第24話 夜明けの前に
父たち本隊が到着したその日のうちに、方針は決まった。
若い衆の中から二名を選び、即座にギルドへ向かわせる。
怪鳥の出現は、もはや一つの村で抱え込める問題ではない。
「途中で引き返すな。必ず報告しろ」
父の言葉に、二人は強く頷いた。
恐怖はある。
だがそれ以上に、自分たちが伝令を任されたという責任が、その背を押していた。
夜が明けると同時に、彼らは森の向こうへと消えていった。
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残る者たちの役目は一つ。
守ること。
「三日だ」
父が言った。
「三日間ここに滞在する。もしその間に襲撃がなければ、ひとまず村は持ち直す」
逆に言えば——来る可能性があるということだ。
誰もそれを口にはしなかった。
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復旧作業はすぐに始まった。
裂けた屋根に板を打ち、壊れた柵を組み直す。
家畜小屋の補強には、父自らが加わった。
無駄のない動き。
それだけで村人の表情が少しだけ緩む。
強い者がいる。
それは何よりの安心だった。
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レオンも動いた。
負傷者の手当てを手伝い、炊き出しを任される。
鍋の湯気が立ち上ると、不思議と人が集まる。
温かい匂いは、それだけで心を現実に引き戻した。
「助かる……」
椀を受け取った男が、小さく頭を下げる。
レオンはただ頷いた。
守るとは、剣を振るうことだけじゃない。
少しずつ、それが分かり始めていた。
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ニ日間。
怪鳥は現れなかった。
だが平穏とは程遠い。
夜になるたび、誰もが無意識に空を見る。
風が強く吹けば肩が揺れ、
影が動けば視線が走る。
家畜が怯えて鳴いた夜もあった。
結局それはただの狐だったが——
誰も笑わなかった。
恐怖は、まだ空に居座っている。
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三日目の夜。
見張りに立ったのは父とレオンだった。
焚き火はない。
闇の中、並んで立つ。
森は静かだった。
静かすぎるほどに。
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「……怖かったか」
不意に父が言った。
レオンは少しだけ考える。
誤魔化す理由はない。
「怖かった」
一拍。
「でも、逃げなかった」
父は何も言わない。
ただ小さく頷いた。
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「トーマを庇う動きだったな」
「見えていたから」
「違う」
父は静かに言う。
「見えていても、体が動かん奴は多い」
夜風が草を揺らす。
その音だけが流れる。
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「判断が早かった」
短い言葉。
だが重い。
「技は教えられる。だがな——逃げない心は教えられん」
胸の奥が、わずかに熱くなる。
褒められたのは分かる。
だが父の声はいつも通りで、それが余計に深く響いた。
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しばらく沈黙が続いた。
空には星が広がっている。
あの夜と同じ空だ。
だが、もう違って見えた。
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「父さん」
「なんだ」
レオンは視線を前に向けたまま言う。
「村に帰ったら……冒険者になる」
言葉は、驚くほど静かに出た。
迷いはない。
父はすぐには答えない。
風が通り過ぎる。
長い沈黙。
やがて——
「そうか」
それだけだった。
反対も、引き止めもない。
ただ受け止める声。
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「生きて帰ってこい」
父は続ける。
「それだけ守れ」
胸の奥で、何かが定まる。
約束ではない。
だがそれ以上の言葉だった。
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父は空を見上げる。
「お前はもう、この森に収まる器じゃないな」
静かな声。
断言だった。
レオンも空を見る。
世界は広い。
そして危険だ。
だが——だからこそ行く。
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東の空が、わずかに白み始める。
夜が終わる。
長かった少年の時間も、同じように。
光が森を撫でる。
影が後ろへと退いていく。
父が言った。
「朝だな」
レオンは頷く。
もう迷わない。
少年だった夜が終わり、ひとりの冒険者が生まれようとしていた。
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