第26話 一人の夜
火の向こうは、すべて闇だった。
枝が爆ぜ、小さな火の粉が夜へ溶けていく。
その明かりだけが、この場所に自分がいる証だった。
レオンは膝を抱えるようにして座り、静かに森を見渡した。
知らない匂い。
知らない音。
風が草を撫でるだけで、神経が反応する。
村の外で夜を過ごすのは初めてではない。
だが——完全に一人の野営は、これが初めてだった。
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薪を一本くべる。
炎がわずかに大きくなる。
闇が、ほんの少しだけ後退する。
それでも世界のほとんどは暗闇のままだ。
父はいない。
見張りを交代してくれる仲間もいない。
すべて、自分一人。
その事実が、静かに胸へ沈んでいく。
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物音。
反射的に剣へ手を置く。
——風だ。
分かっていても、体の緊張はすぐには解けない。
遠くで獣の遠吠えが響いた。
低く、長い声。
どこかで何かが狩られている。
ここはもう、守られた森ではない。
弱ければ、喰われる。
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ふっと息を吐く。
恐怖はある。
だが不思議と、逃げたいとは思わなかった。
胸の奥にあるのは、むしろ研ぎ澄まされる感覚。
捕食者の静けさだった。
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横になる。
だが剣は手の届く場所に置いたまま。
眠りは浅い。
何度か目を覚まし、その度に火を確かめた。
炎が消えていないことに、小さく安堵する。
どれほど時間が過ぎただろう。
やがて空気が変わる。
夜が、少しだけ薄くなる。
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目を開ける。
鳥の声。
朝だった。
体を起こし、周囲を見渡す。
何も起きていない。
それを理解した瞬間、胸の奥が静かにほどけた。
(……生きている)
当たり前の事実が、妙に重く感じる。
誰も起こしてくれない朝は、初めてだった。
だが悪くない。
これが、一人で生きるということだ。
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手早く火を消し、荷をまとめる。
街道へ戻ると、やがて一本の標識が見えてきた。
風雨に晒され、少し傾いている。
だが文字はまだ読めた。
——バルクスまで 半日
「バルクス……」
小さく呟く。
父が言っていた中継町の名だ。
旅人と商人が集まる、街道の拠点。
徒歩だけで進むより、あそこで馬車を拾った方がいい。
そう教えられていた。
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歩き続けるうちに、人の姿が増えていく。
荷車を引く農夫。
商人らしき一団。
剣を腰に下げた男。
視線が一瞬だけ交差し、すぐに離れる。
それだけで分かる。
ここはもう、村の延長ではない。
外の世界だ。
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昼を過ぎた頃。
緩やかな坂を下った先に、それは見えた。
建物の群れ。
立ち上る煙。
絶えず動く人影。
「……あれがバルクスか」
村よりずっと大きい。
だが、話に聞く都市ほどではない。
ほどよい喧騒が、遠くからでも伝わってくる。
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町へ足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
声。
金属音。
馬のいななき。
様々な匂いが混ざり合う。
思わず足を止める。
(懐かしいな……)
不意に、前世の記憶がよぎった。
まだ料理人として修行していた頃に暮らしていた、地方の町。
規模は違うはずなのに、どこか似ている。
人が行き交い、それぞれの生活が動いている。
村にはなかった密度。
胸の奥に、小さな高揚が灯る。
同時に理解する。
世界は、自分が思っていたよりずっと広い。
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通りを進んでいると、大きな荷馬車が目に入った。
数人の旅人が乗り込み、御者が縄を確認している。
乗り合い馬車だ。
レオンは迷わず近づいた。
「次はどこへ向かう?」
御者の男が振り返る。
「一番近い、冒険者ギルドのある街に行きたい」
「ギルドか……それならリーデルだな」
聞いたことのない名だ。
「遠いのか?」
「ここからなら——馬車で十日ってところだ」
十日。
思っていたより長い。
だが、不思議と嫌ではなかった。
むしろ胸が高鳴る。
まだ見ぬ街。
まだ見ぬ冒険者。
すべてがこの先にある。
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その時、視界の端に大剣が映った。
振り向く。
革鎧を纏った男が、無造作に壁へ寄りかかっている。
腕には無数の傷跡。
纏う空気が違う。
(……強い)
直感で分かる。
あれが、本物の冒険者。
自分はまだ入口に立っただけなのだと理解する。
だが——同時に思う。
いずれ、あの場所へ辿り着く。
---
「坊主、一人旅か?」
御者が笑う。
「度胸あるな」
「そうでもないよ」
短く答える。
恐怖がないわけじゃない。
だが、それ以上に前へ進みたい。
その気持ちの方が強かった。
---
馬車へ視線を向ける。
ここから十日。
長い旅になる。
だが、それでいい。
急ぐ必要はない。
一歩ずつ進めばいい。
村を出た時から、もう決めている。
守られる側ではなく——
狩る側として生きると。
---
レオンは荷を背負い直し、小さく息を吐いた。
世界は広い。
だがその広さが、今はただ心地よかった。
冒険は、もう始まっている。
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