クララの手紙④
ケンドー先生。
なかなかお手紙が書けずにおりました。
先生、わたくしは失敗したのです。
《大陸の架け橋》から報告を受けました。
計画が頓挫した、と。
《オオ虫ノ国》を隷属させるその第一歩となる此度の作戦は、失敗に終わったと。
なんと忌々しい事でしょうか。
そうです。
わたくしは、裏から手を回し《オオ虫ノ国》のラウイ殿下と取り引きを行っておりました。
クーデターを起こすよう、そそのかしていたのは、わたくしです。
ラウイ殿下から買い取った七名の獣人。
檻の中の彼らは、薬で朦朧としていても美しく、品格が漂い、わたくしはすっかり魅了されてしまいました。
本当に素敵な毛皮でした。
それからは、獣人について詳しく調べ、王国ごと手に入れるため、ラウイ殿下に資金や資材を提供し、クーデターを起こさせようとしたのです。
ラウイ殿下は、とてもわかりやすい方でした。
何が欲しいかわかりやすい相手というのは、本当に御し易い。
だからこそ、リア姫などよりも、ラウイ殿下の方が取引相手としては理想的でした。
しかし、今回の作戦は失敗に終わりました。
《大陸の架け橋》の者からラウイ殿下の死を伝えられた時は、目の前が真っ暗になりました。
それだけではございません。
《オオ虫ノ国》に中毒性の高い薬物をばら撒いて、王国丸ごと腑抜けにしようと言う企みも、何者かに阻まれました。
ああ、なんたる事でしょう。
でもわたくしは諦めません。
いつか必ず、オオ虫ノ国を手に入れます。
いつか必ず、獣人達を手に入れます。
いつか必ず、あの美しい獣人の毛皮を手に入れてみせます。
胸の高鳴りが止まりません。
彼らの毛皮、そのすべてが、いつかわたくしの物になるのです。
わたくしが手に入れ、わたくしが身にまとい、わたくしが売りさばくのです。
わたくしにとって望ましいのは、《ラ虫ノ国》と《オオ虫ノ国》との間に戦争が起こる事。
そうなれば獣人の毛皮は、敵を服従させた証となるからです。
毛皮で身体を包む事により、強き者であると喧伝出来るのです。
老若男女、縞模様の毛皮を買い漁るはずでしょう。
それはわたくしにとって、大変好都合。
そこからいよいよ《大陸の架け橋》の出番となるからです。
そう。
わたくしの一族が経営する商会。
それこそが《大陸の架け橋》。
普通の商人は機会を逃さないよう努力する。
けれど優秀な商人は、機会を自分から作る。
これはわたくしの父の言葉です。
わたくしは父の教えを守っているつもりです。
それなのに、わたくしの両親は、わたくしの行いに反対しておりました。
わたくしが獣人を売り買いする事をよく思わなかったのです。
「野蛮だ」などと直接的な言葉で諌められた事もございます。
ああ、身内に理解してもらえないというのは、なんともつらい事です。
けれど、わたくしならば、この商いをさらに大きくする事ができるはずです。
恥を忍んで申し上げますが——。
失敗は一つだけではありませんでした。
大きな事を成そうとする時は、邪魔がいくつも入るものです。
《オオ虫ノ国》からせっかく仕入れる事の出来た七名の獣人……わたくしの素晴らしい毛皮となる予定だった彼らですが——。
あろう事か、何者かに盗まれてしまったのです。
盗まれた……いえ、逃げ出したと言うべきですね。
今、あらゆる手を使って行方を追っていますが、《オオ虫ノ国》まで逃げられてしまえば、もう取り返すのは困難でしょう。
見張りは何をしていたのか、厳しく追求したのですが「ナイフ使いの銀髪の少年にやられた」などと、寝言のような事をのたまうだけでした。
忌々しいことです。
追い剥ぎに見ぐるみ剥がされたような最悪の心地です。
なぜこうも事が上手く進まなかったのか——。
まるでどこからか情報が漏れてしまったのではないか。
そんな思いに駆られます。
ケンドー先生、まさかあなたが——いえ、やめましょう。
人間である先生が獣人の国の肩を持つはずがありません。
ケンドー先生。
わたくしの野心は、まだ折れておりません。
今回、せっかく育てた『竜』が目覚める事はありませんでした。
けれど、わたくしは新たなる『竜』を大陸に解き放つ準備をしております。
次なる『竜』——それは『信仰』です。
力ずくで奪おうとすれば、今回のように失敗に終わる事を学びました。
だからこそ、次は、もっと内面から、じっくりと支配の手を広げていこうと思うのです。
『竜』を祀る新興宗教——。
それを人間国から諸外国へ、じわじわと広めていこうとわたくしは考えております。
獣人のように牙と爪を持ち、魚人のように鱗を持ち、鳥人のように空を翔ぶ、気高き竜。
この神獣を核とする信仰を『大陸の架け橋』の情報網を使って、世界中に広める……それが、わたくしの打つ次なる手です。
元々《オオ虫ノ国》には長虫信仰という土台があります。
全く新しい信仰を広めるのではなく、長虫信仰を利用しようと思うのです。
我々は元々、大きな魂の流れの一つである。
その魂は一つ一つが、一匹の『長虫』——つまり蛇であり、毛皮をまとった蛇が獣となり、羽をまとった蛇が鳥に、鱗をまとった蛇が魚となり、衣をまとった蛇が人となった。
死した蛇は、かりそめの身体から抜け出して、また大いなる流れに戻って行く。
その大元となる魂の流れ——それを人は『竜』と呼ぶ。
最後にこの一文をつけるだけで、竜は蛇を飲み込む事が出来るのです。
古い信仰を吸収する事が出来るのです。
古くからある信仰は、打ち滅ぼすのでもなく、なかった事にするのでもない——新しい信仰で包んでしまうのです。
ケンドー先生。
わたくしは学院では落ちこぼれでした。
何度先生からレポートのやり直しをさせられた事でしょう。
けれど、わたくしは投げ出しませんでした。
先生、わたくしは諦めません。
お父様は身を引く時期を見極めるのが商人だと申します。
けれどもわたくしは、お父様とは違います。
一度喰らいついたのなら消して牙を緩めません。
それこそ、蛇のように。
竹藪の暗がりからじっと伺い、瞬きする事なく獲物を狙い続けますわ。
人は裸で生まれました。
虎のような毛皮も、魚のような鱗も、鳥のような羽も持たずに生まれました。
だからこそ、人は他者から奪うのです。
裸のままでは生きていけないのです。
毛皮を奪い、鱗を剥がし、羽をむしり、人は、生きていくのです。
それこそが、人間らしく生きると言う事なのではないでしょうか?
わたくしは狂っておりません。
わたくしは歪んでおりません。
わたくしは悪ではありません。
わたくしこそが、人間そのものである。
ただ、それだけなのです。
——《ラ虫ノ国》の人間 クララ=エンジュ




