第51話 深層の影
中層の森を抜けた瞬間、空気が変わった。
重く湿った気配が、わずかに軽くなる。
銀嵐は無言で歩いていた。
疲労はない。
だが気は抜いていない。
カイルが先頭で足を止める。
「ここから上層だ。だが気を抜くな」
「了解」
ドランが短く返す。
レオンは後方を振り返る。
中層の奥。
薄暗い木々の向こう。
あの先に、何かがある。
はっきりとは分からない。
だが。
(……押し出されている)
グランザ。
薄影豹。
そして中層個体の増加。
自然な循環ではない。
森が、ざわついている。
街道に出た瞬間、銀嵐の空気が一気に緩んだ。
石畳。
人の気配。
煙の匂い。
ドランが深く息を吐く。
「……帰ってきたな」
ミレアが大きく伸びをする。
「なんか久しぶりな感じする」
エドが杖をしまいながら冷静に言う。
「いや、半日だぞ」
だが全員、同じ感覚だった。
中層は“別の場所”だ。
門番が銀嵐を見る。
「おう、今日は早いな」
「中層まで行ってきた」
カイルが答える。
門番の目が一瞬だけ鋭くなる。
「……最近、中層が騒がしいって聞くが」
「その通りだ」
カイルはそれ以上言わない。
まずは報告。
ギルドに入る。
扉を押す。
ざわめきが一瞬止まる。
銀嵐はもう新人ではない。
中層帰還パーティーだ。
受付のリズが顔を上げる。
「お帰りなさい。報告を」
「中層内部、魔物の押し出し確認」
エドが簡潔に言う。
「個体数増加。行動範囲拡大」
ミレアが続ける。
「深層側からの圧を感じました」
リズの手が止まる。
「……深層、ですか?」
カイルが頷く。
「異常だ」
その時。
ギルドの扉が乱暴に開いた。
全員の視線がそちらに向く。
入ってきたのは――
ドレイクだった。
全身に土埃。
肩に裂傷。
大剣を引きずるように持っている。
ギルド内の空気が一変する。
「……深層で見た」
低い声。
重い。
「ミスリルゴーレムが三体」
沈黙。
「三体だ」
ざわめきが爆発する。
カイルの表情が変わる。
「……深層で?」
「縄張り争いだ。あれは通常個体じゃねぇ」
ドレイクが吐き捨てる。
「三体同時は無理だ。撤退した」
Bランクのドレイクが、撤退。
その意味は重い。
リズが震える声で言う。
「……ギルド長に報告を」
カイルがパーティーを見る。
視線が交差する。
森の異変は、確定した。
これは銀嵐だけの問題じゃない。
街の問題だ。
ギルドの奥の扉が、静かに開く。
冷たい空気が流れる。
「では、話を私の部屋で聞こうか」
ギルド長が討伐隊を見渡しながら言う。
「銀嵐も一緒に来てくれ」
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ギルド長室の空気は張り詰めていた。
ドレイクの報告が終わる。
「三体同時……か」
ギルド長の声は低い。
「放置はできない」
即断。
「三班編成を組む」
リズが頷く。
「第一班はドレイク」
「第二班は銀嵐」
「第三班は混成支援班」
その時、第一班のベテランが口を挟む。
「待て」
視線が動く。
「銀嵐の中にEランクがいる」
レオンへ。
「深層だぞ」
「足手まといは連れて行けない」
当然の指摘。
カイルが前へ出る。
「足手まといじゃない」
「中層内部でも連携は取れている」
「戦闘も問題ない」
ドランが低く言う。
「判断は早い」
ミレアが腕を組む。
「逃げ足も速いわよ」
エドが冷静に補足する。
「戦術理解は十分」
セシルが小さく続ける。
「……彼がいなければ、私たちは消耗していました」
だがベテランは首を振る。
「それでもEはEだ」
沈黙。
その時。
ドレイクが口を開いた。
「問題ない」
全員が振り向く。
「理由は?」
ベテランが問う。
ドレイクはレオンを一瞥する。
そして短く言った。
「こいつの推薦人は俺だ」
部屋が静まる。
リズが即座に応える。
「はい、その通りです。登録時に確認済みです」
ドレイクは続ける。
「足手まといなら俺が切る」
低い声。
冗談ではない。
責任の宣言。
ギルド長が数秒、レオンを見る。
沈黙の後。
「同行を許可する」
決定。
反論はない。
ドレイクが言った以上、覆せない。
カイルが小さく息を吐く。
レオンはまだ分からない。
なぜドレイクがここまで言うのか。
だが一つだけ確かだ。
深層へ行く。
ミスリルゴーレム三体。
これはリーデルの冒険者の戦いだ。
「明朝出発だ」
ギルド長が告げる。
「準備しろ」
森は、動いている。
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