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ひとしずくの君

中島と吉祥のお話いただきました

『エンゲージリング』


 あの時 お前が何を思って話を聞いていたのか


『好きな相手からこの指に指輪をはめてもらうの』


 俺はきっと怖くて聞けない


 俺は臆病だ。

 だから 先に釘を刺す。自分が傷つかないように。


「…だから、特に意味とかなかったんだよ。」

「…え?」

 突然何を言い出したのか意味がわからないわ!そんな表情をしながら、大きな目を俺に向けてくる。

「…だから、この間のタンポポの指輪。薬指にはめちまったのは、たまたま…そういう意味あるって忘れてて」

 言うのが何故か気まずくてつい顔を逸らしてしまったが、視線を吉祥の方へ戻すと、俺と目が合ったこいつははっとして食ってかかる。

「意味もなく、信じられない!信じられないわ!!」

 頬を赤く染めて、いつもの高い声で俺に不満をぶつけてくる。

「悪い、悪い」

 いつものように俺を怒鳴りつけるから、俺もいつものように笑いながらこいつの頭を撫でて宥めようとする。

(……ホント、いつも無駄にさらさらしてんなー、こいつの髪。)

 こいつと話すと、喧嘩腰にはなるけど結局俺は笑顔になる。そんな自分にはとうに気が付いている。

(…こいつは…どうなんだろう…)


『特に意味とかなかったんだよ』


(…つけた時は…本当に”そういう意味”なんてなかったけど…、後付でも良いんなら…)


 意味がある


 そう言ったら お前はどうする?



ひとしずくの君



 好きなのかな 


『オライがなんで髪切ったっちゅーの知りたいんきにな』


 【吉祥】の名前の秘密を阿修羅から聞いた時には、自信はないけど、もしかしたら自分はあいつが好きなのかもしれないとは自覚していた。

 正直、阿修羅から話を聞いた時に、自分がどういう顔をしていたのかは覚えていない。

 京助たちは気づいてなくても、目聡い阿修羅ならきっと気付いていると思う。

(…両想い…になったとしてもそれかよ)

 あいつのことを「吉祥」なんて呼ぶこと自体そう滅多にないけれど、あいつの名前を呼ぶのが怖くなった自分に気付いた。


 この 好きかもしれない はきっと報われない


 阿修羅は 今の俺を見てどう思ってるんだろう



「…何だよ、突然アポなしで押しかけてきやがって」

「…よ、用事がなくちゃ来ちゃいけないの?他の人は良くても私は来ちゃだめなの!?」

 雨ががちらほらと降り始めた中、突然来訪したこいつに玄関先に呼び出された。

「……そうだなー、お前来るとうるさいから来るな。」

「な…っ!酷いわ!本っっ当にむかつくわ!!」

 この間聞いた阿修羅の話を思い出して、思わず冷たい言葉を吐いてしまう。

(…今の…ちょっと冷たすぎたかな…)

 自分が意図して冷たくしてるのに、言った瞬間に後悔していては仕方が無いと自分でも思う。

「…特に用事ないんなら、帰れよ。俺もそんなに暇じゃねーし」

(…嘘)

 本当なら、用がなくても来て欲しいと思っている。用がなくても、顔を見たいし、声を聞きたい。

 いつもみたいに、些細なことで言い合いになっている時間もそれなりに楽しい。

 こいつの顔を暫く見なければ、こんな思いはどこかに消えてくれるだろうか

 目の前の女を見ながら、そんな考えばかりが頭の中を巡る。


「…よ、用事なら…あるわ!」

「? 何だよ、言ってみろ」

「…て…」

「は?」

「手を出してって言ってるの!!」

「え、ちょ、おい」

 無理矢理手を引っ張られ体勢を崩しそうになると、吉祥が俺の掌の上に、赤い小さなものを転がした。

「……何?これ」

「み、見てわからないの!?指輪以外何に見えるってゆーのよ!?」

 手の中には、赤い大きな石を中央に飾ったおもちゃの指輪があった。

 指輪を貰う意味がわからなくて吉祥の顔を見るが、何故か頬を赤く染めながらキッと睨まれる。

「香奈とかに言われてからずっと考えてたわ!誰に指輪をはめてもらったら一番嬉しいか!」

「…は?」

(……本っっ当に…意味がわかんねぇ…;;;)

 渡された指輪を握りながら、俺は思わず間抜けな声を出してしまった。

 目の前の女の行動は、いつも突拍子が無くて対応に困る。

 俺が話について行けてないことなどお構いなしに、こいつはマシンガンのように話し続ける。

「ゆーちゃんって本当にむかつくわ!」

(…はいはい、いつもむかつくんだろ)

 またいつもの「むかつくわ!」が出たのだと、俺は油断していた。

 だって いつもと 違ったんだ


「指輪のこと考えてたら、ゆーちゃんの顔しか出てこないんだもの!」

(……………は?)

 何かの聞き間違いかと思い、俺は一瞬固まった。それにしてはどうにも都合の良い聞き間違いだ。

「私、嬉しくなりたいわ!」


 なんだってこんな奴が良いんだろう

 うるさくって わがままで

 京助のパパさんが―――好きな奴がいる女のことなんか


『好きな相手からこの指に指輪をはめてもらうの』


「私が嬉しくなるには、ゆーちゃんにはめて貰わなきゃ駄目なの!そう、駄目なのよ!」


 どうして 好きなんだろう


「さぁ、早くはめなさ――――」

 

 吉祥の言葉は、最後までは俺の耳に届かず、傘が落ちた音だけが俺の耳に響く。

 気付いたら、目の前のこいつを抱きしめていた。

 後先考えず思わず抱きしめてしまった自分に、少し驚いた。

 京助たちの中じゃ、自分は割と冷静な方だと思ってたからだ。

(…なんだってこいつは)


「……な、な、な、な、な、な…」

 俺の腕の中で、吉祥がわなわなと震えだす。

「何するのよ!?;;; 信じられない!!信じられないわ!!;;; 私に言いもしないでどうしていきなり抱きしめるのよ!?;;;; 離してよ!!;;;」

 顔は真っ赤で、今にも泣きそうなくらい目を潤ませながら、離せ離せと怒鳴ってくる。

 なのに、両腕はしっかりと俺の背中に回してる辺り…

(…かわいいなぁ…って思うの…ありかな?)

 そんなこいつを見ていると思わず笑いが込み上げてきて、とうとう俺は笑ってしまった。

「お前って…素直じゃないくせに、変な所で素直だよな…」

「!? 何ですって!私のどこが素直じゃないのよ!!私は素直よ!!」


 そう 自分も本当に素直じゃない


 淋しがりなのに 淋しい時に 淋しいと言えないんだ


 だから


「……………吉祥。」


 ぎゃーぎゃー騒いでいた吉祥の動きがぴたっと止まる。

「吉祥。」

 大人しくなった吉祥の耳元で、再度今までは避けていた名前を呼ぶ。

「…………」

「あー、傘落としたから雨に濡れちまったなー。姉貴たちもいるし…家上がってくか?」

「…! も、もちろん上がっていくわ!」

 

 お前が逃げられないように 名前を呼んで

 俺の元から 離れられなくなれば良いのに



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