48 シウタ
3章 シウタ
「余の意思のもと、銀河がひとつに統合されるのは必然だと思いませんか?」
宮殿の謁見室でそう告げたのは、帝国の象徴と呼ばれるララス殿下。
深い漆黒の布地とレースで仕立てられたゴシック調のスーツが、その言葉に重みを持たせている。
その傍らには、軍服姿で羽を綺麗に折りたたんでいる、アリエノール宰相の姿。
数々の諸侯が整列している中、就任式が執り行われていた。
「そうなんですか? 殿下、その儀礼用のスーツ素敵ですね。服とかよくわからないですが、そのゴシック調の服の方が殿下に似合いますよね。後で近くで、見せてもらっていいですか?」
その紫の瞳が クワッ! と開かれる。
「いえ、ラブアンドピース。千差万別の好みと多様性こそ繁栄の要、どんな嗜好も受け入れると言うのが、結局いちばん平和的だと考えております」
――遥か銀河の片隅で。
そこには、帝国が広大な版図を築き上げていた。
一方、辺境連合と呼ばれる反帝国、反連邦の小さな勢力が、銀河の外れで密かに力を蓄えていた。
部品と寄せ集めの船を改造し、独自技術で結集した種族。
金銭的にも戦力的にも苦しい立場にある彼女達だが、何よりも 「自分たちの自由な生き方」 を守りたいという意思が、彼女達を結束させている。
連合にとっての新たなる希望は、帝国や連邦に打ち勝つ新技術や、かつて存在した超級英雄の遺志にほかならないそうだ。
こうした辺境連合の監視・取り締まりや、小競り合いの鎮圧を目的に、新たな平和大使の任務が下される。
あらたな平和大使としての仕事を引き継ぎ、共同軍事衛星拠点K-103 に超級エースとして着任する事となった。
帝国と連邦の平和大使としての 『平和』 をもたらすお仕事だ。
つまり、争いが無くなるまで 『平和』 をもたらす。
青銅、鉄、そして引き金で平和の歴史は作られてきたように。そして未来は、ビームに形を変えているだけのことだよね。
「では、シウタ殿。宜しくお願い致します。現地にアーレイン騎士伯が着任している、仔細は行けばわかると思います。ウハハハ、ヴォルテクスの腕を持って平和をもたらすのだ」
一部、武力的鎮圧の発言に聞こえ、城内がざわつく。
これは、宰相風の皮肉なジョークだと言うのに、魔族の雰囲気で言うと冗談に聞こえず、笑えないのが問題だと思う。
ララス殿下はスーツの裾をそっと握りしめ、乙女のような仕草で、まっすぐこちらを見つめていた。
「お兄様、やっぱり考え直しませんか? どうか、余の和平大使として、そばに残ってはくれませんでしょうか。宮殿に残って、余と一緒に幸せな未来を・・・」
丁度、幸せな未来を作りに、ヴォルテクスで平和をもたらすところです。
恋愛の駆け引きを変えてきましたね、押してダメなので引いてきましたか。
さすが、優秀な方だ。
少しだけ考えてしまうが、帝国の象徴として暮らすのは大変そうで、気が進まない。
紫の瞳をまっすぐに見つめ、少しだけ切なげな笑みを浮かべる。
「ありがとうございます、殿下。そのお気持ち、本当に嬉しいです。帝国に残ればきっと安全で、殿下のそばにいられるのは素敵なことだと思います。だけど、どうしてもやりたい事がある」
地球の時、ロボット物で学んだ決めセリフだけど、どうだろうか。
諸侯達、ひいては女鳥族達も色めき騒ぎ立ち、桃色のため息が漏れている。
「そうですか、仕方のない事ですね。余はお兄様を応援しております。軍事衛星への着任、宜しくお願い致します。 そうですね、お兄様、考え直しませんか? どうか、余の和平大使として、そばに残ってはくれませんでしょうか。宮殿に残って、余と一緒に幸せな未来を・・・」
「あれっ? 殿下? 自分の決め台詞が決まったと思ったんですが、え~っと、殿下、勝手を言ってすみません。でも、もっと功績を上げて、帝国の象徴であられる殿下の前に立てるようになりたい。だからもう少しだけ、自由に動かせてください」
「あああああああ! 二度も告白ですわね! なんだか甘酸っぱい気持ちでいっぱいですわ!」
「間違いなく我々に向けて言われましたな。共働きの旦那様を思ってレディらしく、そわそわと仕事をするとしますかな」
「わたくしは、追いかけますわね。押し込みかけて熱い夜をすごしましょう」
3伯爵をはじめ、諸侯達がうるさくなってきた。
「そうですか、余にはお兄様を止められないのですね。ご武運をお祈りいたします。所で、お兄様。考え直しませんか? 余のそばに残って頂けないでしょうか。余と一緒に」
時空間がいじられてループしている。未来の科学は、ここまできているのか?
これ、殿下に 『ハイ』 と言うまで続くだろ。ファ無コンのロープレじゃねーんだぞ。
助けを求め宰相の方を見ると、目くばせをして 「早く行ってください」 と、合図を送られていた。
「では、失礼し致します!」
即座にダッシュで諸侯達の列を抜けて扉を目指す。
「あらら、シウタ大使? 不敬罪で逮捕ですわよ? でも権力に囚われない性格がドストライクですわ~。あら? 捕まえて監獄で暮らしてもらえば、目的達成ではありませんか?」
「さて、監獄を建てると致しますか。暗黒タイプのお城か、メルヘンのお城か悩みますな」
「さすが、リフォームの天才、グランツ伯爵ですね。その土地買います。もっといかがわしいピンクのネオンホログラムで飾ってみては如何ででしょうか」
「伯爵方ずるいですぞ! 階級闘争を申し込みます!」
「決闘システムもたまには役立つものですな! 利権の塊、伯爵の位を頂きます!」
「ククク、下剋上の機は熟しましたぞ。さあ、お覚悟を決めていただこうではありませんか!」
帝国の魑魅魍魎たちが謁見室にポップしだした。超うるさい。
政争は、魔窟であると言われるゆえんだろうか。
マジに助けて欲しい、と願ったその時。目の前に 『モヤモヤ』 が湧きその中に飛び込む。
「ベルティア伯爵、その決闘いつでも呼んでくださいね。あの時手伝って頂いた借りを返したいですから」
と、残して。
「殿下、僭越ながら! もう少し押すべきですわ! 押してダメなら押し倒すべきです!」 「もう少しでしたな! 準備などは伯爵家に全てお任せください!」 「既成事実からおつくりになられてみては! ヤッった後は、権力でどうとでもなります!」
と、後方から謎のセリフを残された。
れーぷの教示とか、やめて欲しい。
最近、伯爵達との距離が近いせいか、発想が過激になってきたな。
――
輸送艦に乗り込もうと星間区画に入ると、並んだコンテナや補給物資の積み荷が山のように積まれており、作業員たちが小型リフトを操って忙しそうに行き交っている。
そんな輸送艦の搭乗口にサリ伍長はそっと背を預けていた。
「シウタさん、ついに出向ですねー! 衛星の補給は私が担当しますけど、もう毎日会えなくなってしまいますね、寂しいです」
「自分もです、サリ伍長。 今後、衛星の自室で待ってますから、補給の際は寄って行ってってくださいね」
「はいいいいぃい! はい! 私は、いつのまに補給港の現地旦那を得てしまったのでしょうか!? シウタさん、色々と関係性が飛んでませんか! こんなことして遊んでると婚期が遅れそうですよ!」
軽いやりとりを交わしながら、笑いながら輸送艦へと乗り込んだ。
――
そんな事もあり、漆黒の宇宙の中を航行中。
輸送船の窓から星々をぼんやり眺めていると、通信のコール音が静寂を破った。
艦長室からのサリ伍長のコールだ。
「シウタさん、お休みの所失礼しますー! 航路の宙域近くに救助信号をキャッチしまして、ちょっと救助しに向いますね。 衛星に到着が遅れますとの連絡ですー」
それは、大変だ。
この暗黒の宇宙空間の中、救助を待つのはとても心細い事だろう。
手伝わせてもらおう。
「もちろんもちろん、それは大変だ。もちろん、手伝いますよ。 人命にかかわる事ですからね。 『補給支援機体バルゴ』 乗っていいですか? バルゴ乗っていいですか?」
「ええっ、艦長室から動けないので助かりますけど。 あの、急にどうしましたかー? いつもの戦闘のイメージが先行して、急に人助けをするとギャップがいい感じですねー? まさか、ヴォルテクスに乗りたいだけ・・・? 失礼致しましたー! 救助助かります、所属を説明してけん引してきてくださいね」
「了解!」
そう言って、戦闘機体よりも一回り大きい、ヴォルテクス・バルゴに飛び乗る。
モニターに映る救助信号を追いかけながら、バルゴ特有の背部クレーンアームを見やる。
バルゴの背部についている、クレーンアームがいいんだよね。
まさか、宇宙でクレーンゲームを体験出来るとは思わなかった。
目的まで進むと、一隻の小型の商業救難船が漂っていた。
船体はところどころ焦げた痕があり、本来の商用ロゴがくすんで判別しづらくなっている。
それでも微弱に点灯する非常灯が周囲を照らし、救難信号のビーコン音が絶え間なく宇宙空間へと発信されていた。
いつ来るとも知れない救助を待っていたのだろうか。
「もしもし、こちら、あれ。今自分誰だ。連邦拠点からの帝国への出向の形で共同衛星拠点にお勤め致しております、シウタと申します。 助けにきました、応答願います」
ホログラム回線が開き、画面に映ったのは、救難船の操縦席と思しき場所。
薄暗い照明の中で、犬の耳飾りを乗せた女性がこちらを見ていた。
「おぅん? 誠実そうな男性の声です? わたしは、幻覚でもみてますか? 宇宙空間による、いろいろな疲れですか、ヴォルテクスに乗る男性なんて銀河に一人しかいませんし。 それは、連邦機体のシンボルでしょうか。 助かりました! ありがとうございます! わたしは 『リューラー』 と、申します。連合所属の帝国と連邦を行き来する商人でございます。 宜しければ、一番近い衛星k-103までお願いできませんか?」
おお、中身は無事だ。
あれ? 違う。 どう表現したらいいだろうか。こういうケースに慣れていない。
中身と言うのは、失礼か。 戦闘のしすぎで感覚がおかしくなっている。
人を 『コクピットの中身』 感覚で考えてたと言う事か。 ゲーム世代の感覚だ、反省しよう。
通信を開き、サリ伍長に無事を報告する。
「サリ伍長、救助ビーコンの中身? の連合所属は、無事の様です。 船をキャッチしてつれていきますね」
「ハイ、了解しましたー! シウタさん、救助者を無事確保し、曳航 (船が他の船や荷物を引いて航行) すると言う事ですね。 もしもし、シウタさん。暫く戦闘はお休みです、戦闘の弊害が出てませんか? カウンセリング受けた方がいいですよー!!」
はいはい。
配慮してオブラートに包めと言う事ね。
連合所属船に再度、ホログラム回線を開き繋ぐ。
「それは、大変でしたね。 輸送艦までお連れ致します。 良かった、ちょうど同じ目的地ですか。いきましょういきましょう。 では、クレーンでやっちゃいますね」
非常灯の光が緑色の髪を照らし出すリューラーさん。
急にホログラム画面をガシッと掴んで激しく揺らし始める。
「えっ、シウタ王子?! うそっ! うわっ、誠実! 超、誠実じゃん! 誰だれだれ、なになになに。ヴォルテクスに乗っている時の、あの冷たくて残虐で仲間にだけしか見せないわずかな人間性で、視聴者のハートを貫いてくる感じと、全然違うじゃん! ギャップに貫かれて重症です! もうダメ、ひとまず機体の中にいれてください!」
いや、めっちゃ画面揺さぶっているじゃん。
めっちゃ元気だよね。
自分、そんなイメージなのか~。なんかショックだわ。
「シウタさん。バルゴに入れてとか、絶対言われると思いますが、絶対ダメですからねー。そのまま輸送艦へどうぞー」
「了解」
クレーンアームでガシッと船体を掴み、連れて行く。
助かってよかったね。元気そうで安心しました。
そして、マジにめちゃくちゃうるさいので、通信を切る。
そのまま輸送艦へ帰還し、そのまま格納庫へ収納。
後は、サリ伍長に任せよう。
宇宙版クレーンゲーム楽しかったなぁ。
子供の頃、確率機なんて知らなかった。
クレーンゲームが確率機と言う事を知ったの何て、スマホが出てからだよ。
純粋に取ろうとして、取れなかったよなぁ。子供の100円をなんだと思っているんだ、マジに。
でも、現実は非情という、教育教材として最高だった。
――
救助作業を終えたあと、商業船の安全確認を実施し、リューラーさんには衛星拠点に着くまで当艦に滞在してもらうことになった。
「誠実な王子様じゃないですか! 映像とは大違い。ぜひ一度、ゆっくりお礼とお話がしたいのですが、ぜひぜひ、お会いしてお話を! スポンサーとか興味ありませんか!」
と、リューラーさんから熱心な申し出があった。
さて、どうしよう。彼女は商業船乗りということは、いわばベンダー(仲卸業者)のようなものか。
サリ伍長の、ご両親の繁華星の補給の仕事と利害がかぶっている可能性もあるから、懇意にはできないかな。
いや、まてよ。銀河の補給物資品目に無い物がある。
酒だ。まて、酒だ。 扱っているんじゃないか。
おお。よしよし。
お会いしましょう。ひざびさの商談だ。




