表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/52

「このマタタビが、鍵になる」

 

 自分を鼓舞するように、オレは呟いた。


 オレとバショウ隊長が、クチナワ者に襲撃された一件。

 屋敷で殺された者について嗅ぎ回るな、と言う脅しだとオレは思っていた。


 けれど今になってわかる。

 ヤツらの言っていた『死者を嗅ぎ回るな』とは、運び屋のヤナギの事ではなかったのだ。


 あれは仲介人——崖下で死んだ庭師について言ったのだ。


 崖から落ちて死んでいる所を、バショウ隊長がたまたま見つけた、あの庭師。

 彼の背後を調べれば、彼が薬の仲介人である事、そして彼が《オロチ》に繋がっている事がバレてしまう。


 だからこそ、あのクチナワ者達はオレ達を脅そうとしたのだ。


(バショウ隊長に惨敗してたけどな)


 そして、オレ達が襲撃されたもう一つの理由。

 それは、マタタビの鉢だ。


 包装されたままのマタタビが、薬の売買の目印になっているとバショウ隊長は言っていた。


 オレ達は、その鉢植えを抱えたまま、死者の身元についてあれこれと聞き回っていたのだ。


 マタタビの鉢植えと死んだ庭師とを結びつけて考えているのだ、と、ヤツらは思ったに違いない。

 勘違いとは言え、あのクチナワ者達——そして、その後ろにいる者にとっては脅威だっただろう。


(……つまり、同じ事をすれば、アイツらを誘き出せる)


 そう予想をつけたオレは、花屋でマタタビの鉢植えを買い、同じように包装してもらった。


 上手くいくかはわからなかった。

 けれど、すがるしかなかった。


 オレは鉢植えを抱えながら、街中を訪ねて回った。


「身元不明の死体が出ました」

「何かご存知ではありませんか」

「心当たりがあれば、第八部隊の黒虎のミオまで」


 そうこうしている間に、日が暮れた。

 あちこち歩き回って足は棒のようだ。

 身体が重いのは、蓄積された疲労のせいだけじゃないだろう。

 こんな事をして、何になるんだろうと言う気持ちが湧き上がってくる。


(オレにはもう、他に手立てがない……)


 絶対にクローの事を救うのだ。

 そう意気込んで王都マルーンへやってきた。

 けれど、王都は巨大だった。

 ちっぽけな黒虎一匹の気負いなど、あっという間に飲み込まれてしまう。


 あっという間に、包み込まれてしまう。


(……クローも、こんな気持ちだったんだろうか)



——君がこっちに来るんだよ。



 あの時のクローの言葉。

 あの言葉があるからこそ、オレはクローを諦めない。


 ふと、道の先がやけに暗く感じた。

 オレは足を止める。


「……出てこいよ」


 暗闇にむかって、オレは声をかける。

 マタタビの鉢植えをそっと地面に下ろした。


 ゾロゾロと柄の悪そうな獣人達が姿を見せた。

 口元には、はっきりと縄目模様が見て取れる。

 その内の一人が口を開く。


「随分と派手に嗅ぎ回っているようだが……今日は一人ぼっちか?」


 他のクチナワ者も、あざけるように笑い声を立てる。


「あの馬鹿みたいに強ぇママとは一緒じゃないのか?」


(バショウ隊長がママだって? まったく、笑えないな)


「どうも皆様。本日は貴見賜りたく、ご参集いただきましてありがとうございます」


 オレは、バショウ隊長の回りくどい口調を真似て、クチナワ者の集団に対峙する。


「あ? なんだ?」

「甚だお手間ではございますが、何卒こちらの事情も了知していただきたくて、ですね」


 オレの背後にも、複数の気配を感じる。

 この間と同数……いや、それよりも多いかもしれない。


「なんだ、このガキ。何言ってやがる」

「まあ、忌憚なく申し上げますと——」


 オレは腹に力を込め、羽織っていた毛皮をばさりとはためかせた。


「お前らの黒幕、その名前を吐いていただきたい!」

「……舐めるんじゃねえぞ、クソガキが」


 クチナワ者は、一斉に飛びかかって来た。

 オレは小さな身体を生かして身をかわし、飛び上がり、駆け抜け、そして攻撃する。


——生虜捕縛術・《隠包み》


 夜陰の元、捕縛用の毛皮で自分自身を包む。

 闇夜に溶け込みながら、足を払う。

 そのまま相手の後頭部を地面へと叩きつける。


 オレ自身に力がなくとも、敵の自重を使えば、自分よりも大きな相手を倒す事も可能だと、マルーンのおやっさんから叩き込まれた。


(まずは……これで一人!)


「こいつ……ンのやろうっ!」


 オレの姿を視認したクチナワ者が、咄嗟に鋭い蹴りを入れる——しかし、手応えはない。

 その黒い影はオレではなく、捕縛術用の黒毛の毛皮だ。


 バランスを崩したクチナワ者の重心がぐらりと揺らぐ。

 その隙をオレは逃さない。

 蹴り飛ばされた毛皮を男の首に巻きつけ、パンっと勢いよく引いた。


——生虜捕縛術・《襟包み》


「ガッ……」とうめき声を漏らした獣人はそのまま崩れ落ちた。

 慌てた他のクチナワ者がオレに飛びかかってくる。


(バショウ隊長には止められたけど……おやっさんから教わった『()()()』……使わせてもらうぞ)


 オレは、足元に転がっていた重さのある()を持ち上げ、黒毛のマントで包んだ。

 それを勢いよく振り回し、向かって来たクチナワ者に叩きつける。


——禁じ手・《咎包み》


 生虜捕縛術は、生かして捕まえるための技術だ。

 けれど《咎包み》だけは違う。

 包んだ石の重さと遠心力を使って、相手を叩きのめすこの禁じ手は、『虎の尾』とも呼ばれ、決して踏んではいけない反則技……つまり、相手を殺してしまう危険性を孕んでいるのだ。


 相手の頭蓋骨を粉砕するほどの威力がある。

 だから、相手を生かすためではなく自分が生き延びるため、やむを得ない時にしか使うべきでない禁じ手。


 咎を背負う覚悟がなければ使ってはいけない、それが《咎包み》だ。


 石を包んだマントを構えたオレは、そこからクチナワ者を一人倒し、二人倒し、三人目に向かおうとした所で後ろから殴られた。


 背を蹴られ、腹を突かれ、頭を殴られた所で形勢は逆転した。


(五人……いや、六人は倒したはず……なのに……)


 残りは何人だろうか。

 地面に転がって身を起こそうとした所でまた蹴り飛ばされた。


(ダメだ……こんなんじゃ全然ダメだ……)


 起きろ。

 倒せ。

 戦え。

 走れ。

 飛べ。


 けれどオレは、地面をのたうち回ることしか出来なかった。

 怒声が聞こえ、腹に衝撃を受ける。

 喉から悲鳴が溢れ、嘔吐した。


(こんな風に終わるのか……)


 こんな風に、足蹴にされて潰されて、まるで一匹の虫みたいに。


(ダメだ、どんな姿になっても、オレはクローを——!)


 たとえ足を潰されても。

 たとえ腕をもがれても。

 一匹の長虫みたいに地面を這うことしか出来なくなっても。


 オレは、クローを諦めない。

 

 這いつくばったオレが最後の力で顔を上げようとした時だった。



「……そのくらいで」


 あたりに、凛とした女性の声が響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ