⑧
初めて『欲しがり姫と黄金の騎士』を観たオレは、客席に座り込んだまま憮然としていた。
「なんなんですか、これ」
「おいおいオレちゃま、『これ』なんて言うもんじゃないよ」
バショウ隊長はキョロキョロと周りを見回してから、オレを軽くにらむ。
「誰がどこで聞いているのかわからないだろう」
「どこが恋物語なんですか」
王都で人気の恋物語。
『欲しがり姫と黄金の騎士』についてオレはそう聞いていた。
「恋していたのは騎士だけで、姫はその恋心を利用して、まんまと塔から逃げ出したんですよね?」
「それはまあアレだねぇ。そういう解釈も出来るよね」
「出来るよね、じゃないですよ。絶対そうじゃないですか」
オレは立ち上がり、今まで座っていた座席を尻尾でピシャリとはたいた。
「なんでこんなのが人気なんですか?」
「おやおや『こんなの』とは心外だね」
背後からそう声が聞こえた。
振り返ると、そこにいたのは二人の獣人。
一人は長身の獣人だ。
黄色の艶やかな毛並みに、印象的な細い縞模様が黒々と波打っている。
その横には、白毛の小柄な獣人。
大きな目はどこか虚ろに横へと逸らされている。
「……えっと、もしかして——」
「そうさ! 黄金の騎士役にして、劇団長! 黒縞のハルだ!」
よく通る声で彼女——ハルが名乗った。
「そしてこちらが、欲しがり姫役の! 看板俳優! 白虎のイブキ!」
グイっと前に押し出されたイブキは、オレ達に目を合わせず「どうも」と会釈をした。
「君は『こんなの』と呼ぶけどね! 連日大盛況! 満員御礼感謝深謝の舞台だよ! 君はなぜ、『こんなの』が『こんなにも』人気だと思うね?」
ズイズイとハルはオレの鼻先に顔を近づける。
「そんなの決まっているじゃないですか」
オレは臆する事なくキッパリと言い切った。
「役者が上手くて美しいからです」
「ん? んん?」
オレの言葉にハルは首を捻る。
「そう言われると怒るに怒れないぞ! ニヤけちゃうな! ありがとう!」
(なんだか真っ直ぐな人だ)
すると横から「団長は単純すぎます」と虚ろな声が聞こえた。
姫役の白虎のイブキだ。
「話がつまらない、見た目がいいだけって言われてるようなものだし? 物語の面白さを伝えられなかったって事だし? それって芝居である意味がないと言うか、絵でも構わないって事だし?」
オレは「流石に絵と比べたりはしませんよ!」と言った。
「絵とは全然違いますよ! 絵はこんなにうるさくないじゃないですか!」
ポスッ。
バショウ隊長の尻尾がオレの背中を叩いた。
「……言葉を包んでくれよ。オレちゃま。頼むから……」
ふと見ると、イブキがさっきより格段にうなだれている。
どんより、と言う言葉がピッタリだ。
「申し訳ない……この子はオレちゃまなものですから——」
「遠慮のない子供だからこそ真実をついてるって事だし? 子供にもそう思われるって事は、そのうち大人にもバレるし? 自惚れ役者とか嘘吹きイブキなんて呼ばれる日も来るかもしれないし?」
さらに落ち込ませてしまった。
すると、隣にいたハルがウハハと笑った。
「なんだい、イブキ! 暗いな! 暗澹暗黒真っ暗だぞ! おーい、照明! イブキが暗い事言ってる! こっちに明かりをくれ!」
(いや、明かりをくれって。「暗い」ってそう言う事じゃないだろう)
律儀にスポットライトがオレ達に当たる。
団長の言う事は絶対なんだろうか。
厄介な上下関係だ。
ところが、丸いスポットライトを浴びた途端、イブキの背筋がスッと伸びた。
そして悠然と微笑んだ。
「なんであれ、来ていただき、見ていただき、そして感想までいただくというのは、僕たち役者にとってありがたいの一言です」
「……えっと、あの」
「こんな小さなお子様にまでご覧いただけるなんて、劇団一同、心より嬉しく思います。ぜひ、今度はお友達やご家族もお誘い合わせの上お越しください」
「……それは、どうも」
(……なんだろう。人が変わったみたいだ)
「ふふ! 驚いただろう! イブキはちょっぴり根暗なんだけどね! ライトを浴びた瞬間別人になるんだよ!」
「別人?」
「イブキの演技力は劇団トップ、いや、カーマインでトップだろうね! ノジさんが書いた前作の舞台では、イブキが一人二役を演じてね。あんまりにも別人だったため、どちらともイブキが演じてると気が付かれなかったくらいだよ!」
「んふぅ! それは是非とも観たかったですね!」
バショウ隊長は両手をもみ合わせて、勢いよく頷く。
「私達はね! 拍手に包まれるためなら誰にだって、何にだってなれる、そう言う獣人だからね! 役者のサガって奴かな!」
「へえ! 厄介なサガですね!」
ボスッ。
さっきより強く、隊長の尻尾がオレの背中を打つ。
「誠に申し訳ございません。この子、本当にまだまだ、まだまだオレちゃまなもので」
ぐぐいと隊長がオレの頭を押さえつける。
「だから、包め! 言葉を! 包むんだよ!」
ヒソヒソっとバショウ隊長が押し殺した声でオレに耳打ちをする。
「構わないですよ。それで……」
イブキは背筋を伸ばしたまま、首を少し傾げた。
「今日は、ノジさんの事でいらしたんですよね」
「そうだったね! いっぺんにお聞きになった方がいいでしょうな! みんなを集めよう!」
そう言って劇団長のハルは、あっという間に舞台上に、役者やら裏方やら、総勢三十人ほどの獣人を集めた。
一人一人順番に自己紹介をしてくれる。
音響、照明、小道具、大道具。
役者と裏方を兼業してる者も多いようだ。
「それで、ですね。劇団の関係者や、ノジ様のお知り合いの方に、茶縞の肩のガッチリした男性はいませんか」
「ガタイのいい茶縞かい? わからないな! 劇団関係者にはいないと思うんだが!」
「そもそもノジさんは、あんまり自分の話をされる方ではなかったですし」
「そうだな! 出来上がった原稿を持ってきて、いつの間にか帰っている……そんな人だったよ!」
「稽古を見学されたりは——」
「いや! 全く!」
ハルは肩をすくめた。
「ちょっと珍しいお方だね! なかなかいないよ! あそこまで口出ししない劇作家ってのもね! あ、そもそも、威張ってない《カガチ》って時点で珍しかったけどね!『ノジさん』なんて、気安く呼ばせてもらってたしね!」
「じゃあ、ほとんど原稿を届けるだけ、だったんですね」
そう言うオレの横で、隊長はアゴをさする。
「んふぅ、それはアレですねぇ……ところで、その原稿というのはどちらにありますか?」
他の劇団員が、紙の束をハル団長の元に持ってくる。
ハルからそれを受け取ったバショウ隊長は、パラパラとめくりながら「おや……」と声を上げた。
「ここ、焦げてますね。何かあったんですか?」
「ああ! ちょっと軽い事故があってね! でも問題はなかったよ!」
「この原稿、このまま手渡されました?」
「いや! 封筒に入ってたね!」
「その封筒は今、どちらに?」
「んっと……ちょっとわからないね! 捨ててしまったかな?」
(……なぜだろう。やたら食い下がるな、隊長)
「ところで、ですが」
バショウ隊長は、一呼吸おいて、舞台上に集まった獣人達を見回しながら言った。
「衣装係の方の姿が見えないのですが……」
(……ん? 衣装係? それがどうしたんだ?)
オレは隊長の言葉の意図を測りかねた。
ところが、他の者達は違った。
視線を逸らす者。
視線を交わす者。
視線を泳がす者。
様々な反応を見せたけれど、皆、顔色が変わった。
「こちらの劇団の衣装は、どなたが作っているんですか?」
誰も答えない。
「先ほど皆さんに自己紹介していただきましたが、役者兼大道具、ですとか、役者兼小道具、ですとか……皆さん裏方も兼業していらっしゃるようですね。ただ、衣装を作っていらっしゃる方は——」
「衣装担当は決まってないよ。何人かで作るし」
そう口を開いたのはイブキだ。
「演目によって手が空く人が違うし? 破けた衣装は自分で直さないといけないし? 皆が下手なりに頑張ってるし?」
「おかしいですね」
バショウ隊長は首を捻った。
「実は、ここに来る前にチラッと聞いたんですがね。こちらの劇団にとんでもなく腕の立つ『針子のねーちゃん』がいるとか。その方はどちらにいらっしゃるのでしょうか」
今度はイブキも黙ってしまった。
(そういえば、さっきの少年。劇団のねーちゃんに端切れで猫の服を作ってもらったって言ってたな)
「……ロニのボウズか! まったく、子供は口が軽いな!」
ハルが独り言のように呟く。
すると、他の劇団員から声が上がった。
「……団長。こちらは《王の鉤爪》の方なんですよね。だったらユキノの事、隠しておいてもしょうがないんじゃないですか」
先ほど舞台装置担当だと自己紹介していた若者だ。
首に赤いタオルを巻いている。
「……確かに、そうかもな!」
ハルはゆっくりと顔をあげた。
「……屋根裏に案内しよう! そこが、彼女の——ユキノの作業場になっているのでね!」




