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「んきー!」


 アゲハは艶やかな黒髪をかき乱しながら、悔しげに地団駄を踏んで奇声をあげた。


「信じらんないっ!!勝手に乙女を米俵みたいに担ぐとか…!!!米俵みたいに!!!」

「ブフォ!!おと…め…ギャハハハハ!!」


 マンティスは複眼を半円型にして吹き出した。


「なんで笑ってんのよ!!」

「だからやめろって…」


 ビートルはいい加減この年若い後輩達のテンションについていけず、疲れたように眉間を揉んだ。


 途中独房に、看守から奪った鍵を投げ込みながら、帰還用のゲートへと階段を登っていく。


 いくら‘ワーム’といえど、聖都の…ましてや結界の中心部・大聖堂に侵入するのは至難の業だった。


 なんとか‘穴’を3人分だけ開けることに成功したが、座標は大分ずれ、マンティスの牢から遠くなってしまった。


 まぁ、問題はない。


 予定通り、撹乱の為に魔人を解放しながら順調にここまで来たのだ。


 後は唯一の懸念事項、勇者についてだが、まだ聖剣をひいて日も浅いというし、大丈…。


 狭い通路から、少し開けた場所に出る。そこに全員が足を踏み入れた途端、壁にかかった松明に、一気に火がつく。


「…!」


(成る程、囲まれていたか…)


 照らされたそこは、5フロア程ぶち抜いたような大広間だった。


「固まれ!」

「わぁってんよ!」


 背中を預けたアゲハもマンティスも、先ほどまでのふざけた面影は、ない。得物を構えながら殺気を飛ばしている。


 これだけの人数なのに、気配も何も感じなかった。


 …これは、勇者以外にも相当な使い手がいそうだ。


 上を向くと、奇術のかけられた矢が、キラリと光っているのが分かる。


(弓兵…30…いや、60か?後ろにも控えているな…)


 そして何より、


(なぜ…今まで気づかなかったのか、不思議なほど…重い…プレッシャーだ)


 コツ、コツ、コツ。

 ズッ…ズッ…。


 硬い軍靴の鳴る音と、何かを引きずるような音が、一つしかない通路から聞こえる。

 そう、つまり、ビートル達がやって来た通路だ。


 一体どんな相手だろうか。屈強な戦士か、戦略的な策士か、それとも…。


「…子ど…も…?」


 現れたのはあどけない少女だった。


 しかし、少女が右手に少し引きずるように持つ長剣は明らかに異常だ。


 慌てて緩んだ警戒を引き締め、少女を注意深く観察する。

 …肩を少し超えるくらいの白髪に宝石のような紫の目は、何を考えているのか悟らせなかった。


 少女は3人を見て暫く考えた後、ブツブツと喋り出す。


「…勝てる、あの老人より、弱い」

「は??」

「勝つ、ボク、強い、お前ら、弱い」


 少女は無表情で淡々と言った。


「あぁ??どういう意味だよ!?」

「意味?」


 少女はマンティスの怒鳴るような問いに、無表情のままコテン、と首を傾げた。


「分からない?の?ボク、強い、勝てる、お前らより…ずっと、強い、から」


 ブチッ。


 と、短気なマンティスのキレる音が聞こえた気がした。


「おい、待っ」

「死にやがれ!!!!」


 ビートルの制止虚しくマンティスが勢いよく踏み込む。


 少女が鎌を剣で受け止めた…その瞬間、ズサッ、と近くの地面に鋭い刃が突き刺さる。


 …マンティスの左の刃は、真ん中近くから綺麗に切り取られていた。


 呆然とする間も無く、腹を狙う斬撃を、マンティスは右の刃で受け止める…が、全く抵抗なく切り取られそうになった為、慌てて鎌を斜めにそらして、剣を受け流した。


 受け流された剣につられて、少女がゆらりと体制を崩す。


 マンティスはここぞとばかりに反撃…できるはずもなく、後ろに飛びのく。


「いって〜!!!」


 ブラリ、と今にも取れそうになった鎌を抑えて喚く。


「『蟷螂の斧』ね…ぷふふ…」

「うっせーな!てか、助けろよ!!」

「何よ、アンタが馬鹿やってる間に、こっちはもう…」


「ん…?何だ、甘い匂い…が」


 弓兵達は、漂って来た甘い芳しい匂いに首捻った。


「終わったわよ?」


 トスッ、一本の、火矢が、降った。


 …少女の、すぐ近くに。


 それを皮切りに、いくつもの火矢が少女に降りかかる。


「どんな気分かしらね?自分の張った、策に溺れるのは…」

「…」


(んふふふ…きっと悔しくて言葉も出な…)


 少女は冷静に自らに降りかかる火矢を見据えて、剣を右斜めに構えた。


「え、ちょ、まっ…」


 アゲハは、少女の剣に集まった大きなエネルギーに焦ったように声を挙げたが、もう遅い。


『…突風斬』


 少女が斬り下げる動きに合わせて、強い風が下へと巻き起こる。火矢は軌道を変えて、地面へと叩きつけられた。


 砂埃で、ビートルの視界が遮られた。


 強い風で、立っているのも難しい。


(くそッ…アゲハ…マンティス…無事か…!?)


 ズンッ…。


 鈍い音と共に、地面が揺れた。


 床が…抜ける…!!


 ビートルは咄嗟に背中の甲殻を広げて、長くは飛べない薄バネを使いながら近くの壁に片手をつく。


 ガシッ…!!


 握力で岩を潰して、その巨体を支えた。



(…何も見えん…)


 茶色の土煙が立ち昇る中、必死に人影を探す。


(くそッ…くそッ…肝心の勇者…は…)


 ザシュッ…。


反応する遑も、与えられなかった。


「…がっ…あ?」

「あ」


 少女は抜けた声を出した。


(俺の…腹…が…)


 ビートルが自分の腹を触ると、ベチャ…とした感触があった。


「…カマキリ、違った」


 土埃から唐突に飛び出て来た少女は、全く表情を変えずに言った。


「ざん、ねん」


 ビートルの狭まっていく視界に、青い、透き通った液体を頭から被った少女が映る。


(人違い…っか…よ…)


 力の抜けた巨体は、瓦礫と共に下へと落ちていった。


ビートル(A+〜S−)

兜虫の魔人。必ず貧乏くじをひくような苦労性。厄介事ばかり持ち込む後輩達は悩みの種だ。その巨軀は鋼鉄より硬い甲殻で覆われていたが、勇者にあっさりと倒されてしまった。

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