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Remu【レム】  作者: 飛鳥
2/7

Boy-Meets-Girl 【少年】【出会い】【少女】


 二日後。

 方舟の艦内、居住区の一角。


「あれ? ここ、どこだ?」

 Map

 周囲を見渡して首を傾げていたレムは、魔導機杖の先端に居住区の【地図】を映し出す。


 右を見ても左を見ても似たような作りの商店が並んでいるだけで、地図に表示されている『文』や『T』の形をした建物はどこにも見当たらない。

 知らないうちに通り過ぎていたのか、それともどこか一定の方向。例えば上空から見下ろさなければ、『文』や『T』と分からない作りになっているのか。


「うーん……」

 真偽はともかく目印にするつもりだったものが見当たらず、レムは商店が並ぶ道の真ん中で頭を抱えてしまっていた。

 どうしてレムがこんな場所にいるかと言えば、魔導機杖やエンジンの補強に必要な部品を買い集めるように命令を受けたからだ。


 いつもとは任務の内容が大きく異なっていたものの、必要部品や店舗名はメールに記載されていたから何の問題もない。むしろ普段に比べれば格段に簡単な任務。

 に、なるはずだったのだが、


「ひょっとして、別の方向に来ちゃったのかな」

 特区で生まれ育ったレムにとっては、十分すぎるほど難しい任務になってしまっていた。

 特区というのは、魔導師や方舟の運航を支える人々が衣食住を行なう区域の名称だ。

 区域と名づけられているものの面積は小さく、その広さは居住区のエリア一つにも届かない。それでも特区だけで一通りの生活用品を買い揃えられるため、方舟の運航に関わる人々が居住区に下りてくる事はそれほど多くなかった。


 ましてレムは幼い頃からリーゼに教育を徹底されており、特区やブリッジ、魔導演習場を生活の基本区域にしてきた。そのため居住区に下りること自体数回目の出来事で、見える景色は真新しく見慣れないものばかり。レムが自分の現在地を見失うのも、ある意味当然と言えるだろう。


「とりあえず南に行けばいいから、地図の下を目指せばいいか」

 魔導機杖を操作して地図を閉じると、レムは歩みを再開する。

「面倒でも、飛翔許可を取ってこればよかったかな」

 犯罪の防止、建造物との衝突予防などの理由から、居住区で空を飛ぶには治安管理という部署に飛翔許可の要請を行う必要がある。

 飛翔の手続きを全て済ますには相当の時間がかかる上、書類審査のために部署をたらい回しにされることも珍しくない。


 そんな理由から、今回レムは飛翔許可を取らずに居住区に下りてきたのだが、

「気のせいか、地図に書いてあるのと違う気がする」

 これだけ道に迷い続けていると、飛翔許可を取らなかったことに後悔を感じずにはいられなかった。


「おかしいな。地図の通りに進んでるはずなのに……」

「そ、そこの人。どいてくださーーーーいっ」

 足を止め、地図で位置を確認しようとする。すると、突如女の子の声が聞こえてくる。

 何があったのだろうと目を向けて見れば、金色の髪の少女が魔導機杖に引きずられるように走り続けていた。


「こっちに来る?」

 わわわわわ、と大声を上げながら少女が自分に近づいてきていることに気づくと、レムは自身の魔導機杖を起動させる。

 Soft-Protection

 先端部分に術式の効力を示す文字が浮かび上がり、【柔軟】【障壁】という術式がレムの前面に作り出される。障壁を展開すると、レムはその場で後ろに下がる。


「わ、わ、わ、ど、どいてーーーー」

 ばふっ。

 飛び込んできた少女の身体を、柔らかな障壁が包みこむ。スポンジ状に変化した障壁に受け止められて、少女が手にしていた魔導機杖がからん、と石畳の上を転がっていった。


「大丈夫?」

「な、なんとか……」


 スポンジから抜け出ると、少女は両足を地面に下ろす。

「わたし、ミュウって言います。あの、危ないところを助けてもらい、どうもありがとうございました」

 律儀に姿勢を整え、少女‐ミュウはレムに向かってお辞儀を返す。それに合わせ、胸元まで伸びた金色の髪がはらりと揺れた。柔らかな肌は絹のように真っ白で、瞳は髪と同じ、黄金の輝きを放っている。


「って、あれ?」

 大丈夫か(たず)ね相手が平気と答えのだから、レムのなかでの問答は終了したのだろう。ミュウと名乗った少女の相手をすることもなく、レムは地図と周りの景色を見比べ続けていた。

「ちょっと!」

 そんな態度に不満を漏らしたのはミュウの方だ。レムが振り返ってみると、彼女は目を尖らせたまま、不機嫌そうに地団駄(じたんだ)を踏み続けていた。


「お礼を言ってるんだからちゃんと聞いてっ!」

「え、う、うん」

 ひどい理不尽さを感じたものの妙な勢いに圧倒されて、レムは慌ててミュウの方に向きなおる。

「うん。それでおっけい。よし、それじゃ改めて言うね。危ないところを助けてもらい、本当にありがとうございました」


 さっきまで怒ったような仕草を見せていたのに、今度は満面の笑み。

「いいよ。別に大したことじゃないから」

 そうそうに話を切り上げると、レムは慌てて地図へと視線を戻す。


 真っ直ぐな眼差しでお礼を言われるなんて経験は今までに一度もなくて、こういう時、どういう対応をすればいいかわからなかったからだ。

「あ、ひょっとしてどこか探してるの?」

 と、脈絡(みゃくらく)もなく金色の髪が地図を覗き込んできた。


「うわっ」

「む、ひどい。そんな、おばけに会ったみたいな驚き方しなくてもいいのに」

「あ、うん。ごめん。ちょっと地図に集中してたから」

 答えながらくるり。レムは反対側へと身体をそらす。

「むー、どうしてそっぽばっかり向くの? どこか探してるなら、道案内してあげようと思ったのに」

「い、いいよ。大丈夫だから」


 強がりを見せたのは意地を張っているからではない。大人に囲まれた環境で生まれ育ったせいで、同年代との接し方がわからなかったからだ。

 対応の仕方がわからない時は距離をとれ。

 機甲虫と相対する際に用いられる魔導師の定石を思い浮かべ、レムはミュウの言葉に耳を傾けないようにする。


「むー、ほんとにほんとなの? ひょっとして、大丈夫って嘘ついてるだけじゃ……って、そうだ。杖!」

 魔導機杖が転がったままなのを思い出したのだろう。はっとしたような声を上げると、ミュウは投げ出されていた魔導機杖を慌てて拾い上げる。

「よかった、壊れてないみたい。おかあさんには内緒で持ってきたから、なにかあったら一大事だよ」


 安堵の声を漏らし、ミュウは起動スイッチを入れる。

 魔導機杖の先端が淡い光を放ち、動脈を循環(じゅんかん)する血液のように、マナが魔導機杖全体に流れ込んでいく。

「それじゃもう一回同じのを」

 Acceleration

「わ、わ、わ、やっ、やっぱり言うこときいてくれないっ」


 持ち手のことなどお構いなし。【加速】を発動させた魔導機杖は勢いよく前に突き進み、

 Soft-Protection

 スポンジのような【柔軟】【障壁】に体当たりを食らわせる。

「気をつけなよ……」

「な、何度もありがとうね」

 スポンジに埋もれながら、ミュウは再びお礼の言葉を述べる。


 レムが駆け寄った後もミュウが握り緊めた魔導機杖の勢いは止まらず、前に進もうとぶるぶる震え続けていた。このまま放っておけば、何度でも同じ失敗が起きるだろう。

 そう考えるとさすがにそのままという訳にもいかず、

「ごめん、ちょっと借りるよ」

 震え続けていた魔導機杖を掴むと、レムは術式を強制終了させる。続けて制御プログラムを呼び起こして、術式の項目を隅々まで確認していった。


「マナの配分が偏ってる。そっか、バランスが悪い状態で出力を上げたから、それで制御が効かなくなったんだ。配分を変えて出力係数を二十ほど低下。あとは……」

 あっけに取られているミュウを尻目に制御プログラムを大幅に変更すると、レムは構築式を選択。

 Acceleration

 改めて【加速】の術式を呼び起こす。


「これでだいぶマシになったはずだけど」

「わ、すごい。本当に大人しくなってる」

 ミュウの言葉通り魔導機杖は非常に安定しており、先ほどのように暴れだす気配は微塵も感じられなかった。正常稼動を確認すると、レムは術式を停止させる。


「はい、それじゃ返すよ」

「え、あ、ありがと!」

 魔導機杖を受け取って、ミュウは何度も何度もレムにお辞儀を返してくる。

「よーし。それじゃ、今度こそ」

 そうして、意気揚々と術式を発動させようとする。が、

「あれ、動かない?」

 Accelerationの文字は映し出されているものの、魔導機杖は術式を発動させることもなく、ぷすん、ぷすん、と妙な音を上げるばかりであった。


「え、おかしいな。そんなはずは」

 ミュウから魔導機杖を受け取ると、レムは改めて全体を点検しなおしてみる。

「あ、」

「な、なに? ひょっとして壊れちゃったとか?」

「いや、魔欠。ただの燃料切れだね」




 魔導機杖が引き起こす術式という超常現象は、マナの燃焼によって作り出される特殊なエネルギーを力の源としている。


 一切の物理法則に関与されない術式という力はとても便利なものだが、用いるためにはそれ相応の代価が必要となり、代価が底をつけば当然、術式を発動出来なくなってしまう。

 そのため方舟の各地区には術式の代価‐マナ(Mana)を補充するための専用施設MNスタンドが多数設置されている。レムとミュウの二人が訪れているのも、そんなスタンドのうちの一つであった。


「ここに挿せばいいんだよね」

「うん。フルチャージとなると二時間くらいかかるから、後で取りに来るといいよ」

 スタンドに設置された銀色のタンク。その手前に取り付けられた台座の細穴にミュウが魔導機杖を差し込むと、がちゃりと台座に固定され、魔導機杖の先端から淡い光が放たれる。


「えっと、マナの補充だから、これかな」

 空中に映し出された半透明なディスプレイ。そこに表示された多数の項目から給魔を選択すると、魔導機杖の先端が点滅を開始する。


「うん。それで大丈夫なはずだよ。ところでこのスタンド、人がどこにもいないけど勝手に使ってよかったの?」

「勝手にって、無人スタンドなんだから勝手に使うしかないよ。W地区は人口が少ないから、セルフサービスのお店も多いしね」

 人工の陽の光を浴びて、眩しいほどの光沢を放つ金色。

 黄金の髪を綺麗と思う反面、レムはどうしてこんなことに、と思わずにはいられなかった。


 最初に考えていた通り、接しづらい相手だから距離を置いていればよかった。

 少なくとも余計な世話さえ焼かなければ、引っ張られるまま、強引にMNスタンドに連れてこられることはなかったのに。

「そういえば名前、まだ聞いてなかったよね」

 マナ補充を行なうための工程を済ませたのだろう。考え事をしていたレムの目の前で、ミュウはくるりと踵を返してくる。


「と、その前に改めて自己紹介させてもらうね。わたしはミュウ・アシュホードって言うの。R地区にあるミドルスクールの一年生」

 屈託のない笑みを浮かべ、ミュウはそう言って微笑んでくる。

 ミドルスクールという名前には聞き覚えがあった。義務教育を行うための施設で、ジュニアスクールの一つ上。同年代の子供は普通、そこに通っているものらしい。


「僕はレム。こっちこそよろしく、ミュウさん」

 名前自体は最初に会った時に聞いていたけど、実際に声に出すのはこれが初めての事だった。

「さん? へんなの。同じくらいの歳なんだから、そんな言い方しなくていいよ」

「ん、じゃあミュウちゃん?」

 そう口にした途端、ミュウの表情がむず痒そうなものに変わる。何かを考えているような素振りを見せた後、

「レム!」

「えっ?」

 唐突に、声を張り上げてくる。


「わたしはレムをレムって呼ぶから、レムはわたしをミュウって呼んで。そうすれば、おんなじになるから問題ないでしょ」

 いまいち理屈になっていない気がするが、ミュウ本人が問題ないと言っている以上それでいいのだろう。


「ミュウ?」

「うんっ」

 満足そうに頷くミュウを前にレムは何とも言えない、不思議なものを感じてしまっていた。同じ目線、同じ立場。今まで一度としてそんな風に考えたことも、意識したこともなかったからだ。


 ミドルスクールの一年生ということは、同じくらいの歳どころか本当に同じ歳なのだろう。そう考えた直後、ふと、一つの疑問が頭に思い浮かぶ。

「あれ、そういえば学校は?」

 尋ねた途端、ぷっとミュウに笑われてしまう。

「なに言ってるの、いまは夏休み中だよ。だからレムもこんな場所にいるんでしょ」

「あ、うん。そうか……」


 夏休み中だから。

 自分がここにいる理由をミュウが勘違いしているのが気になったが、わざわざ誤解を解くほど大事なことでもない。だから、レムは適当に話を聞き流すことにした。

「よし、それじゃレム。今度こそさっきの地図を見せて!」

「え、いいよ。一人で何とかするから」

「だーめ。色々困ってるところを助けてくれたから、今度はわたしがお返ししてあげるの。でないと、おんなじにならないでしょ」

「……じゃあ、」


 対応の仕方がわからない時は距離を取れ。

 そんな魔導師の定石を忘れたわけではないが、同じにならないといけないならと自分自身に言い聞かせ、レムはミュウへと歩み寄る。

「ここに行くには、どうすればいいかな?」


 魔導機杖の上部に地図を映しだし、目的地の座標を表示する。

「あ、ここなら知ってるよ。ここから西に真っ直ぐ行ったところにある機械部品を取り扱ってるお店。そうだ、よかったらわたしが連れて行ってあげようか?」

 そう言ってミュウがレムの手を引こうとした拍子、くきゅるるる。と、空腹を訴えるお腹の音がどこからか聞こえてき始める。


 音の出所がどこか気づいて、はっとして、レムは慌てて自分のお腹を手の平で押さえつける。

「ひょっとして、お腹減ってるの?」

「ん、まあ……朝からずっと歩きっぱなしだったから」

 レムが答えた瞬間、

「お腹が減ってるなら、うちで食べていって!」

 ミュウの表情がぱっと明るいものに変わる。いや、別に今までの表情が暗かったわけではないが、それでも、さっきまでより格段に表情が明るくなっているのは間違いなかった。




「ただいまー。お客さん連れてきたよ!」

 ミュウに連れられて入った料理店。彼女が口にした第一声を聞いて、ああ、そういうことか。と、レムはミュウの表情が明るくなった理由を理解する。

 なんてことはない。家が料理店を経営しているから、だったのだろう。


「おかえり、ミュウ。あんまり遅いから心配してたのよ。何か事件に巻き込まれたんじゃないかって」

 店の奥から姿を現したのは、ミュウに良く似た顔立ちをした女性であった。というより、ミュウの方が彼女に似ているのだろう。蛍光灯の明かりに当てられ、金色の髪がきらきらと光り輝いている。


「うん、大丈夫だったよ。ちょっと魔導機杖がおかしくなってたけど、この子、レムが解決してくれたんだ。で、杖はいまスタンドに預けてあるの」

「スタンドに預けてきたって、どうしてミュウが魔導機杖を持ってたの?」

「えっ、それはもちろん」

 言いかけて、ミュウは自分が自爆しかけていることに気づく。

「もちろん?」

「う、あうっ。お、おかあさんの杖を勝手に持ち出して――」

 数秒後、ぱこーんと爽快な音が周囲に響き渡り、ミュウは涙目で頭を押さえていた。


「あ、あぅぅぅぅ」

「まったくこの子は……」

「あの、」

 成り行きをじっと見守っていたレムが口を挟もうとすると、

「あ、ご、ごめんなさいね。変なところを見せちゃったみたいで。えーと、レム君だっけ? うちに来るのは初めてのお友達よね」

 ミュウの母親‐シエルは気恥ずかしさを誤魔化すように両手を振ると、そんな風にレムに話しかけてくる。


「はい。というより、知り合ったの自体がついさっきなので」

「ついさっき? ん、知り合ってすぐの男の子を家に連れてくるとは我が子ながら……レム?」

 どこかで聞いた覚えがあるとでも言いたげに、シエルは首を横に傾ける。


「どうしたの? おかあさん」

「あ、ううん。ごめんね、何でもないわ」

「……? まあいいや。ねえねえ、それよりレム、まだお昼ご飯を食べてないんだって。だからなにか食べさせてあげようよ」

「そ、そうね。ありもので適当に作ってくるから、ちょっと待っててね」


 名前くらいは聞いたことがあるんだろうな。

 調理場に向かうシエルの妙な様子から、レムはその事実に感づいてしまっていた。

 自分の名前が居住区にどれくらい広まっているかはわからないが、少なくとも、全く知られていないわけではないだろう。

 同じという言葉を強調していたミュウですら、本当のところはどうかわからないのだ。

(やっぱり、早めに買い物を済ませて戻ろうかな)

 そんなことを考え、レムは壁に取り付けられた丸時計に目を向けてみる。


 すぐに買い物を済ませて、荷物を渡した後に昼食を取る。そうしたとしても、食事の時間が少し遅れるだけで特に問題はないだろう。

 とはいえ、

「どうしたの? そんな所にずっと立ったままで」

「ん、何でもない」

 結局空腹感に勝つことは出来ず、レムはミュウに案内されるまま椅子に腰掛ける。すると窓と窓の合間の壁に、奇妙な球体ガラスが掛けられていることに気がついた。

 ガラスのなかの灯火が、周囲をほのかに明るく照らしている。

「あれって、ひょっとしてランプ?」

「うん。デコレートランプって言うんだよ。ランプの下に油をためて、それを少しずつ燃やしていくの」

「ランプに使われる油って、鉱物から取れる変わったものだよね。昔使われてた、石油って名前の燃料。まだ残ってたんだ」


 マナや魔導機杖が主流になる以前の時代、人々の生活の根本を支えていたエネルギー。それが石油と呼ばれる物質である。

「うん。おとうさんが骨董品集めを趣味にしてたから、わたしの家、昔のものが結構置いてあるんだ」

「へぇ。じゃあ、このランプもミュウのお父さんが集めてたものなんだ」


 Search

 魔導機杖に搭載された【検索】の術式を呼び起こし、レムは石油の項目を調べてみる。

 空中に半透明なディスプレイが浮かび上がり、石油の情報が表示される。


 石油

 地中にある炭化水素を主成分とする液状の混合物。生き物の死骸が地中で変質したと考えられている。マナの発見。それに伴って生まれた魔導がエネルギー革命を引き起こしたため、現在はほとんど使用されていない。


「ふーん。マナが見つかったから使われなくなったんだ」

 レムと一緒にディスプレイの文字を読んでいたミュウが、そう言って口を挟んでくる。

「うん。でも廃れた理由はマナの発見だけじゃないと思うよ。地中から掘り出すってことは外、それも地上に降りるわけだから」

「えっ? でも、外に出ていろんな調べものをする人もいるんでしょ。地上のいまの状態を調べる人がいるって、わたし、前に学校で教えてもらったよ?」

「調査団ならともかく、発掘作業をする人全員を守るのはいくら魔導師でも不可能だよ。第一、掘り出した石油を方舟に届けな……どうしたの?」

「あ、ううん。なんでもないよ。魔導師について詳しいんだなーって思っただけ。魔導機杖も使い慣れてるみたいだし、おなじくらいの歳なのにすごいなって」

「ん、それはまあ」


 言い方こそ多少違っているものの、ミュウの言葉は今まで幾度となく言われてきた事と同じであった。だからこそ、レムは返事を曖昧にしてしまう。

 自分の立場や周囲の眼差しの理由は理解しているし、そういう見られ方が嫌なわけではない。それでも似たような反応ばかりを繰り返されれば、「またか」と思ってしまうのは当然だろう。


「やっぱり、将来は魔導師になろうと思ってるの?」

「えっ?」

 また同じようなことを言われる。

 そう思っていたからこそ、レムは戸惑いまじりの声を上げてしまっていた。ミュウが発した言葉が、自分の予想と大きく異なっていたからだ。

「あれ? ひょっとして違った? 男の子って魔導師に憧れる子が多いって聞いたから、そうじゃないかなって思ったんだけど」


 ミュウの言うとおり、魔導師に憧れを抱く子供は少なくない。

 魔導師と機甲虫の関係は子供が抱くヒーロー像。『悪者を退治する正義の味方』にわかりやすすぎるほどわかりやすく当てはめることが出来るからだ。

 ただ、その考えは普通の子供にしか当てはまらないのだが……。

(そうか。ミュウは知らないんだ)

 瞬間、レムは理解する。自分やリーゼ、シオンについて、何一つミュウが知らない事を。


「どうしたの? レム」

「あ、ううん。何でもない。思ってたことをぴったり当てられて、ちょっと驚いただけ」

「わっ、やっぱりそうなんだ。魔導師って魔導機杖を使ってびゅんびゅん空を飛んで、悪い機甲虫をやっつけるために戦うんだよね。凄いなー、わたしなんて絶対無理だよ。きっと足がすくんじゃって、一歩も動けなくなっちゃう」

(シャルルさんも同じようなことを言っていたな)

 ミュウの言葉を聞きながら、レムは自分自身が機甲虫と相対した時のことを思い出していた。


 集団に対する戦い方。被害を最小限に抑える破壊方法。何を考えるかは状況によって様々だが、怖いと思ったことは一度もなかったような気がする。

 機甲虫と相対した際に恐怖を感じるか否か。

 きっとそれが、普通の人と魔導師との大きな違いなのだろう。

「はい、お待ちどうさま」


 レムたちの話が一息つくと、見計らっていたようなタイミングでシエルが調理場から姿を現す。炒めたご飯をお皿の上に載せていて、レムたちのテーブルまでそれを運んでくる。

 コーンや高菜、卵の黄身を混ぜ合わせたご飯に香辛料を加えて炒めた料理。添え物として、にんじんや白菜がたっぷりと入った野菜のスープが付けられていた。

「さあレム君。冷めないうちに召し上がれ」

「はい。頂きます」

 添えられたスプーンを手に取り、レムは炒飯(チャーハン)を口に運ぶ。スパイスの効いた香味が口元いっぱいに広がって、確かに美味しいのだけど……。


「あの、そんなにじーっと見つめられると――」

「あ、そ、そうよね。あんまりじろじろ見られたら食べづらいわよね」

 慌てたようにシエルは言って、

「ところで、どう?」

 と、味を問いただしてくる。

「ん、凄く美味しいです」


 正直な気持ちをレムがそのまま口にすると、緊張したおもむきで様子を見ていたミュウの表情が、一瞬のうちに笑顔に変わる。

「ほらねおかあさん。やっぱり、美味しいって思ってくれる人はいるんだよ。だから気にすることなんてないって」

「気にすることなんてない?」

 ミュウの言い方に妙な引っ掛かりを感じて、レムは思わず首を捻ってしまう。

「あ、ううん。なんでもないよ。こっちの話、こっちの話。気にしないで」

「……うん」

 いまいち納得出来ないまま食事を続け、レムは完食をする。すると、

「ところでレム君、こんなものがあるんだけど」

 テーブルの上に、ことり、と透明なドリンクの入ったワイングラスが置かれる。


「お、おかあさん。それってまさか……」

「なんです? これ」

 ミュウの反応が若干気になりはしたものの、レムはワイングラスを手に取り、軽く左右に傾けてみる。炭酸でも入っているのかドリンクは時折、小さな気泡を生み出していた。


「んー、スペシャルドリンクってところかな。ささ、レム君。ぐいっと行ってみて、ぐいっと」

「ぐいっ?」

「あ、レ、レム駄目!」

 大慌てでミュウが止めようとして、それよりも早くドリンクを飲んで、

「げほっ!」

 思いきり咳き込み、レムはその場に倒れそうになる。

「あら? やっぱり口に合わなかったかしら」

「なっ、ななな、何なんですかこれ……」

「うーん、名前はまだ決めてないけど、しいて言うならマナドリンクってところかしら」

「マ……ナ?」

 今度こそ、レムはその場にぐでんと倒れてしまう。

「わ、わわわ! だ、大丈夫? レム」

「あらあら大変。ちょっと待っててね。いま水を持ってきてあげるから」

 とんでもないものを飲ませたにも関わらず、シエルは特に慌てることもなく、厨房の方に歩いていった。




「う、まだ口の中がひりひりする」

「ごめんねレム。うちのおかあさん、なんだかへんな趣味があって」

 食事を終えて意識を取り戻したレムは、ミュウと二人、居住区の外れを歩き続けていた。


 レムは頼まれた買い物を済ませるため。ミュウはスタンドに預けておいた魔導機杖を受け取るため。

「いいよ、別にミュウが悪いわけじゃないんだし。それよりさっきの凄いの、マナドリンクって言ってたけどひょっとして」

「うん。液状化させたマナに果物の果汁とかをまぜた飲み物。らしいんだけど……飲み物って言うのはちょっと無理があるよね」

「確かに。あれはちょっと」

 口では表現できないほどひどかった味を思い出し、レムは思わず苦笑いを浮かべてしまう。


「そうだよね、やっぱり無理なんだよ。マナを飲めるようにするなんて。あーあ。おかあさん、どうしてあんなことしてるんだろ。あんな実験みたいなのより、もっと先にやることがあると思うのに」

「もっと先にやること? そういえば、さっき気にすることなんてないって言ってたよね。あれって、どういう意味だったの?」

「えっ、それは……」

 先ほどの話題を蒸し返され、ミュウは急に黙りこんでしまう。しばらくの沈黙の後、

「やっぱり気になるもの?」

 と、上目遣いに尋ねてくる。


「うん。あんな言い方されたら、何かあるのかなって思うから。どうしても言いたくないなら、無理にってわけじゃないけど」

「ん、気遣わなくていいよ。べつに隠すほどのことじゃないから」

 そう言って、ミュウは自分の家のことを話し始める。


 あの料理店はミュウの両親が個人経営している料理店ということ。父親が生きていた頃はそれなりに流行っていたが、一年前に父親が亡くなり、お客さんが離れてしまったこと。

「おかあさん、前に言ってたんだ。うちに来てた人は、おとうさんの味が好きで食べにきてた。常連さんは舌が()えてるから、味の違いに敏感(びんかん)なんだって。おかあさんもおとうさんの味付けを真似てはいるけど……似ていても、どこか違うんだよ」


 朝方から日中に艦内時計が切りかわったのだろう。人工太陽が照らす明かりが勢いを強め、ミュウの後ろに伸びていた影が長さを増していった。


「わたしはまだ小さいから調理場に立たせてもらえないけど、お客さんのために料理を作るようになったら、やっぱり、おとうさんの味付けを意識するようになるんだろうなって」

 ミュウが発した言葉を、レムは複雑な思いと共に受け止めていた。

 期待と重圧。憧れと嫉妬。

 それら全ての感情を、レムは今まで何度も受け止め続けてきたからだ。

 そんなおり、ミュウの淡いため息が聞こえてくる。


「なんだかへんな話だよね」

 気づけば、彼女は青色が映しだされた空を仰いでいた。

「この船の外には機械の虫が満ちあふれてて、魔導師さんたちが命がけで戦ってくれてる。なのにわたしやおかあさんはおとうさんが作った料理の味をなんて、そんなことを気にしてるんだよ」

「……変じゃない」

 父親を真似るのはおかしなこと。

 ミュウの言葉にそんな意味が込められているように感じたからだろう。自分でも知らぬうち、レムは声を滑らせていた。


「えっ?」

 不思議そうにミュウが首を(ひね)ったことで、レムははっと自分を取り戻す。

 ただ、自分のことを追求されたくなくて、

「別に、変じゃないと思うよ。何も食べないで生きていくことは出来ないから、そんな、自分が間違ってるような言い方はしないで欲しいんだ」


 レムは、嘘と本心の入り混じった言葉を並べていった。

 本当の理由は、料理云々とは何の関係もないのに……。


「ねえ、ミュウはお父さんと同じ味つけが出来るように、二代目って名前に恥じないような料理を作れるようになりたいんだよね?」

「んー、おかあさんはそう思ってるみたいだけど、わたしはちょっと違うかな。みんなにさすがあの人の娘だって認めさせる。それが悪いとは思わないけど、それじゃ、なんで料理なのかがわからないから」

「何でって?」

「うん。例えばおとうさんが魔導師だったりしたら、わたしは魔導師を目指してたのかなって。なんのために料理をするのか。それを考えたとき、おとうさんの名誉、あの人の娘だって認めさせる。そういうのはすこし違うかなって。って、調理場に立ったこともないのにこんなことを言うのはおかしいよね」

「…………」

「あれ、レム? どうしたの」

「あ、うん。ごめん。何でもない」


 慌ててそう答えると、不思議そうにミュウが首を傾げてくる。

「へんなレム。それじゃ、スタンドはこっちだからわたしはもう行くね。ばいばーーい」

 十字路に差し掛かると、ミュウはレムが行く方向とは反対側に走りだす。

 人工太陽の光を照り返していた金色がだんだんと小さくなって、やがて、見えなくなってしまう。それでもレムは動くことなく、その場に取り残されたように立ち尽くしていた。


 父親を継ぐ。周りの期待に答える。

 今までリーゼの命令に従い続けてきたのは、レムの根底(こんてい)に、そんな思いが根を張っていたからだ。

「何のために……か」

 だからこそ、レムにはわからなかった。

 自分が、何のために戦っているのかが。






 ミュウの案内でお店に辿り着いたレムは買い物を終わらせ、そのまますぐに居住区を後にした。ミュウとのことがあったせいで、だいぶ時間が押していたからだ。


「リーゼさん。これ、頼まれていた部品です」

 自室でキーボードを叩き続けていたリーゼの下に向かい、レムはそう言って紙袋を差しだす。

「頼まれていた部品?」

「はい」

「ん、そうか。私が頼んだ……」

 リーゼの返事には所々詰まっている部分があり、若干、歯切れが悪いように思えた。


「あの、ひょっとして何か間違ってました? 渡されたメモの通りに買ってきたつもりですが」

「ん、あ、ああ。そうだな。これで間違っていない。ご苦労だった。部品は私からスタッフに渡しておくから、お前はすぐに外に出、方舟周辺の警戒に当たるように」


 部品の入った袋を机の端に置くと、リーゼは早口に言葉を告げてパソコンに向きなおる。

 リーゼがレムに下した任務は、方舟の護衛を目的としたものだ。異常があればすぐにブリッジクルーに報告し、機甲虫が接近している場合、最優先で駆除を開始する。


 任務の詳細をリーゼに確認する必要もない。今まで幾度となく行ない続けてきた行為。にも関わらず、

「どうした、まだ何かあるのか?」

 レムはその場を動くことなく、リーゼの背中をじっと見つめ続けていた。

「外に出る前に、一つだけ聞きたいことがあります」

「聞きたいこと?」

「はい。あの、リーゼさんは、どうして機甲虫と戦おうと思ったんですか?」

「どうして? 何を寝ぼけたことを。抵抗もせず、むざむざ虫にやられろと言うのか?」


 話にもならないと言いたそうに、リーゼは早々に話を終わらせようとする。と、

「そういうことじゃありません。でも、リーゼさんは自分から魔導師って役職に志願したんですよね。どうして、自分から危険に飛び込もうと思ったのかなって」

 レムから突っ込んだ質問を向けられ、リーゼはぴくり、と大きな反応を示す。

「機甲虫という外敵が存在する以上、誰かがそれと戦わなければならない。その答えでは不服か?」

「それは……」


 リーゼの言葉は正論で、昨日までのレムなら、その考えに何の疑問も抱かなかっただろう。けれど今は、その言葉だけでは納得することが出来なかった。

 本当にそれだけでいいのか。

 そんな考えが、レムの頭のなかをぐるぐると回り続けていたからだ。

「機甲虫を駆除すれば、それだけ多くの人々が救われる」

 疑問を抱いていたレムに向けて、リーゼは言葉を被せてくる。

「でも……」

「くどい。くだらんことに気をかける暇があるなら、さっさと艦外に出、周囲の警戒を行なっておけ。こちらにはまだまだやることが溜まっているのだから、これ以上手間をかけさせるな」

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 魔導師シオン・リストールが人々から英雄視されるようになったのは、意外なことに、彼がこの世を去ってからの出来事である。

 人智を超える力を持つ魔導師。方舟の守り神。

 そんな彼がどうして命を絶つに至ったか。

 そこには、一人の女性が大きく関与していた。


「どうして自分から危険に飛び込もうとするのか、か」

 レムを方舟の艦外に追い出した後、リーゼはふと、レムに問われた言葉を思い返す。

「懐かしい言葉だな」

 そんな風に言葉を漏らしたのは、リーゼ自身が、十数年前に全く同じ質問を行ったことがあったからだ。


「あの時『あいつ』が口にしてくれた言葉は嬉しいものであったが、」

 リーゼの言う『あいつ』とは、唯一、彼女が気を許してもいいと思った男性のことだ。

 魔導師シオン・リストール。

 レムの父親であり、英雄として、この世を去った人物でもある。


「美談が美しいのは、そこで物語が完結しているからだろうな。残されたものからすれば、(たま)ったものではないというのに」

 シオンが命を落とした、英雄視されるようになった事件を思い出し、リーゼは吐き捨てるように言葉を呟いた。




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