表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その不祥事、お包みします  作者: 輪二
第二章 
22/52

「さっきの原稿の焦げ跡ですがね」


 イブキはミシミシと音を立てる階段を昇りながら、オレ達の方を振り返らずに言った。

 案内しようとする団長のハルを制し、イブキが自ら案内役を買って出てくれたのだ。


「あれはユキノがやったんですよ」

「……何があったんですか?」

「ユキノは、この劇団のオーナーの娘なんです。なので、僕たちは表立って彼女に文句を言える立場じゃないんです」

「ははあ。それはアレですねぇ」

「あちらは《カガチ》の家のお方ですし? 金持ちの道楽の一つとして、ウチの劇団に経済的な援助をしてくださってるわけですし? 芝居小屋の一部屋を、娘の住処として提供しろなんて言われても断れませんし?」


(ん?……娘の住処? 芝居小屋の屋根裏を?)


「なんというか……厄介な要求ですね」


(普通、こういうのは、主役の座を我が娘に! とかじゃないのか? よく知らないけど)


 娘を屋根裏に住まわせろ、とは変な要求だ。

 イブキは階段を上がりながら話を続ける。


「それで、ですね。ノジさんが行方不明になった後、エチゴ家の方が、こちらに原稿を届けてくださった事があったんです。ノジさんの部屋にあったのを見つけたとかで」

「ははあ……それはまたアレで」


(届けさせたのは夫人だろうか? そんな事をするタイプには見えなかったけど……)


「原稿を受け取ってから二日三日経った夜に、団長が目撃したんですよ。彼女——ユキノが屋根裏を抜け出して、原稿を燃やそうとしているところを……」

「……それはまたなんで?」

「知りませんよ。僕達は《カガチ》ではないですし? 大事な原稿を燃やそうとなんて思った事もないですし? 彼女とは……」


 そこでイブキは、少し言い淀んでから、顔を背けた。


()()な彼女とは、違いますし」


(……よくわからないな)


「会ったらわかりますよ。さあ、この扉の向こうが、彼女の家です」


 そう言われて、オレ達は木製の扉の前に立った。


 経済的に恵まれているはずの《カガチ》の娘ユキノ。

 その彼女がなぜ、芝居小屋の屋根裏なんかで暮らしているのだろうか。


 バショウ隊長は扉をノックして声をかけた。


「失礼いたします。あたくしは灰虎のバショウ。『王の鉤爪』第八部隊の隊長です。エチゴ家のご子息ノジ様について、貴見伺いたく馳せ参じた次第です」

「……どうぞ」


 返事があり、オレ達は扉を開けた。


「僕はこちらで待ってますので」


 イブキはそう言って部屋の中に入ろうとしない。

 オレ達は構わず、屋根裏部屋へと足を踏み入れた。


「初めまして。私、ユキノって言います。ここの劇団のオーナーの娘です」


 天井からぶら下がっている無数の電灯。

 棚や引き出しからはみ出ている色とりどりの布。

 大きな作業台と、足踏みミシン。


 その前に立って、ぺこりと頭を下げる一人の女性。

 彼女を前にして、オレは言葉を失った。


 彼女は——大きかった。

 何枚もの服を重ねて着ているのだ。


 膨れたスカートは絹の上に二枚のレースが重ねられている。

 あれだけ膨張しているのだから、その中にもスカートを膨らませるための肌着を着ているのだろう。

 その上に、ヒダがたっぷりついたフリルシャツ。

 刺繍の施されたベスト——そのボタンは今にも弾け飛びそうだ。

 手にも手袋をはめていて、頭の上には何枚もの布を使った帽子をかぶっている。


(布の塊みたいだ——)


 そんな彼女が、ユサユサと身体を揺らしながらオレ達の方へ歩み寄る。

 オレは、遠慮も忘れて彼女をじっと見つめてしまった。


 オレが言葉を失ったのは、その奇抜な格好のせいだけではない。


 服から覗く、彼女の肌。

 鎧のようにまとわれた布は、身体だけではなく、首や手足も覆い隠している。

 けれど顔は——布の塊から覗くその顔は、電灯の明かりに染まっている。


 露出した肌が照らされている。

 十代後半か、二十代前半ぐらいの、()()に見える。


(人間……?)


 彼女には、牙もなければ、爪もない。

 そして何より、縞模様の毛が生えていない。


(いや、そんなわけはない)


《オオ虫ノ国》で、人間がいるわけがない。

 と言う事はつまり——。


「びっくりなさったでしょう? 私、()()なんで」


 ユキノはそう言って笑った。


「私、《牙無し》なんですよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ