ハルカ!無事だったんだな!よかった!」

 木小屋のドアがバタンと勢いよく開き、そこにいたのは、まるで何事もなかったかのように元気なヒヨリだった。それからセトも彼の後ろに、ゆっくりと歩いてきた。

 ハルカとフクロは、どういう状況か全くわからない顔だった。

 手術って、普通長い時間がかかるもののはずだが、こんなに早く終わるとは考えもしなかった。まだ五分も経っていないのに。

 一番驚いていたのは、ヴラドたちの方だった。セトの手術が、こんな短時間で終わったことなど一度もなかったからだ。

「ヒヨリ!あんた……もう大丈夫なの?」

「バッチリ!何ともないよ。あのおっさんがどうやったかは知らないけど、体にはどこもおかしくねえし!」

 金髪の少年は笑って、自分の右手を見せた。そこにあったはずの黒い痕跡は、もう跡形もない。

「いや、オレは何もしなかったぞ」

「どういうことだ?」

 ヴラドがセトに尋ねる。

「ほんとに何も。いま始めようとしたところだが、ウイルスの痕跡が全部消えていた。完全に体に侵入し感染したと思ったんだが……こいつに何の変化もなかった。まるで、普通に一眠りしただけだった」

 セト自身も困惑しているように見える。

「でも、ありがとうな、おっさん!それで、ここってどこ――」

「ドガッ!」

 ヒヨリの言葉が途中で止まった。フクロの拳が、突然彼の顔に拳を叩き込んだ。

 その力はあまりに強く、ヒヨリはそのまま後ろの小屋にぶつかって、建物全体がぐらつき、埃が舞い上がった。

 ハルカも含まれ、周囲は騒然となった。

「……ちょっと、フクロ!何を……!」

 背中から衝撃の痛みが走り、左の頬もジンジンと熱く痛んだ。ヒヨリは立ち上がれず、地面に座り込んでいた。前から足音が近づいてくる。

 フクロはハルカの問いかけを無視して彼女を押しのけ、ヒヨリの前に立った。

「死にたいなら、いくらでも相手してやる」

 冷たくも怒気をはらんだ声だった。

「今回運がよかったな、じゃなきゃ今ごろお前は死んでた。俺がそんなに守られるほど弱そうに見えるのか?」

 赤い瞳が金髪の少年を怒りのまなざしで見据えていた。

「……知るかよ、そんなもん」

 ヒヨリの青い瞳は一瞬曇ったが、すぐに顔を上げ、まっすぐフクロを見返した。

「お前が強いかどうか、俺が死ぬかどうか、考えもしなかった。体が動いた、それだけだ」

 フクロはもう一度拳を握った。ハルカは、また殴るのかと止めに入ろうとしたが、フクロはくるりと背を向けた。

「愚かにもほどがある。次は、ない」

 そう吐き捨てて、彼はセトたちの方へ歩いて行き、聞きたいことがあるとだけ言って、他の血族たちと段々去っていく。

 ヒヨリは動かずにそこに座っていた。

「よっ」

 ハルカの声に彼が顔を上げる。彼女は苦笑を浮かべながら、ヒヨリの隣に腰を下ろした。

「やれやれ、今日が初対面なのに、二人共個性的だな」

 ハルカはヒヨリの背をポンポンと叩いた。

「……俺、そんなに怒らせるようなことしたのかな……」

「っつうかさっき門に入る前もそう!怒るタイミング逃したんだけど、私だってフクロと同じあんたに一発殴りたいぐらい怒ったからね」

「え?なんで……?」

「なんでって……」

 ハルカは不思議そうにヒヨリを見た。

「だって、ヒヨリが死んじゃうところだったじゃん!」

 ヒヨリの目には、少しだけ光が戻った。

「……ごめん。俺、人付き合いとかあんまり慣れてなくて、いろいろ分かってないんだ。でも、ありがとう、ハルカ」

「ふん……フクロもいいあんたもいい、ほんっと不思議な奴だな……」

 その時、少し離れたところから金髪の女性、エリザベスが近づいてきた。

 よく見ると、エリザベスの頭部右上の方に、拳ほどの大きさの血のような赤い結晶があり、羊の角のような形をしていた。最初は装飾品かと思っていたが、どうやら身体の一部らしい。

「ハルカ、ヒヨリ、ね。ヴラドに、あなたたちの監視役をすることになったわ。それと、拠点を案内してあげる、ついてきて」

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