⑪
「ボクにはもう、この剥ぎ取りナイフしか残ってないんだ!」
クローの敏捷なナイフ捌き。
絶え間ないその動きをなんとかかわす。
「だったら、この国のヤツら全員、化けの皮を剥がしてやるよ! 全部引き剥がして、白日の元に晒してやる。どんなに醜いか、どんなに恐ろしいけだものなのか、ボクが剝いでわからせてやる!」
オレは必死にナイフの太刀筋を避け、軌道を変えようと毛皮で弾く。
けれどその毛皮もナイフによって切り裂かれる。
その隙間から繰り出される剥ぎ取りナイフの刃先。
「ボクは追い剥ぎだ! 《王の鉤爪》のミオ! ボクを捕まえてみろ! でないと、ボクはいつかこの国ごと全部剥ぎ取ってやるぞ!」
危うく目を突かれそうになり、オレは慌てて床に転がった。
「ミオ君!」
背後からトキワ隊長の声が聞こえた。
けれど、確認する間もなくクローの追撃が来る。
細く裂かれた毛皮を鞭のようにしならせてクローの右腕を叩く。
一瞬緩んだ隙に、オレはなんとか体勢を立て直して毛皮をパンっと両手で引っ張る。
「遅くなってすまない! 私達も援護するよ!」
そう叫ぶトキワ隊長。
しかし、すぐにバショウ隊長の「いや、トキワ。待つんだ」という声が聞こえた。
「オレちゃまはオレちゃまだからね。任せてみよう」
(はっ……なんだよそれ)
オレは苦笑いを浮かべて振り返らないまま叫んだ。
「バショウ隊長、それは『めんどくさい事は部下に任せて自分は休憩したいな』って事ですね!」
「違うよ! 全然違う!」
「『いざとなったら全部部下に責任をおっかぶせて、知らぬ存ぜぬを決め込もう』って事ですね!」
「だから違うってば!」
「違うんですか? オレ、心を読むのが得意なんですけど。てっきり『こいつは頼りになる部下だから、多分大丈夫だろう』って思われているのかと思いました!」
少しの沈黙の後、バショウ隊長の言葉が届いた。
「……それはまあ、違わないかな」
バショウ隊長は、どうやら苦笑いを浮かべているようだった。
「もうちょっと言葉を包んでくれよ」
「オレたちは、剥き出しのままじゃ生きられないですもんね」
「そうだね」
こんな場だというのに、バショウ隊長の声は相変わらずひょうひょうとしていた。
「でも、オレちゃまみたいな生き方も、あたくしはちょっと羨ましいよ」
「……またまた、何言ってるんですか」
「これは、あたくしには珍しく、そのままの意味さ。言葉を包まずに言うとね、オレちゃま。剥き出しで生きられる強さに、あたくしはどこかで憧れているんだよ」
バショウ隊長の言葉に、オレは意表をつかれた。
(……まったく、あの人は)
心の中でため息をつく。
(そんな風に言われたら、頑張るしかないじゃないか)
オレは心を決める。
深く息を吐き、そして吸った。
クローに真っ直ぐ相対する。
低い声でクローはつぶやく。
「持たざる者は貧しさから震える。けれど、持っている者だって、奪われる恐怖で震えるべきだ。剥ぎ取られる怖れを思い知るべきだ」
クローはさらに勢いを増して、次々と斬撃を繰り出す。
オレはそれを避けながら、ふと場違いな事を思った。
(なんだか花を差し出されているみたいだな)
奪うのではなく、与えるようだ。
クローにそれを言ったら、「君は随分と気持ち悪い事を言うんだな」ときっと笑うだろう。
ナイフがオレの頬を抉った。
その瞬間、なぜかクローの動きが緩慢になった。
あきらかに動揺していた。
「これでボクも、けだもの——かな」
クローはその時、なんだか泣きそうな顔をしていた。
怖かったのかもしれない。
寂しかったのかもしれない。
オレは、花屋で見た光景を思い出す。
一つの花束が出来上がる、素早くも丁寧な手つき。
——差し出された花は……そうだな。全部一つにまとめて、紐で縛ろう。
オレは裂かれて細くなった毛皮を、クローの細い腰に向かってしならせる。
一瞬遅れてクローが反応する。
ロープのように巻きついた毛皮を断ち切ろうとナイフを振りかぶる。
——ちょっと綺麗な紙を選んで茎の先から花の頭まで、ふんわりと覆ってやろう。
擦り切れた毛皮をクロー顔に叩きつけ、視界を覆ってからナイフを持つ彼の腕ごとくるむ。
——最後に、支点をずらさないように、リボンを巻きつけて完成だ。
細く切り刻まれた毛皮。
それを、頭、肩、腕、脚、あらゆる箇所に素早く絡ませる。
大切な人に贈る花束のように。
中身を傷つけないよう守る、包み。
——生虜捕縛・《花包み》
クローは、完全に拘束された。
身動きが取れず、微かなうめき声をもらす。
「君は……本当、厄介だな」
皮剥ナイフに巻きつけた毛皮に力を込める。
濁った音と共に、刃が折れた。
こうして、オレとクローの決着は、ようやくついたのだった。
勝負があったのを見てとったのか、バショウ隊長、そしてトキワ隊長が近づいてくる。
ラウイの死体を確認したトキワ隊長は、後ろに続く部下達に、何やら大声で指示を飛ばしている。
バショウ隊長は、オレ達から少し離れた所でこちらを向いて立っている。
クローは、悪あがきをすることなく、じっと毛皮に包まれていた。
「よく考えてみればさ」
オレは、息の上がった声で彼に声をかけた。
「オレ達、喧嘩したことなかったよな」
毛皮の中からくぐもった声が聞こえた。
「……対等じゃなかったからな」
クローは多分、そう言った。
「……今まではな」
そう返したオレの言葉に対して、クローはまた何か言った。
けれど、彼の声はかすれていたうえに、顔を毛皮に包まれていたので、今度はよく聞こえなかった。




