果し合い……21
翌朝。案の定総史郎は何事もなかったかのように竹刀を素振りしていた。
「総史郎殿。大丈夫なのですか?」
やはり素振りに来た鋼が心配そうに聞いてくるが、総史郎は何時もの微笑を浮かべる。
「なんのことでしょうか? 私はこの通りですよ」
平然としている様を見て、なにか腑に落ちなさそうだが納得させて、鋼も長い業賢で素振りをする。
「おい。もう大丈夫なのかよ?」
珍しく。否、初めて朝早く起きる座漸を見て、総史郎にはその事が驚くべきことである。彼女は基本、早起きをしない。門下生が来るまで、いつもの場所でうだうだしているだけだ。そんな座漸が起きている。それは驚くべきことだ。
「皆さんどうしたのですか? 私はこの通りですよ?」
腑に落ちない鋼と座漸だが、これ以上問い詰めても聴きだせそうにないので諦めることにした。
「鋼さんは今日も外へ?」
「あ、はい。この周辺を調べてみようかと思います」
「そうですか」
肯くと、横合いから座漸のちょんまげ頭が飛び出した。
「今日はおれも手伝ってやる」
「どんな気まぐれですか?」
間髪いれずに総史郎が追求すると、座漸の顔が真っ赤になった。
「べ、べつに何でもねえよ! そんな気分なだけだ!」
そんな気分なだけだと繰り返し呟く座漸の横顔は、耳まで赤い。
「そうですか。では、愛さんのご飯をいただいてから、お散歩に行くとしましょう」
時刻は丁度朝食の時間。佐川愛の旨い朝食を食べてからの方が、身に力が入るというものだ。
道場で朝食を終えて片付け。膳を台所へ持っていく。これは座漸も含め全員でやることが決りになっている。そうしないと夕食がインスタントとレトルトのみという報復が発生するのだ。よくしてくれる佐川だが、どうにも微妙に彼女の琴線があるらしい。そこに触れてしまうと問題が起きる。
「今日は遠出はしません。座漸もいるので、近くだけです」
「分かりました。車を用意します」
「だめです。近場のみです」
「……分かりました」
終始無表情な鋼は、有無を言わさぬ口調で、総史郎の提案を拒絶した。
歩いて近場のみを散策するということで決まり、全員腰に帯刀して(鋼は何時もの黒外套に隠している)母屋の正玄関の段差に腰をかけ、ブーツを履く。
鋼と座漸の間に座っている総史郎が、唐突に顔を持ち上げて左右を見る。
「そういえば、三人で外へ出るのは初めてですね」
総史郎の突然な発言に、鋼と座漸が首をかしげた。
「突然どうしました?」
「それがどうしたよ?」
総史郎がにっこりと微笑むと、座漸は察知したのか咄嗟に身を引いた。さすがに何回も罠にかかっているだけはある。
「両手に華ですね」
中央に立ち位置を決めた総史郎が不敵に囁くが、如何せん意味を解したのは座漸だけだったようだ。
「どういう意味ですか?」
鋼は分からずに、頭の左右で分けて結った長い髪を揺らす。
「ただの戯言です」
「……そうですか」
三人で留め金付きのブーツを並んで履くという、ある種異質な光景を終えてほぼ同時に立ち上がる。
総史郎は立ち上がると、背後に佇んでいた使用人の佐川愛を顧みる。それにつられて二人も振り返った。
「それでは行って来ます。鍵は持っていますので、お買い物の時は鍵をかけていってください」
「畏まりました」
佐川に言いつけをして玄関を開ける。
少し長い玉砂利と飛び石の道を行き、夜以外開いている正門を潜り外へ。無駄に金をかけているのが見え透いて、総史朗はあまり好きではない。
黒木だけを使って造った大きな正門の外は、アスファルトの歩道と車道。区別する白い軽合金のガードレール。電柱は二年前やっとすべて地中に消えた。
殺風景な住宅地に、昔ながらの木造二階建ての瓦を敷いた三角屋根と、石のゴシック調三階建てを併せ持った、不可思議な総史郎の屋敷はひどく浮いている。さらにその木造と石造で造られた母屋の裏には木造の道場があり、車とバイクを収めているガレージがある。極めつけに庭は玉砂利を敷き詰めたものなのだからとんでもない。
「で、どっちにいきますか?」
鋼を顧みて問うと、左右をきょろきょろと見回し、思案を始める。決めてなかったらしい。
総史郎の屋敷の正門は、出てすぐに三叉路になっている。正門は北を向いているので、北に直進する道と東と西に出る道が一本ずつある。ちなみに門下生用の小門は南を向いて、大通りのバスの通行路に接している。
「この前はあっちに行きましたから、今日はこっちにいきましょう」
あっちは東であり、こっちは西である。ちなみに北は美爪屍女の明智龍治朗と戦った三六合区がある。
西は駅前から延びる商店街に通じるている。それなりに賑わいを見せているし、今日は休日なので商店街は歩行者天国となっているはずだ。
そんなに遠くないので、歩いて数分でその商店街に到着した。
案の定歩行者天国になっていた商店街は人でごった返し、普通の人間なら歩くのもやっとだ。しかしその人の群れの中で、なんとも奇妙な空洞ができている。
総史郎を中心にした三人組みがその空洞の正体だ。
通行人の視線が痛いくらい集中している。
総史郎は目立つのが嫌いである。だが今は左右には超弩級の美女。これはもう致し方ない。




