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「ボクにはもう、この剥ぎ取りナイフしか残ってないんだ!」


 クローの敏捷なナイフ捌き。

 絶え間ないその動きをなんとかかわす。


「だったら、この国のヤツら全員、化けの皮を剥がしてやるよ! 全部引き剥がして、白日の元に晒してやる。どんなに醜いか、どんなに恐ろしい()()()()なのか、ボクが剝いでわからせてやる!」


 オレは必死にナイフの太刀筋を避け、軌道を変えようと毛皮で弾く。

 けれどその毛皮もナイフによって切り裂かれる。

 その隙間から繰り出される剥ぎ取りナイフの刃先。


「ボクは追い剥ぎだ! 《王の鉤爪》のミオ! ボクを捕まえてみろ! でないと、ボクはいつかこの国ごと全部剥ぎ取ってやるぞ!」

 

 危うく目を突かれそうになり、オレは慌てて床に転がった。


「ミオ君!」


 背後からトキワ隊長の声が聞こえた。

 けれど、確認する間もなくクローの追撃が来る。


 細く裂かれた毛皮を鞭のようにしならせてクローの右腕を叩く。

 一瞬緩んだ隙に、オレはなんとか体勢を立て直して毛皮をパンっと両手で引っ張る。


「遅くなってすまない! 私達も援護するよ!」


 そう叫ぶトキワ隊長。

 しかし、すぐにバショウ隊長の「いや、トキワ。待つんだ」という声が聞こえた。


「オレちゃまはオレちゃまだからね。任せてみよう」


(はっ……なんだよそれ)


 オレは苦笑いを浮かべて振り返らないまま叫んだ。


「バショウ隊長、それは『めんどくさい事は部下に任せて自分は休憩したいな』って事ですね!」

「違うよ! 全然違う!」

「『いざとなったら全部部下に責任をおっかぶせて、知らぬ存ぜぬを決め込もう』って事ですね!」

「だから違うってば!」

「違うんですか? オレ、心を読むのが得意なんですけど。てっきり『こいつは頼りになる部下だから、多分大丈夫だろう』って思われているのかと思いました!」


 少しの沈黙の後、バショウ隊長の言葉が届いた。


「……それはまあ、違わないかな」


 バショウ隊長は、どうやら苦笑いを浮かべているようだった。


「もうちょっと言葉を包んでくれよ」

「オレたちは、剥き出しのままじゃ生きられないですもんね」

「そうだね」


 こんな場だというのに、バショウ隊長の声は相変わらずひょうひょうとしていた。


「でも、オレちゃまみたいな生き方も、あたくしはちょっと羨ましいよ」

「……またまた、何言ってるんですか」

「これは、あたくしには珍しく、そのままの意味さ。言葉を包まずに言うとね、オレちゃま。剥き出しで生きられる強さに、あたくしはどこかで憧れているんだよ」


 バショウ隊長の言葉に、オレは意表をつかれた。


(……まったく、あの人は)


 心の中でため息をつく。


(そんな風に言われたら、頑張るしかないじゃないか)


 オレは心を決める。

 深く息を吐き、そして吸った。

 クローに真っ直ぐ相対する。


 低い声でクローはつぶやく。


「持たざる者は貧しさから震える。けれど、持っている者だって、奪われる恐怖で震えるべきだ。剥ぎ取られる怖れを思い知るべきだ」


 クローはさらに勢いを増して、次々と斬撃を繰り出す。


 オレはそれを避けながら、ふと場違いな事を思った。


(なんだか花を差し出されているみたいだな)


 奪うのではなく、与えるようだ。


 クローにそれを言ったら、「君は随分と気持ち悪い事を言うんだな」ときっと笑うだろう。


 ナイフがオレの頬を抉った。

 その瞬間、なぜかクローの動きが緩慢になった。

 あきらかに動揺していた。


「これでボクも、けだもの——かな」


 クローはその時、なんだか泣きそうな顔をしていた。

 怖かったのかもしれない。

 寂しかったのかもしれない。


 オレは、花屋で見た光景を思い出す。

 一つの花束が出来上がる、素早くも丁寧な手つき。



——差し出された花は……そうだな。全部一つにまとめて、紐で縛ろう。



 オレは裂かれて細くなった毛皮を、クローの細い腰に向かってしならせる。

 一瞬遅れてクローが反応する。

 ロープのように巻きついた毛皮を断ち切ろうとナイフを振りかぶる。



——ちょっと綺麗な紙を選んで茎の先から花の頭まで、ふんわりと覆ってやろう。



 擦り切れた毛皮をクロー顔に叩きつけ、視界を覆ってからナイフを持つ彼の腕ごとくるむ。



——最後に、支点をずらさないように、リボンを巻きつけて完成だ。



 細く切り刻まれた毛皮。

 それを、頭、肩、腕、脚、あらゆる箇所に素早く絡ませる。


 大切な人に贈る花束のように。

 中身を傷つけないよう守る、包み。



——生虜捕縛・《花包み》



 クローは、完全に拘束された。

 身動きが取れず、微かなうめき声をもらす。


「君は……本当、厄介だな」


 皮剥ナイフに巻きつけた毛皮に力を込める。

 濁った音と共に、刃が折れた。

 こうして、オレとクローの決着は、ようやくついたのだった。

 


 勝負があったのを見てとったのか、バショウ隊長、そしてトキワ隊長が近づいてくる。

 ラウイの死体を確認したトキワ隊長は、後ろに続く部下達に、何やら大声で指示を飛ばしている。

 バショウ隊長は、オレ達から少し離れた所でこちらを向いて立っている。


 クローは、悪あがきをすることなく、じっと毛皮に包まれていた。


「よく考えてみればさ」


 オレは、息の上がった声で彼に声をかけた。


「オレ達、喧嘩したことなかったよな」


 毛皮の中からくぐもった声が聞こえた。


「……対等じゃなかったからな」


 クローは多分、そう言った。


「……今まではな」


 そう返したオレの言葉に対して、クローはまた何か言った。

 けれど、彼の声はかすれていたうえに、顔を毛皮に包まれていたので、今度はよく聞こえなかった。

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