①
「お包みしますか?」
菓子店の女性店員はそう言って、色とりどりの包装紙をオレの目の前に並べて見せた。
(うぅ……厄介だな……)
ショーケースの上を踊るように動くその指先には、赤色のキャップが付けられている。
(この爪キャップって商品を傷つけないためなのかな……? いや、おねーさんの指を綺麗に見せるためだけのものか)
オレは、視線をショーケースの上から彼女の顔へと移す。
形の良い口の端から美しく磨き上げられた牙がのぞいている。
「あの……包みって必要ですか?」
居心地の悪い思いをしながらオレはとおそるおそる尋ねた。
自分の丸い耳がパタパタとはためくのがわかる。
(うう……気まずい……)
「こちらはご自宅用でしょうか?」
「……いや、えっと、一応……」
「贈り物用?」
「はい……たぶん」
「左様でございましたら、お包みされた方がよろしいかと」
聞き分けのない子供に言い聞かせるかのような優しい声だった。
(うう……絶対に田舎から出てきたガキだって思われてる……)
いたたまれなくなったオレは、自分の小さな黒毛の手に目線を落とした。
険しい山々が連なる《オオ虫ノ国》。
ここはオレ達『獣人』の暮らす王国だ。
丸い耳。
大きな眼。
短い毛に浮かぶ独特な縞模様。
そして鋭く尖った牙と爪。
他の三種族から見れば、オレ達獣人は随分と恐ろしい見た目をしているのだろう。
獣人の暮らす《オオ虫ノ国》。
鳥人の暮らす《ハネ虫ノ国》。
魚人の暮らす《リン虫の国》。
そして人間の暮らす《ラ虫ノ国》。
四つの国の中でも、ここ《オオ虫ノ国》はかなり排他的だ。
他国との交流はあっても、一般人の入国はほとんど認められていない。
(港町育ちのオレでさえ、人間や鳥人、魚人の姿は本でしか見たことないもんなぁ)
ここ王都カーマインにしても、行き交う者は皆、縞模様の毛をまとった獣人達だ。
そんなカーマインの煌びやかな菓子店で、オレは途方に暮れていた。
(まったく、こんな事をしに王都に来たわけじゃないのに。あの人のせいで――)
顔をしかめながら、オレは店員が広げた包装紙の中から一番主張の弱そうな、くすんだ色合いの紙と地味なリボンを選んだ。
「じゃ、コレで……」
「こちらは特別仕様ですので、別料金を頂いておりますが――」
「えっ? この地味なヤツが?」
「左様でございます」
「待ってくださいっ、こっちの派手でギラギラしたヤツじゃなくて、この目立たないボヤっとしたのが高いんですか?」
店員は、オレの発言に気分を害した様子もなくニコニコと微笑んだ。
「最近は、こういった抽象的で奥行きのある色合いがお客様に喜ばれております」
「おくゆき……?」
オレは自分の選んだ包装紙をマジマジと見つめた。
西日の当たった砂煙のような色だ。
リボンの方は、淀んだ川みたいな色だから、奥行きがあると言われればそうなのかもしれない。
「左様でございます……五十年前でしたら、こちらのように、わかりやすく華やかな柄が好まれていましたが――」
彼女は、オレが「ギラギラしたヤツ」と言った包装紙を爪先でつつく。
「けれども今は《百花の世》――お客様がお選びになったような印象的な雰囲気の包装が人気ですね」
「はあ、なるほど……」
(――百花の世、ね。厄介だな)
オレは心の中でため息をつく。
戦乱の世が終わり百二十年。
オレ達獣人の暮らしは豊かになり、価値観も大きく変わった。
戦いに明け暮れていた者たちは皆、爪を収めて牙を隠し、服や貴金属、芝居見学などの娯楽にお金をかけるようになった。
こんな風に民衆がこぞって自分や生活を飾り立てる様を《百花の世》と呼んでいるのだ。
ちなみに現国王のサンセ陛下は《斉放の君》などと呼ばれている。
国を守りつつ、人間国との交易を行い、文化や芸術を発展させた賢君として、片腕となる王弟ラウイ殿下と共に国民からの人気も厚い。
ふと、頭の中で幼馴染の声が蘇る。
――《百花の世》は、嘘偽りが多すぎる……ミオはそう思わない?「虎は死んでも爪は不滅」のはずなのにね。
その声にオレは静かに頷く。
(その通りだな、クロー。結局は全部みてくれだけだ。大切なのは中身なのに)
目の前の店員がはめている爪キャップなどが良い例だ。
強さの象徴であった誇り高い爪を、まがいものでわざわざ包んでいる。
(獣人の爪は、今や武器じゃなくて装飾品に成り下がったんだ……)
思わずため息をついたオレに、女性店員は何を思ったのかちょっとイタズラっぽく目を細めてささやいた。
「生活が豊かな時ほど、この様なくすんだ色合いが好まれます。逆に日々の暮らしに余裕がなくなってくると、濃くはっきりとした色合いが好まれるそうですよ」
(……暮らしの余裕か)
「本当に余裕がなくなったら、そもそも包装紙なんかで包んでいる場合じゃないと思いますけど」
思わず、そんな言葉が口をついて出てしまった。
明日生きているかわからない状況では、余計な物に金も時間もかけられない。
見てくれなんかにかまけている場合じゃないはずだ。
「左様でございますね」と店員は困ったように微笑んでいる。
(そもそもこんな包み紙一枚、なんの意味があるっていうんだ。大事なのは中身だろ)
オレが顔をしかめた、その時だった。
店の外から、悲鳴が上がった。




