最終話 認喰い
音が、ない。
完全な無音の中で、三人はそこに立っていた。
動かない。
瞬きもしない。
ただ、こちらを見ている。
――観察している。
それだけの存在。
干渉しない。
何も、しない。
ただ。
“見ている”。
「……っ」
声が出ない。
喉が震えるだけで、音にならない。
体が動かない。
逃げられない。
視界の端で、三人は変わらず立っている。
距離も、表情も、何一つ変わらないまま。
――その時。
背後に、何かが“ある”と気づいた。
音はない。
気配もない。
でも。
確実に。
“そこにいる”。
理解じゃない。
本能が、そう告げていた。
振り向けない。
振り向いた瞬間、終わると分かる。
なのに。
背中に、何かが触れた。
冷たくも、温かくもない。
感触のない“接触”。
ゆっくりと。
何かが、背後から――
覆いかぶさる。
肩から。
首へ。
頭へ。
逃げ場を塞ぐように。
優しく。
確実に。
包み込まれていく。
「……やめろ」
声にならない。
その言葉は、どこにも届かない。
視界の端。
三人は、変わらずこちらを見ている。
助けない。
止めない。
ただ。
その“過程”を、観察している。
背後の“それ”は、形を持っていなかった。
影でもない。
人でもない。
ただ――
“認識そのもの”のような存在。
それが、ゆっくりと自分を包み込んでいく。
頭の中に、言葉が流れ込む。
――「認識された」
その瞬間。
何かが、切れた。
自分の名前を、思い出そうとする。
何度も。
何度も。
――出てこない。
空白。
最初から、そこに何もなかったみたいに。
「……俺は」
続かない。
“俺”の先が、存在しない。
腕が、見えない。
体の輪郭が、曖昧になる。
境界が、崩れていく。
自分がどこまでか、分からなくなる。
背後のそれは、さらに深く入り込む。
包み込む。
溶け込む。
そして。
――“取り込む”。
痛みは、ない。
恐怖も、薄れていく。
感情すらも、削がれていく。
ただ一つ。
理解だけが、残る。
――自分は、もう認識されない。
最後に、思い浮かんだのは――
増え続ける数字だった。
再生数。
登録者。
コメント。
あれが、自分だった。
あれが、自分の価値だった。
――だから。
それが消えれば。
自分も、消える。
完全に、包み込まれる。
内側と外側の区別が消える。
世界との繋がりが、断たれる。
そして。
――何も、残らなかった。
机の上に、スマホが置かれている。
画面が、静かに点灯する。
音は、ない。
通知も、ない。
ただ。
黒い画面の中央に、文字が浮かび上がる。
――「またどこかで」
その下に。
一つのリンク。
見覚えのある、URL。
誰も触れていないのに。
ゆっくりと、開かれる。
画面の中で。
動画が、再生される。
タイトルは、ない。
投稿者も、いない。
ただ。
そこには――
誰かの“走馬灯”だけが、流れていた。




