②
(なんだ? 何事だ?)
聞こえてくる悲鳴と喧騒。
オレは様子を伺うため店の外に出た。
騒ぎの中心にいたのは、白い制服に身を包んだ集団だった。
(あれは《王の鉤爪》——!? 白い制服って事は第一部隊か!)
王立治安部隊、通称《王の鉤爪》。
第一部隊は王都に潜む犯罪者を追い立て、捕縛するのが役目だ。
よく見ると、フードを被った獣人をジリジリと追い詰めている所のようだ。
「すまないが、あまり逃げ回らんでくれ」
そう言って一歩前に出たのは、金と黒の縞模様の獣人。
(あれは……確か、金縞のトキワ!)
第一部隊隊長トキワ。
白い制服の上から毛皮のマントを羽織っている。
(捕縛術に長け、王から称号を授与された若きエースだ。部下から絶大な信頼を置かれているという――)
そんな彼が四人の部下を連れて、薄汚れたフード男に対峙している。
ふとオレは、フードの男の身体が異様に震えているのに気がついた。
(……? 恐怖からの震えって感じじゃないな。具合でも悪いのか?)
オレがそう思った瞬間だった。
フード男がバッとこちらを振り向く。
目が合った。
灰の毛の奥からのぞく獣人特有の大きな目が、さらにカッと見開かれる。
「ウオオオオオオッ!」
男は大声をあげながら、こちらに突進して来た。
「おいソコの君! 早く逃げるんだ!」
トキワ隊長が慌てたようにオレに向かって大声を出す。
(おっと。これは……どうするかな)
フードの男は素早くオレの首を掴み「う、う、うごくなあ!」と裏返った声で叫んだ。
オレの首の後ろにしっかりと爪が食い込む。
男の荒い息が耳障りだ。
「お前ら、近づくなよ! 近づいたらこの黒毛のガキをここから放り投げるぞ!」
王都カーマインは《オオ虫ノ国》の西の山に螺旋状に作られた街だ。
舗装された道から一歩踏み出すと、そこは崖――グチャリと潰れる羽目になる。
突き落とされたら、普通はひとたまりもないはずだ。
(……普通だったら、な。まったく厄介だな)
オレは男に気づかれないよう、肩から羽織った毛皮のマントの留め金に爪を引っかける。
故郷から持ってきた、自慢の黒毛のマントだ。
「おいおい。すまないが、子供を巻き込む事はないだろう」
トキワは隊長らしい落ち着いた声で男に声をかけた。
「そんなに怯えないでくれ。すまない。私達は君を傷つけるつもりはないよ。君、百年前に出た『お触れ』は知っているだろう?」
「う、うるさい! 黙れ! 下がれ!」
フードの男は、片手を振り回して《王の鉤爪》を威嚇する。
もう片方の手――オレの首根っこを掴んだ手にはどんどん力が込められていく。
(……さすがに痛いな)
トキワ隊長はチラリとオレの方を気遣わしげに見た。
そして、相手を刺激しないようにだろうか、親しげな口調でフードの獣人に語りかける。
「すまない! そう怒らないでくれ……なあ、君はなぜ私達がこんな色の制服を着ているか知ってるかい? 白は、血で汚れると目立つだろう? つまり、私達第一部隊は、この制服を汚さないように任務に当たらなければならないのだよ」
フード男は隊長の話を聞いているのかいないのか、周りに視線を彷徨わせながら、落ち着かない様子だ。
「だからこそ私達は、流血沙汰無しに治安を守らないとならないのだ。無血の義務と矜持で身を包んでいる。百年前の『お触れ』のせいでな」
オレはゆっくりと腕を上げる。
フードの男の荒い呼吸に集中する。
(……あと少しだ……)
「私達は君を殺すつもりはないよ。そんなわけで、すまないが、大人しく捕まってくれないか?」
「そうかい、わかったよ……なんて、できるわけないだろう! いいからとっとと下がれ! でないとこのガキを――」
男はそう言って、オレの首後ろを掴んだ手を持ち上げ――ようとしたのだろう。
けれどその瞬間、オレの爪がマントの留め金を引っ張った。
バサリと音を立てて毛皮のマントが広がる。
オレの黒いマントは這い寄る暗闇のように男の腕にまとわりついた。
「なっ……なんだ? このガキ――!」
相手の関節を意識しながら、毛皮を反対側の腕にも巻きつける。男が体勢を崩した所で彼の軸足を思い切り蹴り飛ばした。
——生虜捕縛・《疋包み》
「……ごっ! ぐわっ!」
フードの男はたまらずひっくり返った。
(まさかこんな小さな黒虎が『捕縛術』を使ってくるとは思わなかったんだろうな)
男は起きあがろうともがくけれど、マントで包まれた両腕が捻れ、悲鳴をあげてまた倒れ込む。
機会を逃さず《王の鉤爪》の一団がオレ達を取り囲んだ。
喚く男を四人がかりで押さえ込む。
オレはマントを回収し、砂ぼこりをはたき落とす。
(うん、上手くいったな)
男が手際良く拘束される様を、邪魔にならないように少し離れて見ていると、第一部隊隊長——金縞のトキワが近づいて来た。
「そこの黒虎クン、すまなかったね! 助かったよ。しかしすごいな。『捕縛術』なんてどこで覚えたんだい?」
人懐っこい笑顔を浮かべた彼は、おもしろそうにオレを見下ろす。目の奥に優しい光が宿っている。
「君は……一体何者だい?」
オレはトキワ隊長の顔を見つめ、姿勢を正し、なるべく大きな声で自分の名前を告げた。
「北の町マルーンから参りました黒虎のミオです。入隊試験に合格し、晴れて《王の鉤爪》への入隊が決まりました! よろしくお願いします!」