第22話 先手必勝
夕暮れが朱から濃紺へと移りゆく空の下、海にそびえる一際大きな鳥居が見える。寄せては返す波が水面に映る黒い鳥居を揺らす。その鳥居に近づく女性が一人いる。女性は水面を歩き鳥居へたどり着く。女性の身なりは深い群青色に桃の花の絵柄の入った着物を着ている。髪は長く、艶のある黒で風に靡いている。顔にかかる髪を左手で耳に掛ける。右手で鳥居に触れ、閉じていた瞼をゆっくりと開ける。その瞳は透き通る様な青でそれは宝石のように美しい。
「今、あなたの元に……そして故郷へと。」
女性は一言呟くと鳥居から一歩下がり胸元で両手を重ね、瞳を閉じる。辺りは宵闇の淵が夕闇を侵蝕する。
―――宵の口を『逢魔ヶ刻』と言ったりもするが元々は『大禍時』であり、禍を予期させる夜の始まりを指し示す。正に今、彼女は常世の始まりを告げているところであった……
――富士山本宮浅間大社 境内――
「はぁ~。ってゆーかさぁ~。ニーやん、これヤバくね?」
木花咲耶姫は自らの神域に境界のヒビ割れを見ながら邇邇芸命に話しかける。ヒビ割れというのは人間界との境界を区別する結界があるのだが、それが崩れかけているのである。
「サクヤ。これ笑えないヤツだわ。ヤッベ。天照様に報告した方が良さげだわ。」
ニニギは神域の状態異常を確認すると天照に連絡をする為に勾玉を取り出した。
シュッ!!
「うわっ!! ちょっ! 何!? 誰? マジで危ないし!!」
ニニギの持つ勾玉に一本のナイフが命中し砕けた
。ナイフの飛んできたのは鳥居のある方からだった。そこには白い軍服を纏った長い髪を一本に束ねた女性が立っていた。女性はサクヤとニニギの近くまで歩み寄ってきた。
「おぉー。きれーなお姉さんは誰ですか!?」
ニニギはヒューッと口笛を吹きながら尋ねる。サクヤは横で怪訝な顔をして女性を見る。無言のまま女性は微笑みかける。つられてニヘラと笑うニニギ。
刹那、ニニギを女性が鋭く真横に刀で切りつける。だがそれを避けられ女性は少し苛立った顔になる。刀を後に飛び退き避けたニニギは笑う。
「なるほど。その服装は禍津御霊ってことスか?」
ニニギは確信を持って女性に問いかける。ニニギの横に素早く移動するサクヤ。二人はそれぞれ構え、臨戦態勢にはいる。
「ふふふ……私の名前は魅桜。嫌いな呼び名だけど禍津姫とも呼ばれるわ。はじめまして、邇邇芸命と木花咲耶姫。そろそろ私達が天津国へ帰ってもいいかしら?」
「はぁ? 天津国へ帰る? あーしら、アンタの事なんて知らないけど?っつーか勝手にお家作らないでもらえますぅ?」
魅桜の言葉になんの事か全く検討もつかないニニギとサクヤは、お互いに一瞥すると互いの目を見て通じ合う。捕縛する算段である。
「そうだ。二人にはまだ言ってなかったけどマガモノって何も今の神徒や神だけじゃないのよ? こんな方もいるのよ」
魅桜はそう言うと左手を藍色に染まる空に向け高く掲げる。地響きが鳥居の奥の方からしている。周囲を見渡しながらニニギ、サクヤは身構える。
すると境内の端から地面が二人目掛けて隆起してくる。左右にそれぞれ飛び退いて避けるが一筋だったものが二つに分かれた。
「嘘でしょ!? これなんなのよっ!!」
サクヤは更に上空へと逃れた。だが隆起した地面の中から大蛇が現れサクヤをその顎で捕まえた。
「サクヤ!! っっっっ!?」
サクヤに気を取られた刹那、ニニギも大蛇に捕えられた。
「大蛇のマガモノ? どういう事だ……神獣だった蛇をマガモノに変えたのか?」
ニニギは大蛇に締めつけられる形で捕まっている。サクヤを確認すると痛みの衝撃で気を失っているようだ。神気が消えた様子はない。その事には安心したが状況を打破する策は考えど思い浮かばなかった。
「大蛇? あぁ…そうね。ただの大蛇にしか見えないか。仕方ないわね。出てらっしゃい。オロチ」
魅桜がそう言うと鳥居を破壊して緑色の鱗で覆われた大きな躯体が現れた。その躯体には八つの長い首があり、八つの蛇の頭が着いていた。
「や、八俣遠呂智……あれはスサノオが切り刻んで助けたはず……」
圧迫され息も絶え絶えのニニギに魅桜は答える。
「いいえ。この八俣遠呂智は原初の神の一人。多くの女神を喰らい忌わしい『穢れ』そのもの。確かに過去にやられてしまったけど、こうして私達の駒として復活させたの。さぁ、もういいかしら?私も忙しいの。じゃあ、またね。ニニギ、サクヤ。おやすみなさい」
魅桜の言葉が終わると同時に急に体がだるくなりニニギは意識を失った。その様子を確認すると魅桜は勾玉を取り出し話しかける。
「魅桜よ。邇邇芸命と木花咲耶姫は確保したわ。それと楔である鳥居は破壊に成功したわ」
「そうか。大儀である。禍津姫よ。次の指示まで禍津御霊に戻り体を休めよ。ほかも禍魂や温羅達も上手くいったようだ」
「禍津彦!! 私の名前は魅桜! その名で呼ぶな!!」
魅桜は勾玉の向こうの禍津彦に怒鳴り散らす。
「先程は禍津姫とも呼ばれると言っていたではないか?」
盗み聞きしていたのかと魅桜は舌打ちをする。
「これはこれは……どんな状況か見たかっただけだよ。魅桜殿?」
「禍津彦……分かった。一旦戻り、次に備える」
そう言うと勾玉から聞こえるせせら笑いを断ち切るように通信を切る。
「もう少し……もう少しで帰れます。母様」
常闇の空に浮かぶ月を見上げながら魅桜はポツリと呟いた。
――根之国 神庭宮――
スサノオとクシナダは天津国での会合の後、独自に人間界の調査を行っていた。その中でいくつかの神域に異変があるのを発見していた。
「クシナダ! 大きい神社ではなかったが中小規模の神社に神器の損傷があるって話だ」
報告書に目を通していたスサノオが一部の報告書をクシナダに差し出しながら話しかける。クシナダはそれを受け取るとペラペラと捲りながら確認していく。
「小さな事だとお稲荷さんなどの小さい社の破壊……鳥居のしめ縄を切断。事故や老朽化に見せかけてこんな事を……」
クシナダは報告書を見終わるとこんなにも多くの事が同時期に起こっていたことに驚いていた。神社の神器には境界と人間界を隔てる防壁、つまり結界が存在するのだがそれを破られるという事は現世から常世の境がなくなり人間が神の国に来てしまうことが出来るのだ。
「あぁ。間違いなく禍津御霊の仕業だろうな。これが分かっただけでも少しは役に立つだろう。疫病神に知らせるか」
スサノオがそう言って立ち上がるとクシナダはスサノオの着流しを掴みブツブツと独り言を始める。
「く、クシナダさん!? い、いくら二人とはいえまだ日の高いうちにそんな積極的にならんでも……」
何を勘違いしているのかスサノオはドギマギしながらクシナダを抱きしめようと振り返るがあっさりといなされる。
「なぜ、禍津御霊は神社の神器を狙うの?結界の綻び? それによって……人間をどうにかしようとはしてない?じゃあ、狙いは……」
クシナダを恨めしそうに見ながらスサノオはポツリと言った。
「はぁ、クシナダに拒否されても俺はここに帰ってくるし、帰ろうとするんだろうな……はぁ寂しい」
クシナダはハッとする。
「帰る……? 拒否されて……? まさか!? 」
クシナダは立ち上がり神庭宮を飛び出す。慌ててスサノオはクシナダを追いかける。
「待つんだ! その、こんな時に抱きついて悪かったが出ていかないでくれ!!」
情けない声でスサノオが叫ぶ。
「もうっ! スサノオのばかっ!! 違います! いまから黄泉国のイザナミ様の所に行きます! もしかしたら黄泉国か天津国は大変なことに!!」
クシナダは大きな稲の葉を生み出し風に乗せる。それに乗ると神木まで一直線に向かう。
「間に合って……! お願い!! 禍津御霊の狙いは境界との境を消すことだわ!!」
クシナダは逸る心を抑えながら黄泉国のイザナミの元へと急いだ。
――続く
次回予告
禍津御霊により壊された結界。禍津御霊の目的に近づくクシナダ。捕えられたニニギとサクヤ。
動き出したシナリオが一点で交差する……
次回!
ん?まだ考えてないぞ…….ヤベぇなぁ_(꒪ཀ꒪」∠)_




