①
「このマタタビが、鍵になる」
自分を鼓舞するように、オレは呟いた。
オレとバショウ隊長が、クチナワ者に襲撃された一件。
屋敷で殺された者について嗅ぎ回るな、と言う脅しだとオレは思っていた。
けれど今になってわかる。
ヤツらの言っていた『死者を嗅ぎ回るな』とは、運び屋のヤナギの事ではなかったのだ。
あれは仲介人——崖下で死んだ庭師について言ったのだ。
崖から落ちて死んでいる所を、バショウ隊長がたまたま見つけた、あの庭師。
彼の背後を調べれば、彼が薬の仲介人である事、そして彼が《オロチ》に繋がっている事がバレてしまう。
だからこそ、あのクチナワ者達はオレ達を脅そうとしたのだ。
(バショウ隊長に惨敗してたけどな)
そして、オレ達が襲撃されたもう一つの理由。
それは、マタタビの鉢だ。
包装されたままのマタタビが、薬の売買の目印になっているとバショウ隊長は言っていた。
オレ達は、その鉢植えを抱えたまま、死者の身元についてあれこれと聞き回っていたのだ。
マタタビの鉢植えと死んだ庭師とを結びつけて考えているのだ、と、ヤツらは思ったに違いない。
勘違いとは言え、あのクチナワ者達——そして、その後ろにいる者にとっては脅威だっただろう。
(……つまり、同じ事をすれば、アイツらを誘き出せる)
そう予想をつけたオレは、花屋でマタタビの鉢植えを買い、同じように包装してもらった。
上手くいくかはわからなかった。
けれど、すがるしかなかった。
オレは鉢植えを抱えながら、街中を訪ねて回った。
「身元不明の死体が出ました」
「何かご存知ではありませんか」
「心当たりがあれば、第八部隊の黒虎のミオまで」
そうこうしている間に、日が暮れた。
あちこち歩き回って足は棒のようだ。
身体が重いのは、蓄積された疲労のせいだけじゃないだろう。
こんな事をして、何になるんだろうと言う気持ちが湧き上がってくる。
(オレにはもう、他に手立てがない……)
絶対にクローの事を救うのだ。
そう意気込んで王都マルーンへやってきた。
けれど、王都は巨大だった。
ちっぽけな黒虎一匹の気負いなど、あっという間に飲み込まれてしまう。
あっという間に、包み込まれてしまう。
(……クローも、こんな気持ちだったんだろうか)
——君がこっちに来るんだよ。
あの時のクローの言葉。
あの言葉があるからこそ、オレはクローを諦めない。
ふと、道の先がやけに暗く感じた。
オレは足を止める。
「……出てこいよ」
暗闇にむかって、オレは声をかける。
マタタビの鉢植えをそっと地面に下ろした。
ゾロゾロと柄の悪そうな獣人達が姿を見せた。
口元には、はっきりと縄目模様が見て取れる。
その内の一人が口を開く。
「随分と派手に嗅ぎ回っているようだが……今日は一人ぼっちか?」
他のクチナワ者も、あざけるように笑い声を立てる。
「あの馬鹿みたいに強ぇママとは一緒じゃないのか?」
(バショウ隊長がママだって? まったく、笑えないな)
「どうも皆様。本日は貴見賜りたく、ご参集いただきましてありがとうございます」
オレは、バショウ隊長の回りくどい口調を真似て、クチナワ者の集団に対峙する。
「あ? なんだ?」
「甚だお手間ではございますが、何卒こちらの事情も了知していただきたくて、ですね」
オレの背後にも、複数の気配を感じる。
この間と同数……いや、それよりも多いかもしれない。
「なんだ、このガキ。何言ってやがる」
「まあ、忌憚なく申し上げますと——」
オレは腹に力を込め、羽織っていた毛皮をばさりとはためかせた。
「お前らの黒幕、その名前を吐いていただきたい!」
「……舐めるんじゃねえぞ、クソガキが」
クチナワ者は、一斉に飛びかかって来た。
オレは小さな身体を生かして身をかわし、飛び上がり、駆け抜け、そして攻撃する。
——生虜捕縛術・《隠包み》
夜陰の元、捕縛用の毛皮で自分自身を包む。
闇夜に溶け込みながら、足を払う。
そのまま相手の後頭部を地面へと叩きつける。
オレ自身に力がなくとも、敵の自重を使えば、自分よりも大きな相手を倒す事も可能だと、マルーンのおやっさんから叩き込まれた。
(まずは……これで一人!)
「こいつ……ンのやろうっ!」
オレの姿を視認したクチナワ者が、咄嗟に鋭い蹴りを入れる——しかし、手応えはない。
その黒い影はオレではなく、捕縛術用の黒毛の毛皮だ。
バランスを崩したクチナワ者の重心がぐらりと揺らぐ。
その隙をオレは逃さない。
蹴り飛ばされた毛皮を男の首に巻きつけ、パンっと勢いよく引いた。
——生虜捕縛術・《襟包み》
「ガッ……」とうめき声を漏らした獣人はそのまま崩れ落ちた。
慌てた他のクチナワ者がオレに飛びかかってくる。
(バショウ隊長には止められたけど……おやっさんから教わった『禁じ手』……使わせてもらうぞ)
オレは、足元に転がっていた重さのある石を持ち上げ、黒毛のマントで包んだ。
それを勢いよく振り回し、向かって来たクチナワ者に叩きつける。
——禁じ手・《咎包み》
生虜捕縛術は、生かして捕まえるための技術だ。
けれど《咎包み》だけは違う。
包んだ石の重さと遠心力を使って、相手を叩きのめすこの禁じ手は、『虎の尾』とも呼ばれ、決して踏んではいけない反則技……つまり、相手を殺してしまう危険性を孕んでいるのだ。
相手の頭蓋骨を粉砕するほどの威力がある。
だから、相手を生かすためではなく自分が生き延びるため、やむを得ない時にしか使うべきでない禁じ手。
咎を背負う覚悟がなければ使ってはいけない、それが《咎包み》だ。
石を包んだマントを構えたオレは、そこからクチナワ者を一人倒し、二人倒し、三人目に向かおうとした所で後ろから殴られた。
背を蹴られ、腹を突かれ、頭を殴られた所で形勢は逆転した。
(五人……いや、六人は倒したはず……なのに……)
残りは何人だろうか。
地面に転がって身を起こそうとした所でまた蹴り飛ばされた。
(ダメだ……こんなんじゃ全然ダメだ……)
起きろ。
倒せ。
戦え。
走れ。
飛べ。
けれどオレは、地面をのたうち回ることしか出来なかった。
怒声が聞こえ、腹に衝撃を受ける。
喉から悲鳴が溢れ、嘔吐した。
(こんな風に終わるのか……)
こんな風に、足蹴にされて潰されて、まるで一匹の虫みたいに。
(ダメだ、どんな姿になっても、オレはクローを——!)
たとえ足を潰されても。
たとえ腕をもがれても。
一匹の長虫みたいに地面を這うことしか出来なくなっても。
オレは、クローを諦めない。
這いつくばったオレが最後の力で顔を上げようとした時だった。
「……そのくらいで」
あたりに、凛とした女性の声が響き渡った。




