Episode 1 気まぐれにステーキハウス
夜は、ステーキハウス。そういう気分の日だった。
いいものを食べたかった。なんとなく。
あるだろう、みんなも。
「凛音、ステーキハウス行こう。駅前のあそこ」
「いいけど、また急だね」
「今日はどうしてもあそこの気分なんだ」
「あはは、いいよ。ワインでもつけたら?」
「肉には赤ワインだよね。わかるー」
と、凛音のお家からてくてくと店に向かう。
夏も終わりかけ、空気は涼しい。
すぐに店前についたが、どう見ても家族連れが複数待っている。
諦めようかと一瞬悩んだが、いやいや今日はどうしてもステーキを食べずには帰れない。
受付に名前を書き、順番を数えると3番目。
案外早いじゃないか。
妙に座りづらいパイプ椅子のようなベンチに2人で座った。
隣の凛音に声をかける。
「涼しいね」
「今年の夏は涼しい日も多かったね」
「あっ、蚊が寄ってきてる」
「んあっ?」
「座ってると刺されるよ。ちょっと動き続けよう」
「蚊は嫌だー」
と、2人立ち上がり、駐車場をおもむろにうろうろ回り始める。店内の人からしたら**「なんだろう?」となる**だろうが、こちらは死活問題だ。
二人とも体温が高く、**蚊に刺されやすすぎる**のだ。
喋りながらトコトコぐるぐる店前をうろついてるのは、異様だったかもしれないが許してほしい。
こちらは2人連れ。15分も待たないうちに、席に案内される。
つやつやの木のダイニングセットはある種の迫力もある気がする。
お尻のところにくぼみがある座りやすそうな椅子に腰掛ける。
店に入ったときから、香ばしい肉の焼ける香りに四方を囲まれている。
メニューの売りは、ロースステーキのようだ。
限定特価と書いてあった。
私たちは二人とも、迷いなくロースステーキとライスのセットを頼んだ。
しかし、私は150gだ。凛音はというと、300g。私の2倍である。身長も体重も2倍じゃないのに。
いいのかそれで、と思いつつ、凛音がどか食いするのも可愛いと思ってるのでつっこまないでおく。
他愛もない話をしながら待っていると、赤ワインがサーブされた。
「凛音も飲む?」
「一杯だけね。あとはあげる」
「わかった。ありがと。はい、どうぞ」
とグラスにワインを注いで凛音に渡す。
自分は手酌で十分だ。というか、他人にお酌させるのはなんとなく苦手だ。量とかコントロールできないし。
赤ワインは、500mlくらいだろうか? フルボトルよりかなり飲みきりやすいサイズだ。
「じゃあ、かんぱい」
「かんぱい」
チン、と軽くグラスを鳴らす。
ワインをちびちび飲んでいると、続けてライスとステーキがサーブされた。
300gのお皿はイメージ通り、私の150gのお皿よりなおでかい。
太めの私の前ならまだしも、細身の凛音の前にあると迫力がすごい。
じゅーじゅーと音をたてて汁を跳ね飛ばす黒々とした鉄板。
肉の上にはバター。インゲンとコーン、ジャガイモは皮を剥いた半玉。ボリュームたっぷりだ。
いただきます、とまずは何もかけずに一口。
脂がじわりと口のなかでとろける。
すかさずライスを頬張ると、熱々のライスと肉の脂とで進む進む。
醤油ベースのソースを全体にたらす。野菜もだ。
インゲンを口に含む。うん、いい野菜らしい味わい。
コーンもフォークですくって食べる。少し塩っぱい。
バターを鉄板にずらして溶かしてみる。じゃがバターと、バターコーンの出来上がりだ。
もう少しパンチを、と黒胡椒をがりごりと全体に削ってみる。
肉をもう一口。醤油ソースと、黒胡椒の香ばしさが鼻をくすぐる。昔のヨーロッパ人が黒胡椒を求めたのもわかる。
そう、昔は金と黒胡椒は等価値だった時代もあったらしい。
それくらい価値のある味だ、これは。
米と先ほどよりさらに合う。
米と肉を咀嚼し、じゃがバターをナイフでカットして一口食べるとまた良い。
ヒマラヤ岩塩を削ってもいいが、私はガーリックソルトに目をつけた。
これはかなりしょっぱいものだ。来店ははじめてじゃないので経験則でわかる。
これもまた、全体に薄く振る。縦に振るのではなく、横方向に振るのが粉ものを出し過ぎないコツだ。
料理にも使えるのでみんなも覚えておこう。
ぎょりりと、肉をナイフで切り、はむりと食べると。
ニンニクと塩気のダブルパンチだ。こんなの米をかき込むしかない。
先ほどよりさらに、肉に対して米の比率が倍増した。
ちらりと凛音の方をみると、実に半分の肉を平らげていた。私が完食するのと同じ量を、食べきっていた。
私が75g食べる間に150g食べているということだ。2倍速だ。量も2倍ならば速度も2倍ってか。
このように、凛音はどか食いの名人なので食べ終わる時間がずれることはまずない。
というかなんなら私のほうが遅いくらいだ。
スパートをかける前に、水をゴクリゴクリと、半分飲んだ。
そして、赤ワインもひとくち。
ボトルの残りの赤ワインを手酌で注ぐ。
私たちはステーキが来た瞬間から無言だ。
当たり前だ、美味しすぎる。こんなの、トークを挟む隙もない。
美味しいご飯を前にしたら、ヒトもケモノも無言になるものだ。
後半スパート、はふはふ、とご飯と肉。間に野菜をかき込む。
最後の一口を飲み込み、赤ワインでしめた。
もちろん凛音は私より先に食べ終えていた。
凛音と食後の品評会がはじまる。
私はつぶやいた。
「めちゃくちゃ美味しかった……」
「うん、なんというか感動したよ」
「150gで足りるか心配だったけど杞憂だった」
「ライスがそもそも多かったね。嬉しい」
「うんうん、肉とライスは最強」
お店は極限までコスパを追求しているからか、現金決済のみだった。
ケモペイで割り勘をし、凛音に現金でまとめて払ってもらう。
別に彼氏役とか、そういうのはないが、なんとなく面倒でいつもまとめて払うときは凛音に押しつけているのだ。
まあ料理は私がやることが多いからウィンウィンということで。
「ありがとうございました!」
「ごちそうさまですー」
「ごちそうさま」
と、華麗に退店をキメた。
ほかの客は、ステーキを食べながら談笑を楽しむ人々も多かったが、私たちはそういう層ではない。
食べ始めたら一直線、黙々と食べ、終わったら即座に帰る。
まあ、そういうお客もいるものなのだ。
なんせ、帰りの道中しゃべればいいからね。
私たちは半同棲のようなものだから。
今夜もいい日だったな。
新連載です。ゆるりとお付き合いください。




