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あ、その前に、その返り血落として来い、俺が怖いんで、俺が!という自分勝手な理由で追い払う。こんだけ豪華な部屋なんだから、貴族が使うという専用の浴室も付いてるだろうと思っていたら、案の定4つの扉のうち一つがそれだったみたいだ…。彼女は外がすっかり日が落ちて暗いため、浴室に向かう前に部屋のシャンデリアを、当たり前のように奇術の光の玉で、点けてくれた。明るいオレンジの光で、昼間と変わらないくらい、部屋が照らされる。
「…ロウ」
「あ!ロッドさん!なんすか?」
ちょいちょいっと、クッションの下から手招く手。近くによると、ロッドが飛び出て来た。その勢いで胸倉掴まれて、金切り声で叫ばれた。
「おおおおお前!ままままじで勇者と知り合いなのか!!」
「知り合いってゆーか…つい最近助けたっていうだけの…」
「助けたぁ!?」
耳元で突拍子もない声で叫ばれたので、キーンとなる。
「ちょっ…叫ばな…」
「お前!ゆゆゆゆゆ勇者を助けたって…」
そう言って詰め寄るロッドにふと思った。
「…そういえばロッドさん、勇者のことどう思ってんの?」
「どう思う…?」
不審そうに眉を潜めるロッドに説明する。
「いや、魔人だし、勇者のことあまりよく思わないんじゃないか…と。あ、俺は、人間よりで、そこら辺も…まぁ…」
「…俺も自称人間よりだよ、魔物には…勿論魔族にも会ったことが無いんで分からんが…。俺も今よりずっとちっこい頃は、屋根裏から奥さんが子供に話す勇者譚を聞いて胸躍らせたものさ…その頃はそこの子供であるような気持ちすら持っていたからな…」
「…」
思わず神妙な顔で聞き入る。ねずみ取りにひっかかって捕まったってことは、その家の人達に…。
ガチャ…。
ロッドはキッ!と言ってまたクッションの下に隠れた。
「…入った、これでいい?」
ポタ…ポタ…ポタ…。
「ちょっ…水水!」
焦りながら彼女の髪から滴り落ちる水を、首に引っ掛けてあったタオルで拭き取る。
「ったく!風邪引くぞ!」
「…」
俺はこれでも精一杯怒っているっていうのに、彼女は不思議そうな顔をしていた。
「…で?」
「…?」
「…お前、喋れたんだな、じゃあ俺と居た時は今までずっと黙ってたのか?」
「…うん」
「…そっか…」
なんか…複雑だ。あれだけ面倒みてやったんだから…とか恩着せがましくする気はないけど、信頼されてなかったみたいで悲しい…。
「まっ、いいや、…で?お前、勇者って、どゆこと?」
出会った時からずっと気になっていた質問をぶつける。
「…どゆこと?」
彼女は質問の意味が分からないようにきょとんとして俺の言葉を繰り返した。そして考え込んだあと、口を開く。
「…ロウ、死んだと、思って、でも、ロウ、特別、な場所、入れられてるだけ、だって、知って…どうしても、ロウ、もう一度、会って、確かめたかった、こと、あった、から、どうにかしよう、思って…気づいたら、ゆうしゃ?っていうのになってて…」
彼女はたどたどしいながら、いつもよりもずっと長い文を一生懸命俺に伝えてくれた。
「…その気づいたらってとこ何があったかとても気になるけども!…その、確かめたいことってのはもういいのか?」
「…うん」
噛み締めるように、もういい、という彼女を、複雑な気分で見つめる。
「…新入り…いや、勇者様」
「?」
新入り…勇者がキョトンとしたようにこちらを見つめる。
「俺もう帰ったほうがいいよね?」
「!?ロウ、なんでそんなこと言う?」
「うわぁ!?いっ…」
自分で言っておきながらなんとなく寂しくなって後ろを振り返ったその時、引き止められるようにいきなり背中を掴まれた。まだ治りかけの背中の傷に触られて、思わず声が出てしまう。
「…?!ご、ごめ…」
「おい!!ロロロロウに何すんだ!!」
ロッドはぷるぷる震えながらクッションの下からソファの上に飛び乗って、
「ロウは牢屋に入れられた時、今にも死にそうだったんだ!背中に大きな傷を負っていて…何とか回復したけど、まだ油断できねぇんだぞ!ロウは俺の息子みたいなもんなんだ、たとえゆゆゆゆゆ勇者さまであっても、乱暴は許さねぇ!」
「ロッドさん…」
自分より何十倍と大きく、何万倍と強いだろう相手に果敢に挑むロッド…。息子…俺は密かにロッドさんのことを弟みたいに思ってたけど、歳でいったらそうなるか…。
「…」
「勇者様?」
「…ごめん、ロウ、もうしない」
見るからにしゅんとした勇者。不覚にもかわい…いやいやいや!
「いいいい、いや!お、俺なら大丈夫だって!?…ほら!この通り飛び跳ねても何してもげんきだっ!?」
「ロウ…ごめ、なさ、いか、ないで」
…じっと俺を見あげる目に絆された。紫の目は潤んでない。むしろ強い光を湛えて俺を見ているけど、俺にはまるで彼女が今にも…。
(…。)
あやす様に彼女の背中を軽く叩く。
「…行かねぇから、泣くなよ…」